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第二章 第一話 魔界の午後
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春斗は芝生に寝転がり、青紫色の空をぼんやりと見上げていた。
魔界の空は人間界と少し違って見えるけれど、どこか落ち着く色合いで心をふわっと軽くしてくれる。
「んにゃっ!」
ふわりと鼻先に影が差し、顔をのぞき込んでいたのは子虎のような見た目のガルゥ。もうすっかり元気になって、走り回れるまでに回復していた。
ガルゥはくりくりの瞳をきらきらさせて、楽しげに小さく鳴いたかと思うと、口にくわえていたボールを春斗の顔の上にぽとりと落とした。
「おいおい、顔面ボールパスは禁止って、何度も言ったよね?」
苦笑しながらも春斗はボールを拾い、軽く放る。ガルゥは元気良くくるっと回って追いかけ、ふわふわの尻尾を大きく揺らしながら走り回っていた。
そんな二人のやり取りを、少し離れた中庭の回廊から見守る姿が三人。
「すっかり仲良しだな」
使い魔を取られたフラムが少々悔しそうに言う。だが、その瞳は優しく細められていた。
ミレセスはくすりと鼻で笑う。
「魔界の生活にも慣れてきたようで何よりですね、魔王様」
「ああ」
バロンはただ静かにその様子を見つめていた。
芝生の上でころころと転がる春斗と、それにじゃれるガルゥの姿。その笑い声が、柔らかく中庭に響くたび、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。
「春斗には笑っていてほしい。それだけで世界の景色が違って見える気がするんだ」
ふとこぼれたバロンのその呟きに、フラムとミレセスが顔を見合わせて少しだけ頬を赤らめた。
バロンが不思議そうに二人を見たその時、視界の端で春斗が盛大に転んだ。
「うわっ!? 」
どてんっ!と芝生に倒れた春斗の元に、ガルゥがぴょんと飛び乗り、顔をぺろりと舐める。その愛らしいやりとりに、回廊の三人も思わず笑みを漏らした。
「ふふ。平和ですねぇ」
ミレセスはそう言うと「では私は仕事に戻ります」と去っていく。フラムもガルゥの元気な姿を見れて満足したのか「失礼します」とバロンに言って持ち場に戻って行った。
回廊に一人残ったバロンは、しばらく春斗たちの光景を眺めていたが、春斗の笑い声につられて中庭に向かって声をかけた。
「楽しそうだな、春斗」
春斗のすぐそばで立ち止まり、そう声をかけると、春斗はガルゥとじゃれながら顔を上げた。
「あ、バロンさん。転んだの見られちゃいましたね」
春斗が苦笑してそう言うとバロンも口元を緩める。
「怪我はないか」
「はい、ありません」
バロンはほっと安堵したように息を吐き、春斗の隣にしゃがみこんだ。
ガルゥが小さく鳴きながら、またボールをくわえてバロンの足元へとやってくる。
「ん?今度は俺と遊びたいのか?」
ボールを見下ろしながらバロンが言うと、ガルゥはふわふわの尻尾をぶんぶんと振って応える。その様子に春斗が笑った。
「バロンさん、投げてあげてくださいよ。ガルゥ、最近体力有り余ってるみたいで」
「そうか、では遠くまで投げてやろう」
バロンは軽く腕を振り、ボールを庭の向こうまで放った。ガルゥは一瞬たりとも躊躇いもせず、ぴゅーんと弾丸のように駆け出していく。
「はや!」
ぽかんと口を開ける春斗を見て、バロンが少しだけ得意げに言った。
「ガルゥの種族は俊敏性に長けているからな」
「そうなんですか!すごいなガルゥ」
まっすぐに向けられた春斗の瞳に、バロンは見とれていた。そんなことも露知らず、春斗はのんびりとした動作で芝生に寝転がった。
「こうしてると夢みたいですね。まさか自分が魔界でのんびりボール投げしてるなんて」
空を仰いだ春斗の声は、どこか遠くを見ているようだった。それに気づいたバロンは、少しだけ表情を曇らせる。
「現実さ。春斗は今この瞬間が夢であってほしいと思っているのか?」
「え?」
春斗が驚いてバロンを見上げると、彼はほんのわずかに眉をひそめたまま、静かに言った。
「お前がここに来てからずっと気になっていた。時折見せるどこか寂しげな顔……。最近は見なくなったと思っていたが……お前は元いた場所が気になるか?」
その問いかけに、春斗は少しだけ目を伏せた。そして、ごく小さな声で呟いた。
「たまに夢に見るんです。家族の事とか学校の事とか……」
そこまで言って春斗はふっと笑った。
「でも悲しいわけじゃないんです。そりゃ自分が死んで家族は悲しんでると思うけど──ここにいるとバロンさんや皆が優しくしてくれるから……俺は今幸せです」
柔らかい風に吹かれながら春斗は優しく微笑んだ。
バロンは春斗の隣に腰を下ろすと、走って戻ってきたガルゥの頭を撫でた。
「なら良かった。だが……それでも辛いときは頼ってくれ、無理はしないで欲しいんだ」
春斗は一瞬驚いたようにバロンの顔を見つめ、それから照れくさそうに視線を逸らす。
「ありがとうございます、バロンさん。でも本当に無理なんてしてませんよ。むしろ最近楽しすぎて自分でも驚いてるくらいです」
「そうか」
バロンの口元に安堵の色が浮かぶ。そして、バロンは堪らず、心の奥底から溢れた想いが、言葉になって口を突いて出た。
「お前の笑顔を見ると、心が満たされていく気がするんだ」
春斗はその言葉に驚き、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。それから、ふと口元を緩め、今度は照れ隠しではなく、素直な笑みを浮かべた。
「なんかそれ、ちょっとずるいなぁ」
「ずるい?」
「はい。そんなこと言われたら嬉しくなっちゃうじゃないですか」
春斗の言葉に、バロンも思わず小さく笑った。二人の間に流れる空気はとても穏やかで、静かな中庭に優しいぬくもりが広がっていく。
青紫の空の下、楽しげな笑い声と、ふわふわの尻尾を振るガルゥの姿。
そんな穏やかな午後が、魔界の城の一角に、そっと、確かに流れていた。
──そして、その光景を遠くからじっと見つめる一人の影があった。
回廊の柱の陰、無表情な顔にわずかな熱を灯しながら、その人物は静かに呟く。
「……春斗」
氷の四天王・グレイの、何やら秘めた瞳が春斗の笑顔をじっと見つめていた。
魔界の空は人間界と少し違って見えるけれど、どこか落ち着く色合いで心をふわっと軽くしてくれる。
「んにゃっ!」
ふわりと鼻先に影が差し、顔をのぞき込んでいたのは子虎のような見た目のガルゥ。もうすっかり元気になって、走り回れるまでに回復していた。
ガルゥはくりくりの瞳をきらきらさせて、楽しげに小さく鳴いたかと思うと、口にくわえていたボールを春斗の顔の上にぽとりと落とした。
「おいおい、顔面ボールパスは禁止って、何度も言ったよね?」
苦笑しながらも春斗はボールを拾い、軽く放る。ガルゥは元気良くくるっと回って追いかけ、ふわふわの尻尾を大きく揺らしながら走り回っていた。
そんな二人のやり取りを、少し離れた中庭の回廊から見守る姿が三人。
「すっかり仲良しだな」
使い魔を取られたフラムが少々悔しそうに言う。だが、その瞳は優しく細められていた。
ミレセスはくすりと鼻で笑う。
「魔界の生活にも慣れてきたようで何よりですね、魔王様」
「ああ」
バロンはただ静かにその様子を見つめていた。
芝生の上でころころと転がる春斗と、それにじゃれるガルゥの姿。その笑い声が、柔らかく中庭に響くたび、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。
「春斗には笑っていてほしい。それだけで世界の景色が違って見える気がするんだ」
ふとこぼれたバロンのその呟きに、フラムとミレセスが顔を見合わせて少しだけ頬を赤らめた。
バロンが不思議そうに二人を見たその時、視界の端で春斗が盛大に転んだ。
「うわっ!? 」
どてんっ!と芝生に倒れた春斗の元に、ガルゥがぴょんと飛び乗り、顔をぺろりと舐める。その愛らしいやりとりに、回廊の三人も思わず笑みを漏らした。
「ふふ。平和ですねぇ」
ミレセスはそう言うと「では私は仕事に戻ります」と去っていく。フラムもガルゥの元気な姿を見れて満足したのか「失礼します」とバロンに言って持ち場に戻って行った。
回廊に一人残ったバロンは、しばらく春斗たちの光景を眺めていたが、春斗の笑い声につられて中庭に向かって声をかけた。
「楽しそうだな、春斗」
春斗のすぐそばで立ち止まり、そう声をかけると、春斗はガルゥとじゃれながら顔を上げた。
「あ、バロンさん。転んだの見られちゃいましたね」
春斗が苦笑してそう言うとバロンも口元を緩める。
「怪我はないか」
「はい、ありません」
バロンはほっと安堵したように息を吐き、春斗の隣にしゃがみこんだ。
ガルゥが小さく鳴きながら、またボールをくわえてバロンの足元へとやってくる。
「ん?今度は俺と遊びたいのか?」
ボールを見下ろしながらバロンが言うと、ガルゥはふわふわの尻尾をぶんぶんと振って応える。その様子に春斗が笑った。
「バロンさん、投げてあげてくださいよ。ガルゥ、最近体力有り余ってるみたいで」
「そうか、では遠くまで投げてやろう」
バロンは軽く腕を振り、ボールを庭の向こうまで放った。ガルゥは一瞬たりとも躊躇いもせず、ぴゅーんと弾丸のように駆け出していく。
「はや!」
ぽかんと口を開ける春斗を見て、バロンが少しだけ得意げに言った。
「ガルゥの種族は俊敏性に長けているからな」
「そうなんですか!すごいなガルゥ」
まっすぐに向けられた春斗の瞳に、バロンは見とれていた。そんなことも露知らず、春斗はのんびりとした動作で芝生に寝転がった。
「こうしてると夢みたいですね。まさか自分が魔界でのんびりボール投げしてるなんて」
空を仰いだ春斗の声は、どこか遠くを見ているようだった。それに気づいたバロンは、少しだけ表情を曇らせる。
「現実さ。春斗は今この瞬間が夢であってほしいと思っているのか?」
「え?」
春斗が驚いてバロンを見上げると、彼はほんのわずかに眉をひそめたまま、静かに言った。
「お前がここに来てからずっと気になっていた。時折見せるどこか寂しげな顔……。最近は見なくなったと思っていたが……お前は元いた場所が気になるか?」
その問いかけに、春斗は少しだけ目を伏せた。そして、ごく小さな声で呟いた。
「たまに夢に見るんです。家族の事とか学校の事とか……」
そこまで言って春斗はふっと笑った。
「でも悲しいわけじゃないんです。そりゃ自分が死んで家族は悲しんでると思うけど──ここにいるとバロンさんや皆が優しくしてくれるから……俺は今幸せです」
柔らかい風に吹かれながら春斗は優しく微笑んだ。
バロンは春斗の隣に腰を下ろすと、走って戻ってきたガルゥの頭を撫でた。
「なら良かった。だが……それでも辛いときは頼ってくれ、無理はしないで欲しいんだ」
春斗は一瞬驚いたようにバロンの顔を見つめ、それから照れくさそうに視線を逸らす。
「ありがとうございます、バロンさん。でも本当に無理なんてしてませんよ。むしろ最近楽しすぎて自分でも驚いてるくらいです」
「そうか」
バロンの口元に安堵の色が浮かぶ。そして、バロンは堪らず、心の奥底から溢れた想いが、言葉になって口を突いて出た。
「お前の笑顔を見ると、心が満たされていく気がするんだ」
春斗はその言葉に驚き、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。それから、ふと口元を緩め、今度は照れ隠しではなく、素直な笑みを浮かべた。
「なんかそれ、ちょっとずるいなぁ」
「ずるい?」
「はい。そんなこと言われたら嬉しくなっちゃうじゃないですか」
春斗の言葉に、バロンも思わず小さく笑った。二人の間に流れる空気はとても穏やかで、静かな中庭に優しいぬくもりが広がっていく。
青紫の空の下、楽しげな笑い声と、ふわふわの尻尾を振るガルゥの姿。
そんな穏やかな午後が、魔界の城の一角に、そっと、確かに流れていた。
──そして、その光景を遠くからじっと見つめる一人の影があった。
回廊の柱の陰、無表情な顔にわずかな熱を灯しながら、その人物は静かに呟く。
「……春斗」
氷の四天王・グレイの、何やら秘めた瞳が春斗の笑顔をじっと見つめていた。
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