運命のつがいと初恋

鈴本ちか

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運命のつがいと初恋 第1章

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 後部座席に促されいそいそと乗り込む。
 流れる夕景をぼんやり見ながら、東園がΩに気を使うなんて意外だと思った。東園ならΩを食っては捨て、食っては捨てしてそうなのに。そう思いながらふと、凛子に向けた心配そうな顔を思い出す。親子関係は良好のようだった。
 そういえば、自分は東園の顔さえおぼろげだったのに、なんでこんなに悪印象を持っているんだろう。陽向は兄姉がいたからか、幼少期から理不尽ないじめ等とは無縁だった。中学時代も周りに恵まれているなぁと常々感じて生きていた頃だ。いじめられたって事はない。
 数時間前に見た東園の横顔を思い出す。ずいぶん整った顔だった、でも中学ならもっと幼かった筈だ。改めて、東園って昔、どんな顔をしていたのだろうかと思う。
 中学ニ年の時、たしか教室は二階だった。
 廊下、踊場、懐かしく校舎を思い出す。そういえば踊場の鏡は夜見ると異世界に引っ張られる、なんて七不思議があった。
 唐突に東園がその踊場の鏡越しに自分を睨み付けていた映像が脳裏を横切った。
 ひとたび思い出した面影がきっかけとなってずるずる記憶が引き出されてゆく。そして悪印象の原因となった出来事にたどり着いた。
 今より頬に丸みのある当時の東園は基本的に無口で笑いながら冗談を言い合っている姿など見たことがなかった。しかし当時から他の同級生に比べ恵まれた体格、整った容姿の東園はいつも数人の取り巻きに囲まれていた。
 それは理科室移動の時だ。
 忘れ物をして教室に取りに帰った陽向がドアに差し掛かったとき、同級生の声が聞こえて思わず足を止めた。

「……彼氏って手もある」
「はあ?」

 けらけらと笑いが起きる。声で東園の取り巻きだと分かった。恋愛系の話を良くしているので、ちょっと入り辛い。
 そろそろ理科室に行かないと間に合わない時間なのに、と思うが話し声とともに物音もするからもう出るところなのだろう。

「ほら、佐伯と三田村は付き合ってるだろ」
「三田村がΩだからだろ。男じゃねぇじゃんか」

 またけらけらと笑いが起きる。カチンときた。
 陽向は男だし、康平と付き合っていない。
 またその話かと辟易したのを覚えている。

「なぁ、どう思う? 東園ってαだろ、やっぱΩがいいの? 男でも?」

 気持ち悪い話だ。
 陽向は自分が男だと認識している、もちろんΩであることも事実だけど。同列上にいると思っているクラスメイトから異性のように見られるのは気持ち悪い以外なかった。当時は今より、自分は男なんだと強く思っていた。

「俺はあんな奴等に誘惑されたりしない」

 東園の強い口調が今まで聞いていた軽い雰囲気にそぐわないように思えた。口々に確かに、男のΩなんかキモいよな、といった言葉が聞こえてきた。
 あんな奴等、と吐き捨てた東園も、キモいといった取り巻きにも強烈な腹立たしさを感じる。
 お前らなんか頼まれたって誘惑なんかするもんか。腕が震え、胃の辺りがかっと熱くなる。

「おぉっと、げっ、三田村」
「あー、忘れ物? もう始まるぜ」

 気がつくと教室を出ようとしたクラスメイトが目の前にいた。そそくさと一団が脇を通りすぎるあいだ、陽向は唇を噛んで俯いていた。
 当時の陽向は優しい人に囲まれて、つい自分がΩでα、βから差別される身だと忘れがちだったが、現実はそこらじゅうに差別は溢れている。
 東園の口調はΩへの悪感情が伝わる重いものだったから、酷く不快だった。陽向だって好きでΩに産まれた訳じゃない。
 俯いた陽向の前で東園は足を止めた。気配に顔を上げると東園はなんの感情もない、冷めきった目で陽向をじっと見たあと、ふっと顔をそらし廊下を歩いて行った。
 ああそうだ、そんなことがあったなと懐かしく感じる。その日の放課後、腹立ちからずいぶんと康平に愚痴を溢した覚えがある。
 あの頃は若かったから、αβΩは平等という正論が絶対だと思っていた。今は現実が追い付いていないことを知っている。
 出来事はすっかり忘れていたのに印象だけしっかり残っていたなんて不思議だ。
 あれから十年超の時が経った。
 東園はその間で変わったのかもしれないし、本当は変わってないのかもしれない。
 今日だけ、ちょっと凛子のお世話を手伝うだけの陽向に東園の主義思考はどうでもよい事だけれど。
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