不遇の花詠み仙女は後宮の華となる

松藤かるり

文字の大きさ
11 / 57
2章 いつわりの妃

2.光乾殿の禍(2)

しおりを挟む

 目的であった謁見は成らず、冬花宮へと引き返す。早々に戻ってきたことで冬花宮の宮女たちは急ぎ部屋の支度を整えた。部屋に秀礼と紅妍が入ったことで藍玉が慌てて香花茶を持ってきた。その湯気が消える前に、秀礼が口を開く。

「光乾殿に行って、わかったことはあるか?」
「光乾殿の気はあまりよくないかと」
「私もそう思う。理由はわからんが、あの場所に長くいればめまいがする。韓辰や清益はまったくわからないと話しているがな」

 秀礼は部屋の隅に控える清益へ視線を送った。清益は普段通り微笑むばかりだ。

「私は鬼霊か呪いだと考えている。お前はどう思った?」
「身震いするような気の重たさからして呪詛――だと思いますが、わかりません。鬼霊のにおいが混じっていたと思います」

 これに秀礼は首を傾げた。鬼霊か呪いのどちらかだと考えていたのだ。それを紅妍はどちらもだと答えている。

「鬼霊だけであれば空気はあれほど淀まないでしょう。それに息苦しいほどの邪気は光乾殿に限られていました。鬼霊ならば、鬼霊がいる場所を中心として血臭が漂います」
「ふむ。確かに光乾門をくぐった時からと、はっきり場所は決まっている。呪詛は間違いないということか」
「はい。ですが、血のにおいがかすかにしていました。呪詛ならば血のにおいはしません。となると――」

 紅妍は香花茶を睨みながら答えを出す。

「帝の身を苦しめるのは、鬼霊と呪詛のふたつだと考えます」

 あの場所が鬼霊と呪詛の二つに苦しめられているのならば禍々しい気が満ちているのも納得できる。陰の気が幾重にも絡まっているのだから、帝の御身は悪くなる一方だろう。

「華仙術で鬼霊を祓うことも、呪詛を祓うこともできます。どちらも花渡しするだけですから――ただ、鬼霊を祓うにはその鬼霊を理解しなければなりません。呪詛も、呪詛の媒介となった道具や人、もしくは恨みの根本に触れなければ祓えないでしょう」

 魂や恨みを花に渡すためには、華仙術を使う者がそれを理解しなければならない。深く知らずに祓えば、魂は浄土に渡れず彷徨うことになり、恨みも解せずに宙を漂うため呪詛を行った者に返してしまう可能性がある。
 もっと調べなければならないということだ。ここで茶を飲みながら解決する話ではない。その答えに秀礼も至ったのか、香花茶を啜った後に落胆の息を吐いた。

「華仙術は難儀だな。こうも時間がかかるのなら、私が鬼霊を斬り捨てた方が早いのではないか」

 この発言に、紅妍の眉間は深い皺を寄せた。

「あれは残酷すぎる祓い方です。その場しのぎあって、根本的な解決ではありません」
「鬼霊は死んだ者だろう。どうして死者にまで優しくしなければならない?」

 秀礼の言う通り、鬼霊は死んだ魂である。慈悲をかける必要はないといえばそれまでだが――どうして、と問われれば答えがでない。紅妍の胸をしめるものを言葉にするのが難しい。
 うつむき考える紅妍に、秀礼がにたりと笑みを浮かべる。

「お前は面白いな。里では枯れ枝になるようなひどい扱いを受けていたくせ、鬼霊に優しくあろうとする」
「……鬼霊だから、ではないと思います」
「それはどうだろう。私が鬼霊を祓うのを見て叱るようなやつだ。少なくとも私には優しくないだろう」

 連翹れんぎょうの鬼霊を思い出したのか、秀礼はくつくつと喉奥で笑う。彼にとってあの出来事はなかなか面白かったらしい。紅妍としては早く忘れたいところだ。

「しかし華仙術は見事だった。連翹の鬼霊はたびたび報告され、あれに怪我を負わされた者もいた。お前が祓った後、あの場所からそういった報告は出ていない」
「安心しました。あの宦官も浄土に辿り着けたのでしょうね」

 宦官の鬼霊は秀礼に斬られていたため、浄土に辿り着けたかが不安だった。報告がきていないとなれば、あの場所はもう大丈夫だ。宮女の鬼霊が浄土に渡ったことで彼も安心したのだろう。

(どうか浄土で心穏やかに過ごせますよう)

 紅妍は目を閉じ、心の中で彼らのために祈った。

「ところで紅妍、」

 どうやら光乾殿に関する話は終わったらしく、秀礼が別の話を切り出す。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん
恋愛
春華国の後宮は男子禁制だが例外が存在する。その例外である未成年の第五皇子・暁明はお忍びで街を散策していたところ、旅人の雪慧に助けられる。雪慧は後宮の下女となり暁明と交流を深めていくこととなる。やがて親密な関係となった雪慧は暁明の妃となるものの、宮廷内で蠢く陰謀、傾国の美女の到来、そして皇太子と皇帝の相次ぐ死を経て勃発する皇位継承争いに巻き込まれていくこととなる。そして、春華国を代々裏で操ってきた女狐と対峙しーー。 ※改訂作業完了。完結済み。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

処理中です...