運命のつがいと初恋

鈴本ちか

文字の大きさ
20 / 76
運命のつがいと初恋 第1章

しおりを挟む
 近くになにかの気配を感じる。
 なんなのだろう、頬に当たるのはぬるい風。あ、吐息かも、と思い目をこじ開けた。
 目の前に黒目の大きな瞳と黒い髪。白いまろやかな肌。

「かおちゃん、ひなたん起きた」

 上体を起こしながら目をこする。
 ここは、ここって、あ、東園の家かとぼんやり思う。

「あ、あれ、凛子ちゃんもう起きたの、おはよう」

 ラグの上に座ってこちらをじっと見ている凛子に陽向は苦笑した。

「今何時だろう。ああ、すっかり寝ちゃってた、まじかあ」

 ようやく自分の役目を思いだし、膝に乗っていた毛布を掴んで顔を覆う。高いところからふっと吹き出す声がして毛布の隙間から睨めあげた。

「起こしてくれよもう」
「あんまり気持ちよさそうだったから。上に部屋を準備してるから使ってくれ」
「いや、もう寝ないよ。てかいま何時?」
「12時過ぎ。凛子はトイレに起きたんだよ。さあまた寝ような」

 頭を軽く撫で、東園は凛子の手を引いて和室へ入っていった。
 そろっと和室を覗くと凛子が布団に入るところだった。明かりを落とした部屋の真ん中に敷かれた布団。いつもここに寝てるのかな。こんなに大きい家だ、自分の部屋がありそうだけど。
 看病しやすいようここに寝かされてるとしたらちょっとかわいそうだなと思いながら寝そべった凛子と目が合ったので「お休み」と声を掛ける。

「ひなたん」

 凛子が布団から手を出したのでちらりと東園を見る。布団のそばにいた東園が小さくうなずいたので陽向はそっと凛子の布団の横、東園の布団を挟んで対面に座り小さな手を握った。とても熱い手だ、甲を撫でると凛子はすっと目を閉じた。
 すうすうと寝息が聞こえ始めてしばらくすると東園が目配せしたので二人で和室をそろそろと出た。あれ、と思う。東園は風呂に入ったのに、近づくとあの匂いが漂う。人体から放たれた匂いだったのか、てっきり香水だと思っていた陽向は静かに驚く。

「凛子ちゃん、手がすごく熱かった。明日の朝、熱が下がらないようならまた病院行った方がいいかな。あ、明日は仕事なの?」
「休むよ、家で出来る事もあるから」
「そうか、良かった」

 陽向はソファに座り伸びをした。そしてキッチンに立った東園に「僕がここにいるから、寝てきていいよ」と声を掛けた。

「ごめん、手伝いに来たのに寝ちゃって」
「寝たってほどじゃないよ」 

 くつくつ笑いながら東園はティーポットにお湯を注いでいる。
 湯気がふわっと立って、それを見てはじめて陽向は自分の身体が冷えていることに気がついた。

「なに淹れてるの?」
「紅茶、かな。いや、ノンカフェイン、フレーバーティって書いてある」

 ダイニングテーブルに着くと目の前に白磁のティーカップが置かれた。甘い匂いがふわりと漂う。蜂蜜レモンだ。

「ああ、いい匂い。ありがとう」

 目の前の椅子に掛けた東園は微笑んで同じティーカップを口へ運んだ。
 なんだろう、トレーナー上下にティーカップでも顔立ちが恐ろしいほど整っているせいで様になる。不思議だ。

「上に部屋があるから遠慮せず休んで欲しいんだけど、交互にしようか。俺が寝ないと三田村も休みにくいだろ。日中、仕事があったのに来てもらって。本当にありがとな」
「いいよ、同級生のよしみだし。そうだね、交互に休もう」

 そういえば凛子はパパ、お父さん、ではなく、かおちゃんと呼んでいた。

「かおちゃんから寝て」

 ごほっと東園がえずいて、陽向は慌ててごめんと謝った。あまりにも可愛い呼ばれ方だったので真似してみただけだったけれど、随分驚かせてしまったようだ。口元を抑えて二度ほど咳き込んだ東園は大丈夫、大丈夫と頷いた。

「ほんとごめん、かおちゃんって呼ばれていたから、つい出来心で、」
「いや、ちょっと驚いただけだから」

 ふーっと息を吐いたあと「三田村、俺のこと昔凄く嫌っていただろ? だからそんな風に呼ばれるとは思わなかった」と苦笑した。いや顔は確かに笑っているが目が笑ってない。
「い、いや、別に嫌っていたなんて事ないよ。ただちょっと、近寄りがたい感じだっただけで」

 あの当時東園を嫌っていたかと聞かれれば、よく考えると嫌いと言い切るほどの感情はない。好き嫌いで言えば、嫌いよりだったと思うけれど。だとしても、本人を目の前にしてうん、まあまあ嫌いだったよ、と言えるほどの胆力を陽向は持ち合わせていなかった。

「嘘だな。話しかけようとして、避けられた記憶があるからな」
「ちがっ、……に、苦手だなって思った事はあったかもだけど、別に嫌いってまでは、なかったよ」
「今日話してみてもやっぱり苦手だと思うか?」

 東園が陽向の目を真っ直ぐ見つめてくるので少々居心地が悪い。陽向は大きく首を横に振って「いいお父さんになったんだなって、感慨深く見ています」と言った。

「いいお父さんな」

 少し笑った東園はなにか言いかけて後頭部をがりがりと掻いた。

「ありがたいんだが、俺は本当の父親じゃないんだ。結婚したこともない。でもそう見えているなら嬉しいよ」
「え、」

   瞬きを数度繰り返して陽向は「そうなんだ」と頷いた。二人の仲よさげな様子から、二人が親子と疑わなかった。

「凛子ちゃんも懐いているし、いいお父さんに見えたよ。ああ、だからかおちゃんなのか」

 東園が頷く。東園の子どもじゃないとしたら、一体どんな事情があるのか。幼稚園に勤務して陽向は、一般家庭と一言で表されるものの中身は千差万別だと知った。自分の知る家庭の形とは違うけれど幸せに暮らしている人達をたくさん見てきた。   
 何も聞くまい。東園と凛子が幸せならそれできっといいのだ。

「そこで陽向先生にご相談があるんだが」   
「相談?」 

 陽向は首を傾げる。東園は神妙な面持ちで口を開いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

虐げられた氷の聖子は隣国の野獣皇帝に執着(愛)されすぎて溶かされる

たら昆布
BL
暴君皇帝×薄幸の聖子

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

忘れられない君の香

秋月真鳥
BL
 バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。  両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。  母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。  アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。  最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。  政略結婚から始まるオメガバース。  受けがでかくてごついです! ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。

処理中です...