5 / 19
第五話 観察者の瞳、魔王の手
しおりを挟む
魔王城の長い廊下を、春斗は一人歩いていた。ガルゥの見舞いの帰り。少し気が抜けて、ふと天井を仰ぐ。
「静かだな……」
ぽつりと呟いた声が、どこかに吸い込まれていく。──その時だった。
「……春斗くん、だっけ?」
突然、背後から声がした。
「うわっ!?」
驚いて振り返ると、そこには見たことのない男が立っていた。艶やかな銀髪に、光る蜂蜜色の瞳。流れるような漆黒のマントと、整った顔立ち。その男は怪しげで、胡散臭そうな雰囲気を纏っていた。
「びっくりした? ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど……ふふ、君があまりにも無防備だから、つい」
「えっと……どちら様、ですか?どうして俺の事……」
警戒心を隠さずに尋ねる春斗に、男は口元に指をあてて微笑んだ。
「僕はルフェリオ。四天王の一人……って言えば、分かるかな?」
「四天王……!」
春斗が身構えたのを見て、ルフェリオは楽しげに目を細めた。
「そんなに緊張しなくていいよ。僕、怖いことは嫌いなんだ。ねえ、君って……本当にただの人間なの?」
「え……?それってどういう……」
「魔王様に気に入られて、フラムともいい雰囲気で──それに、君の瞳には……古い光が見える」
そう言って、ルフェリオはふわりと春斗の顔に手を伸ばす。
「や、やめてください……!」
春斗は思わず身を引いたが、ルフェリオはその反応すらも楽しそうに見つめていた。
「ごめんごめん、怖がらせちゃったかな。──ただ僕は君に興味があるんだよ」
「なんで……僕なんかに」
「さあ、どうしてだろう」
ルフェリオは口元に笑みを浮かべたまま、少しだけ春斗に近づく。
「君が誰に心を許すのか、誰の声に応えるのか──とても、興味深いなあ」
「……」
「じゃあ、またね」
その言葉を残し、ルフェリオの姿はまるで霧のようにふっと掻き消えた。
まるで最初から幻だったかのように、廊下には春斗だけが取り残される。
「なんだったんだ、今の人……」
胸の鼓動が妙に早い。ルフェリオの言葉が、じわじわと心に残って離れなかった。
(古い光ってなんだよ……)
戸惑いと不安が押し寄せてきて、春斗は足早に自室へと戻った。
*
「ルフェリオが?」
バロンの表情が一瞬だけ険しくなった。
「……あの男に何かされたのか?」
春斗は首を振った。
「いや、別に何かされたわけじゃ……でも、なんか変なことを言われて」
「変なこと?」
春斗はソファの上で膝を抱えながら、廊下での出来事を順に話していった。ルフェリオの雰囲気、意味深な言葉、そして「古い光」と言われたこと。
話し終えると、バロンは静かに目を閉じて、少しの間沈黙した。
「……春斗、あいつが君に接触したのは、きっと偶然じゃない」
「どういう意味ですか?」
「ルフェリオは、四天王の中でも観察者と呼ばれていてね。魔族や人間、あらゆる存在の本質を見抜く目を持っている。おそらく彼には……君の中の何かが見えてしまったんだろう」
「俺の中の……何か?」
バロンは春斗の傍まで歩み寄り、そっと隣に腰を下ろす。
「それは俺には分からないが……何かをきっかけに思い出す事もあるだろう。──大丈夫、怖いことなんて起きないさ」
春斗の不安げな表情を見たバロンが優しく微笑み、彼の頭にそっと手を置いた。
「俺がついてる」
その言葉に、春斗の胸の奥がじんわりと熱くなる。バロンの体温が、言葉以上に安心を与えてくれる気がした。
「……ありがとう、バロンさん」
小さな声でそう呟くと、バロンは少しだけ照れたように目を伏せた。
その夜──春斗は眠れずにいた。
ルフェリオの言葉もそうだが、それ以上に、バロンの「俺がついてる」という言葉が何度も思い出されて、胸の奥がざわつく。
(……バロンさん、優しいよな。なんでこんなに、気にかけてくれるんだろう)
もぞもぞとベッドの上で身じろぎしていると、不意にノックの音がした。
「春斗。……起きているか?」
「バロンさん……?」
声を聞いた瞬間、心臓が跳ねる。急いで身なりを整えてドアを開けると、バロンがそこにいた。黒い部屋着に、軽く崩した髪。いつもの威厳ある魔王とは少し違って、どこか素を感じさせる雰囲気だった。
「話せるか?」
「は、はい。どうぞ」
部屋に招き入れると、バロンは静かに入ってきて、ベッドの端に腰を下ろす。春斗はそのすぐ隣に座りながら、鼓動を落ち着かせようと深呼吸した。
「ルフェリオの言葉が気になって眠れないんじゃないかと思ってな」
「春斗。君は……今、この世界にいて不安か?」
「……正直、不安です。でも、バロンさんがいてくれるから、なんとか……」
「……嬉しい。俺は君に、守られていると感じてほしい」
「バロンさん……」
春斗が顔を上げた瞬間、バロンとの距離が近すぎることに気づく。数センチの距離で、見つめ合ったまま、ふたりとも動けなかった。
「触れても?」
その囁きは、耳に直接熱を注がれるような響きだった。
春斗は、頷いてしまった自分を止められなかった。
バロンの手がそっと頬に添えられる、そうして唇が唇に重なろうとするほんの寸前で──ドクンッ、と胸が強く鳴った。
「……やっぱり、今夜はやめておこう」
バロンはそっと距離を戻し、春斗の頭を撫でた。
「すまない春斗。君の気持ちをちゃんと聞かずに進みそうだった、俺を許して欲しい」
それだけ言うとバロンはスッと立ち上がり部屋を出て行った。
「ッ……」
春斗は顔を真っ赤にしながらベッドに倒れ込む。
(キス、されるかと思った……)
男同士でキスなんて、と思う自分もいるけれど、何故だかその胸の奥は不思議と安心で満たされていた。
「静かだな……」
ぽつりと呟いた声が、どこかに吸い込まれていく。──その時だった。
「……春斗くん、だっけ?」
突然、背後から声がした。
「うわっ!?」
驚いて振り返ると、そこには見たことのない男が立っていた。艶やかな銀髪に、光る蜂蜜色の瞳。流れるような漆黒のマントと、整った顔立ち。その男は怪しげで、胡散臭そうな雰囲気を纏っていた。
「びっくりした? ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど……ふふ、君があまりにも無防備だから、つい」
「えっと……どちら様、ですか?どうして俺の事……」
警戒心を隠さずに尋ねる春斗に、男は口元に指をあてて微笑んだ。
「僕はルフェリオ。四天王の一人……って言えば、分かるかな?」
「四天王……!」
春斗が身構えたのを見て、ルフェリオは楽しげに目を細めた。
「そんなに緊張しなくていいよ。僕、怖いことは嫌いなんだ。ねえ、君って……本当にただの人間なの?」
「え……?それってどういう……」
「魔王様に気に入られて、フラムともいい雰囲気で──それに、君の瞳には……古い光が見える」
そう言って、ルフェリオはふわりと春斗の顔に手を伸ばす。
「や、やめてください……!」
春斗は思わず身を引いたが、ルフェリオはその反応すらも楽しそうに見つめていた。
「ごめんごめん、怖がらせちゃったかな。──ただ僕は君に興味があるんだよ」
「なんで……僕なんかに」
「さあ、どうしてだろう」
ルフェリオは口元に笑みを浮かべたまま、少しだけ春斗に近づく。
「君が誰に心を許すのか、誰の声に応えるのか──とても、興味深いなあ」
「……」
「じゃあ、またね」
その言葉を残し、ルフェリオの姿はまるで霧のようにふっと掻き消えた。
まるで最初から幻だったかのように、廊下には春斗だけが取り残される。
「なんだったんだ、今の人……」
胸の鼓動が妙に早い。ルフェリオの言葉が、じわじわと心に残って離れなかった。
(古い光ってなんだよ……)
戸惑いと不安が押し寄せてきて、春斗は足早に自室へと戻った。
*
「ルフェリオが?」
バロンの表情が一瞬だけ険しくなった。
「……あの男に何かされたのか?」
春斗は首を振った。
「いや、別に何かされたわけじゃ……でも、なんか変なことを言われて」
「変なこと?」
春斗はソファの上で膝を抱えながら、廊下での出来事を順に話していった。ルフェリオの雰囲気、意味深な言葉、そして「古い光」と言われたこと。
話し終えると、バロンは静かに目を閉じて、少しの間沈黙した。
「……春斗、あいつが君に接触したのは、きっと偶然じゃない」
「どういう意味ですか?」
「ルフェリオは、四天王の中でも観察者と呼ばれていてね。魔族や人間、あらゆる存在の本質を見抜く目を持っている。おそらく彼には……君の中の何かが見えてしまったんだろう」
「俺の中の……何か?」
バロンは春斗の傍まで歩み寄り、そっと隣に腰を下ろす。
「それは俺には分からないが……何かをきっかけに思い出す事もあるだろう。──大丈夫、怖いことなんて起きないさ」
春斗の不安げな表情を見たバロンが優しく微笑み、彼の頭にそっと手を置いた。
「俺がついてる」
その言葉に、春斗の胸の奥がじんわりと熱くなる。バロンの体温が、言葉以上に安心を与えてくれる気がした。
「……ありがとう、バロンさん」
小さな声でそう呟くと、バロンは少しだけ照れたように目を伏せた。
その夜──春斗は眠れずにいた。
ルフェリオの言葉もそうだが、それ以上に、バロンの「俺がついてる」という言葉が何度も思い出されて、胸の奥がざわつく。
(……バロンさん、優しいよな。なんでこんなに、気にかけてくれるんだろう)
もぞもぞとベッドの上で身じろぎしていると、不意にノックの音がした。
「春斗。……起きているか?」
「バロンさん……?」
声を聞いた瞬間、心臓が跳ねる。急いで身なりを整えてドアを開けると、バロンがそこにいた。黒い部屋着に、軽く崩した髪。いつもの威厳ある魔王とは少し違って、どこか素を感じさせる雰囲気だった。
「話せるか?」
「は、はい。どうぞ」
部屋に招き入れると、バロンは静かに入ってきて、ベッドの端に腰を下ろす。春斗はそのすぐ隣に座りながら、鼓動を落ち着かせようと深呼吸した。
「ルフェリオの言葉が気になって眠れないんじゃないかと思ってな」
「春斗。君は……今、この世界にいて不安か?」
「……正直、不安です。でも、バロンさんがいてくれるから、なんとか……」
「……嬉しい。俺は君に、守られていると感じてほしい」
「バロンさん……」
春斗が顔を上げた瞬間、バロンとの距離が近すぎることに気づく。数センチの距離で、見つめ合ったまま、ふたりとも動けなかった。
「触れても?」
その囁きは、耳に直接熱を注がれるような響きだった。
春斗は、頷いてしまった自分を止められなかった。
バロンの手がそっと頬に添えられる、そうして唇が唇に重なろうとするほんの寸前で──ドクンッ、と胸が強く鳴った。
「……やっぱり、今夜はやめておこう」
バロンはそっと距離を戻し、春斗の頭を撫でた。
「すまない春斗。君の気持ちをちゃんと聞かずに進みそうだった、俺を許して欲しい」
それだけ言うとバロンはスッと立ち上がり部屋を出て行った。
「ッ……」
春斗は顔を真っ赤にしながらベッドに倒れ込む。
(キス、されるかと思った……)
男同士でキスなんて、と思う自分もいるけれど、何故だかその胸の奥は不思議と安心で満たされていた。
53
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」
身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。
死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。
カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。
「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」
献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。
これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる