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第六話 夢
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翌朝。
春斗はうつ伏せのままベッドに顔を押しつけて、目を覚ました。
(ああ……なんか……夢じゃなかったんだよな)
昨夜の出来事を思い出して、顔から火が出そうになる。
(バロンさん、優しかった……けど……あの距離、あの雰囲気……キス……!)
枕に顔を埋め直してジタバタする。
でも、不思議と嫌な気持ちはまったくなかった。むしろ──もっと触れてもらいたかった、なんて。
「……うわあ、俺、どうかしてる」
*
身支度を整えて食堂に向かうと、そこにはすでにバロンの姿があった。
けれど、いつものような堂々たる魔王ではなく──どこか気まずそうに目をそらしている。
「……おはようございます」
「……ああ。おはよう、春斗」
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
あの夜をなかったことにはできない。でも、どう接していいのか分からない。そんな空気。
「えっと、昨日は……その……」
「俺の方こそ、すまなかった。……君を困らせたよな」
「いえ、俺……嫌じゃなかったです」
意を決して春斗がそう答えると、バロンの目がほんのわずか見開かれた。
「……本当に?」
まるで傷つくのを恐れているような、弱々しい声だった。
そのギャップに、春斗の胸がちくりと痛む。
「本当です。バロンさんが触れてくれた時、すごく安心した。俺……まだ自分がどうしたいのか分からないけど……少しずつ、ちゃんと向き合ってみたいです」
その言葉にバロンの表情が優しくほどけていく。
「ありがとう、春斗」
静かに微笑むその顔は、昨夜よりも少し距離が近くなった気がした。
食事を終えたあと、廊下を歩く春斗の背後に、再び気配が現れた。
「へえ、やっぱり君って……面白い」
──ルフェリオだ。
またもや不意打ちのように現れて、まるで影のように春斗の隣を歩いてくる。
「な、なんでまた……!」
「見てたんだ。魔王様との朝の会話。君、ずいぶん素直になったね?」
「なっ……!」
「ふふふ、怒らないでよ。悪気はないんだ。ただ──やっぱり気になるんだ。君の奥にあるもの」
ルフェリオは真剣な表情で、春斗の目を見つめた。
「君が何者なのか。何を隠しているのか。君自身が気づいてないとしても──僕はきっと、それを暴きたくなる」
「……なんなんだよ、あんた……」
「だから言ったじゃない。──君に興味があるんだよ」
そう言ってルフェリオは、春斗の耳元にそっと囁いた。
「今夜、君の夢にお邪魔するよ。……深層に潜るのが、僕の趣味だからね」
そう告げると、ルフェリオは一瞬でその場から消えた。
「夢に……来る……?」
春斗は背筋に冷たいものを感じながらも、どこかぞわぞわとした期待も混じってしまう自分に、内心頭を抱えるのだった。
夜。
春斗はベッドに横たわりながら、ルフェリオの言葉を思い出していた。
(夢に来るって……そんなわけ──)
そう思いかけた瞬間──視界がゆっくりと、ふわりと白く霞んでいく。
気づけば、自分は見知らぬ場所に立っていた。
天井のない空間。足元に揺らめく水面のような光。音も風もない、不思議な静けさ。
「ここ……どこだ……」
「ようこそ、春斗くん。君の心の中へ」
背後から声がして、振り返ると──ルフェリオがいた。
真っ白な衣をまとい、どこか神聖さすら感じさせる姿。けれど、その瞳は相変わらず何かを探るような色をしている。
「ここは……夢?」
「うん。君が閉じ込めた記憶の底へ、少しだけ案内してあげるよ」
「やめろ。勝手に、そんなこと──」
「君が自分自身を知ることは、君にとっても必要なことだと思うよ」
ルフェリオが指先をそっと動かすと、空間が波打ち、ひとつの光景が浮かび上がった。
それは──眩しい光。何かが近づいてくる感覚。
「……ッ!やめろ!!」
春斗が叫ぶと、映像がバリッと音を立てて割れ、空間がぐにゃりと歪む。
足元が崩れ、彼は闇に落ちそうになるが──その腕を誰かが掴んだ。
「春斗!!」
──バロンだ。
漆黒の衣をまとった彼が、春斗の腕を強く引いて、闇から引き上げる。
「なんで……バロンさん、ここに……」
「ルフェリオ。俺の許可なく彼の心に踏み込むとはどういうつもりだ」
「ふふ……さすが魔王様。君にまで気づかれるとは思わなかったな」
ルフェリオは苦笑しながら、一歩後ろへ下がった。
「心配しないで。無理やり暴く気はなかったさ。ただ……君が何者か、少しだけ知りたかっただけ」
そして彼は春斗に向き直ると、今までよりも静かな声で言った。
「でも──やっぱり、君は特別だよ。これから何があっても、自分を信じて。信じられる誰かの手を、離さないことだね」
それだけを言い残し、ルフェリオの姿は淡く消えていった。
再び、春斗とバロンだけの静寂が残る。
「大丈夫か、春斗」
「……うん、でも、怖かった、あれ……俺の記憶、なのかな……」
バロンは春斗の肩を抱き寄せ、落ち着いた優しい声で囁いた。
「もう大丈夫だ。何があっても、俺が君を守る」
その言葉に、春斗の目元がじんわりと熱くなる。
(俺……思い出すの、怖い。でも……バロンさんがいるなら──)
春斗はそっとバロンの服の裾を握りながら、深い眠りへと落ちていった。
翌朝。
目覚めた春斗は、夢の記憶が胸に残っていることに気づく。
(あれは夢……だけどきっと、本当のことなんだ)
そして彼は、初めて自分の過去と向き合う決意を、少しだけ心に灯したのだった。
春斗はうつ伏せのままベッドに顔を押しつけて、目を覚ました。
(ああ……なんか……夢じゃなかったんだよな)
昨夜の出来事を思い出して、顔から火が出そうになる。
(バロンさん、優しかった……けど……あの距離、あの雰囲気……キス……!)
枕に顔を埋め直してジタバタする。
でも、不思議と嫌な気持ちはまったくなかった。むしろ──もっと触れてもらいたかった、なんて。
「……うわあ、俺、どうかしてる」
*
身支度を整えて食堂に向かうと、そこにはすでにバロンの姿があった。
けれど、いつものような堂々たる魔王ではなく──どこか気まずそうに目をそらしている。
「……おはようございます」
「……ああ。おはよう、春斗」
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
あの夜をなかったことにはできない。でも、どう接していいのか分からない。そんな空気。
「えっと、昨日は……その……」
「俺の方こそ、すまなかった。……君を困らせたよな」
「いえ、俺……嫌じゃなかったです」
意を決して春斗がそう答えると、バロンの目がほんのわずか見開かれた。
「……本当に?」
まるで傷つくのを恐れているような、弱々しい声だった。
そのギャップに、春斗の胸がちくりと痛む。
「本当です。バロンさんが触れてくれた時、すごく安心した。俺……まだ自分がどうしたいのか分からないけど……少しずつ、ちゃんと向き合ってみたいです」
その言葉にバロンの表情が優しくほどけていく。
「ありがとう、春斗」
静かに微笑むその顔は、昨夜よりも少し距離が近くなった気がした。
食事を終えたあと、廊下を歩く春斗の背後に、再び気配が現れた。
「へえ、やっぱり君って……面白い」
──ルフェリオだ。
またもや不意打ちのように現れて、まるで影のように春斗の隣を歩いてくる。
「な、なんでまた……!」
「見てたんだ。魔王様との朝の会話。君、ずいぶん素直になったね?」
「なっ……!」
「ふふふ、怒らないでよ。悪気はないんだ。ただ──やっぱり気になるんだ。君の奥にあるもの」
ルフェリオは真剣な表情で、春斗の目を見つめた。
「君が何者なのか。何を隠しているのか。君自身が気づいてないとしても──僕はきっと、それを暴きたくなる」
「……なんなんだよ、あんた……」
「だから言ったじゃない。──君に興味があるんだよ」
そう言ってルフェリオは、春斗の耳元にそっと囁いた。
「今夜、君の夢にお邪魔するよ。……深層に潜るのが、僕の趣味だからね」
そう告げると、ルフェリオは一瞬でその場から消えた。
「夢に……来る……?」
春斗は背筋に冷たいものを感じながらも、どこかぞわぞわとした期待も混じってしまう自分に、内心頭を抱えるのだった。
夜。
春斗はベッドに横たわりながら、ルフェリオの言葉を思い出していた。
(夢に来るって……そんなわけ──)
そう思いかけた瞬間──視界がゆっくりと、ふわりと白く霞んでいく。
気づけば、自分は見知らぬ場所に立っていた。
天井のない空間。足元に揺らめく水面のような光。音も風もない、不思議な静けさ。
「ここ……どこだ……」
「ようこそ、春斗くん。君の心の中へ」
背後から声がして、振り返ると──ルフェリオがいた。
真っ白な衣をまとい、どこか神聖さすら感じさせる姿。けれど、その瞳は相変わらず何かを探るような色をしている。
「ここは……夢?」
「うん。君が閉じ込めた記憶の底へ、少しだけ案内してあげるよ」
「やめろ。勝手に、そんなこと──」
「君が自分自身を知ることは、君にとっても必要なことだと思うよ」
ルフェリオが指先をそっと動かすと、空間が波打ち、ひとつの光景が浮かび上がった。
それは──眩しい光。何かが近づいてくる感覚。
「……ッ!やめろ!!」
春斗が叫ぶと、映像がバリッと音を立てて割れ、空間がぐにゃりと歪む。
足元が崩れ、彼は闇に落ちそうになるが──その腕を誰かが掴んだ。
「春斗!!」
──バロンだ。
漆黒の衣をまとった彼が、春斗の腕を強く引いて、闇から引き上げる。
「なんで……バロンさん、ここに……」
「ルフェリオ。俺の許可なく彼の心に踏み込むとはどういうつもりだ」
「ふふ……さすが魔王様。君にまで気づかれるとは思わなかったな」
ルフェリオは苦笑しながら、一歩後ろへ下がった。
「心配しないで。無理やり暴く気はなかったさ。ただ……君が何者か、少しだけ知りたかっただけ」
そして彼は春斗に向き直ると、今までよりも静かな声で言った。
「でも──やっぱり、君は特別だよ。これから何があっても、自分を信じて。信じられる誰かの手を、離さないことだね」
それだけを言い残し、ルフェリオの姿は淡く消えていった。
再び、春斗とバロンだけの静寂が残る。
「大丈夫か、春斗」
「……うん、でも、怖かった、あれ……俺の記憶、なのかな……」
バロンは春斗の肩を抱き寄せ、落ち着いた優しい声で囁いた。
「もう大丈夫だ。何があっても、俺が君を守る」
その言葉に、春斗の目元がじんわりと熱くなる。
(俺……思い出すの、怖い。でも……バロンさんがいるなら──)
春斗はそっとバロンの服の裾を握りながら、深い眠りへと落ちていった。
翌朝。
目覚めた春斗は、夢の記憶が胸に残っていることに気づく。
(あれは夢……だけどきっと、本当のことなんだ)
そして彼は、初めて自分の過去と向き合う決意を、少しだけ心に灯したのだった。
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