魔王様に溺愛されています!

うんとこどっこいしょ

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第五話 観察者の瞳、魔王の手

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 魔王城の長い廊下を、春斗は一人歩いていた。ガルゥの見舞いの帰り。少し気が抜けて、ふと天井を仰ぐ。

「静かだな……」

 ぽつりと呟いた声が、どこかに吸い込まれていく。──その時だった。

「……春斗くん、だっけ?」

 突然、背後から声がした。

「うわっ!?」

 驚いて振り返ると、そこには見たことのない男が立っていた。艶やかな銀髪に、光る蜂蜜色の瞳。流れるような漆黒のマントと、整った顔立ち。その男は怪しげで、胡散臭そうな雰囲気を纏っていた。

「びっくりした? ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど……ふふ、君があまりにも無防備だから、つい」

「えっと……どちら様、ですか?どうして俺の事……」

 警戒心を隠さずに尋ねる春斗に、男は口元に指をあてて微笑んだ。

「僕はルフェリオ。四天王の一人……って言えば、分かるかな?」

「四天王……!」

 春斗が身構えたのを見て、ルフェリオは楽しげに目を細めた。

「そんなに緊張しなくていいよ。僕、怖いことは嫌いなんだ。ねえ、君って……本当にただの人間なの?」

「え……?それってどういう……」

「魔王様に気に入られて、フラムともいい雰囲気で──それに、君の瞳には……古い光が見える」

 そう言って、ルフェリオはふわりと春斗の顔に手を伸ばす。

「や、やめてください……!」

 春斗は思わず身を引いたが、ルフェリオはその反応すらも楽しそうに見つめていた。

「ごめんごめん、怖がらせちゃったかな。──ただ僕は君に興味があるんだよ」

「なんで……僕なんかに」

「さあ、どうしてだろう」

 ルフェリオは口元に笑みを浮かべたまま、少しだけ春斗に近づく。

「君が誰に心を許すのか、誰の声に応えるのか──とても、興味深いなあ」

「……」

「じゃあ、またね」

 その言葉を残し、ルフェリオの姿はまるで霧のようにふっと掻き消えた。
 まるで最初から幻だったかのように、廊下には春斗だけが取り残される。

「なんだったんだ、今の人……」

 胸の鼓動が妙に早い。ルフェリオの言葉が、じわじわと心に残って離れなかった。

(古い光ってなんだよ……)
 戸惑いと不安が押し寄せてきて、春斗は足早に自室へと戻った。

*

「ルフェリオが?」

 バロンの表情が一瞬だけ険しくなった。

「……あの男に何かされたのか?」

 春斗は首を振った。

「いや、別に何かされたわけじゃ……でも、なんか変なことを言われて」

「変なこと?」

 春斗はソファの上で膝を抱えながら、廊下での出来事を順に話していった。ルフェリオの雰囲気、意味深な言葉、そして「古い光」と言われたこと。
 話し終えると、バロンは静かに目を閉じて、少しの間沈黙した。

「……春斗、あいつが君に接触したのは、きっと偶然じゃない」

「どういう意味ですか?」

「ルフェリオは、四天王の中でも観察者と呼ばれていてね。魔族や人間、あらゆる存在の本質を見抜く目を持っている。おそらく彼には……君の中の何かが見えてしまったんだろう」

「俺の中の……何か?」

 バロンは春斗の傍まで歩み寄り、そっと隣に腰を下ろす。

「それは俺には分からないが……何かをきっかけに思い出す事もあるだろう。──大丈夫、怖いことなんて起きないさ」

 春斗の不安げな表情を見たバロンが優しく微笑み、彼の頭にそっと手を置いた。

「俺がついてる」

 その言葉に、春斗の胸の奥がじんわりと熱くなる。バロンの体温が、言葉以上に安心を与えてくれる気がした。

「……ありがとう、バロンさん」

 小さな声でそう呟くと、バロンは少しだけ照れたように目を伏せた。



 その夜──春斗は眠れずにいた。

 ルフェリオの言葉もそうだが、それ以上に、バロンの「俺がついてる」という言葉が何度も思い出されて、胸の奥がざわつく。

(……バロンさん、優しいよな。なんでこんなに、気にかけてくれるんだろう)

 もぞもぞとベッドの上で身じろぎしていると、不意にノックの音がした。

「春斗。……起きているか?」

「バロンさん……?」

 声を聞いた瞬間、心臓が跳ねる。急いで身なりを整えてドアを開けると、バロンがそこにいた。黒い部屋着に、軽く崩した髪。いつもの威厳ある魔王とは少し違って、どこか素を感じさせる雰囲気だった。

「話せるか?」

「は、はい。どうぞ」

 部屋に招き入れると、バロンは静かに入ってきて、ベッドの端に腰を下ろす。春斗はそのすぐ隣に座りながら、鼓動を落ち着かせようと深呼吸した。

「ルフェリオの言葉が気になって眠れないんじゃないかと思ってな」

「春斗。君は……今、この世界にいて不安か?」

「……正直、不安です。でも、バロンさんがいてくれるから、なんとか……」

「……嬉しい。俺は君に、守られていると感じてほしい」

「バロンさん……」

 春斗が顔を上げた瞬間、バロンとの距離が近すぎることに気づく。数センチの距離で、見つめ合ったまま、ふたりとも動けなかった。

「触れても?」

 その囁きは、耳に直接熱を注がれるような響きだった。
 春斗は、頷いてしまった自分を止められなかった。
 バロンの手がそっと頬に添えられる、そうして唇が唇に重なろうとするほんの寸前で──ドクンッ、と胸が強く鳴った。

「……やっぱり、今夜はやめておこう」

 バロンはそっと距離を戻し、春斗の頭を撫でた。

「すまない春斗。君の気持ちをちゃんと聞かずに進みそうだった、俺を許して欲しい」

 それだけ言うとバロンはスッと立ち上がり部屋を出て行った。

「ッ……」

 春斗は顔を真っ赤にしながらベッドに倒れ込む。

(キス、されるかと思った……)

 男同士でキスなんて、と思う自分もいるけれど、何故だかその胸の奥は不思議と安心で満たされていた。
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