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2章 いつわりの妃
2.光乾殿の禍(2)
しおりを挟む目的であった謁見は成らず、冬花宮へと引き返す。早々に戻ってきたことで冬花宮の宮女たちは急ぎ部屋の支度を整えた。部屋に秀礼と紅妍が入ったことで藍玉が慌てて香花茶を持ってきた。その湯気が消える前に、秀礼が口を開く。
「光乾殿に行って、わかったことはあるか?」
「光乾殿の気はあまりよくないかと」
「私もそう思う。理由はわからんが、あの場所に長くいればめまいがする。韓辰や清益はまったくわからないと話しているがな」
秀礼は部屋の隅に控える清益へ視線を送った。清益は普段通り微笑むばかりだ。
「私は鬼霊か呪いだと考えている。お前はどう思った?」
「身震いするような気の重たさからして呪詛――だと思いますが、わかりません。鬼霊のにおいが混じっていたと思います」
これに秀礼は首を傾げた。鬼霊か呪いのどちらかだと考えていたのだ。それを紅妍はどちらもだと答えている。
「鬼霊だけであれば空気はあれほど淀まないでしょう。それに息苦しいほどの邪気は光乾殿に限られていました。鬼霊ならば、鬼霊がいる場所を中心として血臭が漂います」
「ふむ。確かに光乾門をくぐった時からと、はっきり場所は決まっている。呪詛は間違いないということか」
「はい。ですが、血のにおいがかすかにしていました。呪詛ならば血のにおいはしません。となると――」
紅妍は香花茶を睨みながら答えを出す。
「帝の身を苦しめるのは、鬼霊と呪詛のふたつだと考えます」
あの場所が鬼霊と呪詛の二つに苦しめられているのならば禍々しい気が満ちているのも納得できる。陰の気が幾重にも絡まっているのだから、帝の御身は悪くなる一方だろう。
「華仙術で鬼霊を祓うことも、呪詛を祓うこともできます。どちらも花渡しするだけですから――ただ、鬼霊を祓うにはその鬼霊を理解しなければなりません。呪詛も、呪詛の媒介となった道具や人、もしくは恨みの根本に触れなければ祓えないでしょう」
魂や恨みを花に渡すためには、華仙術を使う者がそれを理解しなければならない。深く知らずに祓えば、魂は浄土に渡れず彷徨うことになり、恨みも解せずに宙を漂うため呪詛を行った者に返してしまう可能性がある。
もっと調べなければならないということだ。ここで茶を飲みながら解決する話ではない。その答えに秀礼も至ったのか、香花茶を啜った後に落胆の息を吐いた。
「華仙術は難儀だな。こうも時間がかかるのなら、私が鬼霊を斬り捨てた方が早いのではないか」
この発言に、紅妍の眉間は深い皺を寄せた。
「あれは残酷すぎる祓い方です。その場しのぎあって、根本的な解決ではありません」
「鬼霊は死んだ者だろう。どうして死者にまで優しくしなければならない?」
秀礼の言う通り、鬼霊は死んだ魂である。慈悲をかける必要はないといえばそれまでだが――どうして、と問われれば答えがでない。紅妍の胸をしめるものを言葉にするのが難しい。
うつむき考える紅妍に、秀礼がにたりと笑みを浮かべる。
「お前は面白いな。里では枯れ枝になるようなひどい扱いを受けていたくせ、鬼霊に優しくあろうとする」
「……鬼霊だから、ではないと思います」
「それはどうだろう。私が鬼霊を祓うのを見て叱るようなやつだ。少なくとも私には優しくないだろう」
連翹の鬼霊を思い出したのか、秀礼はくつくつと喉奥で笑う。彼にとってあの出来事はなかなか面白かったらしい。紅妍としては早く忘れたいところだ。
「しかし華仙術は見事だった。連翹の鬼霊はたびたび報告され、あれに怪我を負わされた者もいた。お前が祓った後、あの場所からそういった報告は出ていない」
「安心しました。あの宦官も浄土に辿り着けたのでしょうね」
宦官の鬼霊は秀礼に斬られていたため、浄土に辿り着けたかが不安だった。報告がきていないとなれば、あの場所はもう大丈夫だ。宮女の鬼霊が浄土に渡ったことで彼も安心したのだろう。
(どうか浄土で心穏やかに過ごせますよう)
紅妍は目を閉じ、心の中で彼らのために祈った。
「ところで紅妍、」
どうやら光乾殿に関する話は終わったらしく、秀礼が別の話を切り出す。
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