12 / 57
2章 いつわりの妃
2.光乾殿の禍(3)
しおりを挟む
「清益から聞いたが、楊妃が来ていないというのは本当か」
「秋芳宮の楊妃様ならまだお会いしていません」
その返答を得た秀礼は何やら考えこんでしまった。
髙の後宮では、新たな妃を迎えると、既に後宮にいる妃たちが挨拶にやってくるのがしきたりである。皇后や貴妃といった者から伺うという順番もある。紅妍のところへ最初に来たのは永貴妃だった。その後甄妃が来たが、楊妃はまだ来ていない。
「……おかしいな。さすがに今回は、出不精の楊妃も動くと思ったが」
「あまり外へ出たがらないのでしょうか」
「最近は特にその節があると報告を受けている。だが新しい妃が来ても挨拶に来ないというのは少しおかしい」
ここで、部屋の隅で待機していた清益が動いた。
「その件について内密に調べておりました」
清益も楊妃のことを気にかけていたらしい。光乾殿に向かう前に藍玉が言っていた、気になることがあるというのはこのことかもしれない。
「最近のご様子について秋芳宮の宮女長に確かめましたが、いわくはご健勝のようです。ただ外に出たがらないだけだと」
「ふむ。それにしては随分と長く籠もっているな」
「楊妃が外に出なくなったのは初冬ですから長いですね。それから――」
ここで清益は声量を絞った。秀礼の耳元に顔を寄せて何やら話している。どうやら紅妍には聞かせたくない話らしい。それを察して紅妍は外を見やる。玻璃越しに見える庭は白木蓮が咲いていた。
「……なるほど」
話が終わったらしく秀礼が呟く。顔色はあまりよくない。どうやら良くない話だったようだ。何やら考えこんだ後、紅妍に視線を移す。
「光乾殿に向かう前に鬼霊を見たと言っていたな。それはどんな鬼霊だった?」
話は光乾殿に向かう前へと戻り、紅妍はあの時に見た鬼霊を思い出す。
「銀の歩揺をつけた女性の鬼霊でした。歩揺をつけていたのでおそらく妃かと」
「妃の鬼霊など宮城では珍しくないな。過去には毒殺された妃や処刑された妃などたくさんいる」
紅妍が得た情報から絞り込むには難しいのだろう。そこで清益が口を開いた。
「これは別件の調査を頼んだ方がいいかもしれませんね」
「そうだな。いやな予感がする」
秀礼も頷き、再び紅妍をまっすぐ見つめる。
「紅妍、秋芳宮の様子を見てきてもらいたい」
「わたしが秋芳宮にですか?」
「お前を妃にしておいて正解だった。こういう時に動かしやすい。向かう名目としては、楊妃が挨拶に来ないので自ら出向いたということで良いだろう」
そう告げた後、秀礼はうつむいて「これが杞憂であればいいが」と呟いた。そのひとりごとは誰に向けたものでもなく、嘆きが満ちている。
(妃の鬼霊はどこに向かっていたのだろう)
できることならば、妃の鬼霊を祓いたい。宮城を彷徨うのは苦しいだろう。もう一度会えればいいけれどと願いながら、紅妍は庭に目をやる。木蓮が咲いている。その向こうにあるのは西に位置する秋芳宮だ。
「秋芳宮の楊妃様ならまだお会いしていません」
その返答を得た秀礼は何やら考えこんでしまった。
髙の後宮では、新たな妃を迎えると、既に後宮にいる妃たちが挨拶にやってくるのがしきたりである。皇后や貴妃といった者から伺うという順番もある。紅妍のところへ最初に来たのは永貴妃だった。その後甄妃が来たが、楊妃はまだ来ていない。
「……おかしいな。さすがに今回は、出不精の楊妃も動くと思ったが」
「あまり外へ出たがらないのでしょうか」
「最近は特にその節があると報告を受けている。だが新しい妃が来ても挨拶に来ないというのは少しおかしい」
ここで、部屋の隅で待機していた清益が動いた。
「その件について内密に調べておりました」
清益も楊妃のことを気にかけていたらしい。光乾殿に向かう前に藍玉が言っていた、気になることがあるというのはこのことかもしれない。
「最近のご様子について秋芳宮の宮女長に確かめましたが、いわくはご健勝のようです。ただ外に出たがらないだけだと」
「ふむ。それにしては随分と長く籠もっているな」
「楊妃が外に出なくなったのは初冬ですから長いですね。それから――」
ここで清益は声量を絞った。秀礼の耳元に顔を寄せて何やら話している。どうやら紅妍には聞かせたくない話らしい。それを察して紅妍は外を見やる。玻璃越しに見える庭は白木蓮が咲いていた。
「……なるほど」
話が終わったらしく秀礼が呟く。顔色はあまりよくない。どうやら良くない話だったようだ。何やら考えこんだ後、紅妍に視線を移す。
「光乾殿に向かう前に鬼霊を見たと言っていたな。それはどんな鬼霊だった?」
話は光乾殿に向かう前へと戻り、紅妍はあの時に見た鬼霊を思い出す。
「銀の歩揺をつけた女性の鬼霊でした。歩揺をつけていたのでおそらく妃かと」
「妃の鬼霊など宮城では珍しくないな。過去には毒殺された妃や処刑された妃などたくさんいる」
紅妍が得た情報から絞り込むには難しいのだろう。そこで清益が口を開いた。
「これは別件の調査を頼んだ方がいいかもしれませんね」
「そうだな。いやな予感がする」
秀礼も頷き、再び紅妍をまっすぐ見つめる。
「紅妍、秋芳宮の様子を見てきてもらいたい」
「わたしが秋芳宮にですか?」
「お前を妃にしておいて正解だった。こういう時に動かしやすい。向かう名目としては、楊妃が挨拶に来ないので自ら出向いたということで良いだろう」
そう告げた後、秀礼はうつむいて「これが杞憂であればいいが」と呟いた。そのひとりごとは誰に向けたものでもなく、嘆きが満ちている。
(妃の鬼霊はどこに向かっていたのだろう)
できることならば、妃の鬼霊を祓いたい。宮城を彷徨うのは苦しいだろう。もう一度会えればいいけれどと願いながら、紅妍は庭に目をやる。木蓮が咲いている。その向こうにあるのは西に位置する秋芳宮だ。
1
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~
深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉
狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。
「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。
フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。
対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。
「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」
聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。
「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」
そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。
イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。
ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼
そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ!
イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。
しかし……。
「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」
そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる