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運命のつがいと初恋 第1章
⑳
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近くになにかの気配を感じる。
なんなのだろう、頬に当たるのはぬるい風。あ、吐息かも、と思い目をこじ開けた。
目の前に黒目の大きな瞳と黒い髪。白いまろやかな肌。
「かおちゃん、ひなたん起きた」
上体を起こしながら目をこする。
ここは、ここって、あ、東園の家かとぼんやり思う。
「あ、あれ、凛子ちゃんもう起きたの、おはよう」
ラグの上に座ってこちらをじっと見ている凛子に陽向は苦笑した。
「今何時だろう。ああ、すっかり寝ちゃってた、まじかあ」
ようやく自分の役目を思いだし、膝に乗っていた毛布を掴んで顔を覆う。高いところからふっと吹き出す声がして毛布の隙間から睨めあげた。
「起こしてくれよもう」
「あんまり気持ちよさそうだったから。上に部屋を準備してるから使ってくれ」
「いや、もう寝ないよ。てかいま何時?」
「12時過ぎ。凛子はトイレに起きたんだよ。さあまた寝ような」
頭を軽く撫で、東園は凛子の手を引いて和室へ入っていった。
そろっと和室を覗くと凛子が布団に入るところだった。明かりを落とした部屋の真ん中に敷かれた布団。いつもここに寝てるのかな。こんなに大きい家だ、自分の部屋がありそうだけど。
看病しやすいようここに寝かされてるとしたらちょっとかわいそうだなと思いながら寝そべった凛子と目が合ったので「お休み」と声を掛ける。
「ひなたん」
凛子が布団から手を出したのでちらりと東園を見る。布団のそばにいた東園が小さくうなずいたので陽向はそっと凛子の布団の横、東園の布団を挟んで対面に座り小さな手を握った。とても熱い手だ、甲を撫でると凛子はすっと目を閉じた。
すうすうと寝息が聞こえ始めてしばらくすると東園が目配せしたので二人で和室をそろそろと出た。あれ、と思う。東園は風呂に入ったのに、近づくとあの匂いが漂う。人体から放たれた匂いだったのか、てっきり香水だと思っていた陽向は静かに驚く。
「凛子ちゃん、手がすごく熱かった。明日の朝、熱が下がらないようならまた病院行った方がいいかな。あ、明日は仕事なの?」
「休むよ、家で出来る事もあるから」
「そうか、良かった」
陽向はソファに座り伸びをした。そしてキッチンに立った東園に「僕がここにいるから、寝てきていいよ」と声を掛けた。
「ごめん、手伝いに来たのに寝ちゃって」
「寝たってほどじゃないよ」
くつくつ笑いながら東園はティーポットにお湯を注いでいる。
湯気がふわっと立って、それを見てはじめて陽向は自分の身体が冷えていることに気がついた。
「なに淹れてるの?」
「紅茶、かな。いや、ノンカフェイン、フレーバーティって書いてある」
ダイニングテーブルに着くと目の前に白磁のティーカップが置かれた。甘い匂いがふわりと漂う。蜂蜜レモンだ。
「ああ、いい匂い。ありがとう」
目の前の椅子に掛けた東園は微笑んで同じティーカップを口へ運んだ。
なんだろう、トレーナー上下にティーカップでも顔立ちが恐ろしいほど整っているせいで様になる。不思議だ。
「上に部屋があるから遠慮せず休んで欲しいんだけど、交互にしようか。俺が寝ないと三田村も休みにくいだろ。日中、仕事があったのに来てもらって。本当にありがとな」
「いいよ、同級生のよしみだし。そうだね、交互に休もう」
そういえば凛子はパパ、お父さん、ではなく、かおちゃんと呼んでいた。
「かおちゃんから寝て」
ごほっと東園がえずいて、陽向は慌ててごめんと謝った。あまりにも可愛い呼ばれ方だったので真似してみただけだったけれど、随分驚かせてしまったようだ。口元を抑えて二度ほど咳き込んだ東園は大丈夫、大丈夫と頷いた。
「ほんとごめん、かおちゃんって呼ばれていたから、つい出来心で、」
「いや、ちょっと驚いただけだから」
ふーっと息を吐いたあと「三田村、俺のこと昔凄く嫌っていただろ? だからそんな風に呼ばれるとは思わなかった」と苦笑した。いや顔は確かに笑っているが目が笑ってない。
「い、いや、別に嫌っていたなんて事ないよ。ただちょっと、近寄りがたい感じだっただけで」
あの当時東園を嫌っていたかと聞かれれば、よく考えると嫌いと言い切るほどの感情はない。好き嫌いで言えば、嫌いよりだったと思うけれど。だとしても、本人を目の前にしてうん、まあまあ嫌いだったよ、と言えるほどの胆力を陽向は持ち合わせていなかった。
「嘘だな。話しかけようとして、避けられた記憶があるからな」
「ちがっ、……に、苦手だなって思った事はあったかもだけど、別に嫌いってまでは、なかったよ」
「今日話してみてもやっぱり苦手だと思うか?」
東園が陽向の目を真っ直ぐ見つめてくるので少々居心地が悪い。陽向は大きく首を横に振って「いいお父さんになったんだなって、感慨深く見ています」と言った。
「いいお父さんな」
少し笑った東園はなにか言いかけて後頭部をがりがりと掻いた。
「ありがたいんだが、俺は本当の父親じゃないんだ。結婚したこともない。でもそう見えているなら嬉しいよ」
「え、」
瞬きを数度繰り返して陽向は「そうなんだ」と頷いた。二人の仲よさげな様子から、二人が親子と疑わなかった。
「凛子ちゃんも懐いているし、いいお父さんに見えたよ。ああ、だからかおちゃんなのか」
東園が頷く。東園の子どもじゃないとしたら、一体どんな事情があるのか。幼稚園に勤務して陽向は、一般家庭と一言で表されるものの中身は千差万別だと知った。自分の知る家庭の形とは違うけれど幸せに暮らしている人達をたくさん見てきた。
何も聞くまい。東園と凛子が幸せならそれできっといいのだ。
「そこで陽向先生にご相談があるんだが」
「相談?」
陽向は首を傾げる。東園は神妙な面持ちで口を開いた。
なんなのだろう、頬に当たるのはぬるい風。あ、吐息かも、と思い目をこじ開けた。
目の前に黒目の大きな瞳と黒い髪。白いまろやかな肌。
「かおちゃん、ひなたん起きた」
上体を起こしながら目をこする。
ここは、ここって、あ、東園の家かとぼんやり思う。
「あ、あれ、凛子ちゃんもう起きたの、おはよう」
ラグの上に座ってこちらをじっと見ている凛子に陽向は苦笑した。
「今何時だろう。ああ、すっかり寝ちゃってた、まじかあ」
ようやく自分の役目を思いだし、膝に乗っていた毛布を掴んで顔を覆う。高いところからふっと吹き出す声がして毛布の隙間から睨めあげた。
「起こしてくれよもう」
「あんまり気持ちよさそうだったから。上に部屋を準備してるから使ってくれ」
「いや、もう寝ないよ。てかいま何時?」
「12時過ぎ。凛子はトイレに起きたんだよ。さあまた寝ような」
頭を軽く撫で、東園は凛子の手を引いて和室へ入っていった。
そろっと和室を覗くと凛子が布団に入るところだった。明かりを落とした部屋の真ん中に敷かれた布団。いつもここに寝てるのかな。こんなに大きい家だ、自分の部屋がありそうだけど。
看病しやすいようここに寝かされてるとしたらちょっとかわいそうだなと思いながら寝そべった凛子と目が合ったので「お休み」と声を掛ける。
「ひなたん」
凛子が布団から手を出したのでちらりと東園を見る。布団のそばにいた東園が小さくうなずいたので陽向はそっと凛子の布団の横、東園の布団を挟んで対面に座り小さな手を握った。とても熱い手だ、甲を撫でると凛子はすっと目を閉じた。
すうすうと寝息が聞こえ始めてしばらくすると東園が目配せしたので二人で和室をそろそろと出た。あれ、と思う。東園は風呂に入ったのに、近づくとあの匂いが漂う。人体から放たれた匂いだったのか、てっきり香水だと思っていた陽向は静かに驚く。
「凛子ちゃん、手がすごく熱かった。明日の朝、熱が下がらないようならまた病院行った方がいいかな。あ、明日は仕事なの?」
「休むよ、家で出来る事もあるから」
「そうか、良かった」
陽向はソファに座り伸びをした。そしてキッチンに立った東園に「僕がここにいるから、寝てきていいよ」と声を掛けた。
「ごめん、手伝いに来たのに寝ちゃって」
「寝たってほどじゃないよ」
くつくつ笑いながら東園はティーポットにお湯を注いでいる。
湯気がふわっと立って、それを見てはじめて陽向は自分の身体が冷えていることに気がついた。
「なに淹れてるの?」
「紅茶、かな。いや、ノンカフェイン、フレーバーティって書いてある」
ダイニングテーブルに着くと目の前に白磁のティーカップが置かれた。甘い匂いがふわりと漂う。蜂蜜レモンだ。
「ああ、いい匂い。ありがとう」
目の前の椅子に掛けた東園は微笑んで同じティーカップを口へ運んだ。
なんだろう、トレーナー上下にティーカップでも顔立ちが恐ろしいほど整っているせいで様になる。不思議だ。
「上に部屋があるから遠慮せず休んで欲しいんだけど、交互にしようか。俺が寝ないと三田村も休みにくいだろ。日中、仕事があったのに来てもらって。本当にありがとな」
「いいよ、同級生のよしみだし。そうだね、交互に休もう」
そういえば凛子はパパ、お父さん、ではなく、かおちゃんと呼んでいた。
「かおちゃんから寝て」
ごほっと東園がえずいて、陽向は慌ててごめんと謝った。あまりにも可愛い呼ばれ方だったので真似してみただけだったけれど、随分驚かせてしまったようだ。口元を抑えて二度ほど咳き込んだ東園は大丈夫、大丈夫と頷いた。
「ほんとごめん、かおちゃんって呼ばれていたから、つい出来心で、」
「いや、ちょっと驚いただけだから」
ふーっと息を吐いたあと「三田村、俺のこと昔凄く嫌っていただろ? だからそんな風に呼ばれるとは思わなかった」と苦笑した。いや顔は確かに笑っているが目が笑ってない。
「い、いや、別に嫌っていたなんて事ないよ。ただちょっと、近寄りがたい感じだっただけで」
あの当時東園を嫌っていたかと聞かれれば、よく考えると嫌いと言い切るほどの感情はない。好き嫌いで言えば、嫌いよりだったと思うけれど。だとしても、本人を目の前にしてうん、まあまあ嫌いだったよ、と言えるほどの胆力を陽向は持ち合わせていなかった。
「嘘だな。話しかけようとして、避けられた記憶があるからな」
「ちがっ、……に、苦手だなって思った事はあったかもだけど、別に嫌いってまでは、なかったよ」
「今日話してみてもやっぱり苦手だと思うか?」
東園が陽向の目を真っ直ぐ見つめてくるので少々居心地が悪い。陽向は大きく首を横に振って「いいお父さんになったんだなって、感慨深く見ています」と言った。
「いいお父さんな」
少し笑った東園はなにか言いかけて後頭部をがりがりと掻いた。
「ありがたいんだが、俺は本当の父親じゃないんだ。結婚したこともない。でもそう見えているなら嬉しいよ」
「え、」
瞬きを数度繰り返して陽向は「そうなんだ」と頷いた。二人の仲よさげな様子から、二人が親子と疑わなかった。
「凛子ちゃんも懐いているし、いいお父さんに見えたよ。ああ、だからかおちゃんなのか」
東園が頷く。東園の子どもじゃないとしたら、一体どんな事情があるのか。幼稚園に勤務して陽向は、一般家庭と一言で表されるものの中身は千差万別だと知った。自分の知る家庭の形とは違うけれど幸せに暮らしている人達をたくさん見てきた。
何も聞くまい。東園と凛子が幸せならそれできっといいのだ。
「そこで陽向先生にご相談があるんだが」
「相談?」
陽向は首を傾げる。東園は神妙な面持ちで口を開いた。
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