運命のつがいと初恋

鈴本ちか

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運命のつがいと初恋 第1章

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 ふあっと欠伸が出る。瞑りそうになる目を強くこすっていると後ろから肩を叩かれ陽向は飛び跳ねた。息が詰まって心臓が苦しくなる。

「ひゃっ」
「ごめん、驚かせたな」

 つい肩に置かれた手をたたき落とした。
 昔から驚かされるのが苦手で、相手が東園と分かった今でもまだ鼓動が早い。深呼吸してようやく驚きが収まってくると今度は恥ずかしさに紅潮する。
 園児は大抵、音もなく近づいてくることがないから、しばらくこの感覚を忘れていた。

「びっくりするだろ。もう」
「悪かった」

 気まずさに目をそらした陽向の顔を、東園がのぞき込む。

「こっちを見て欲しい。三田村が嫌がることはもう二度としないから許してくれないか」

 あんまり真剣な声で言うものだから、陽向はしぶしぶ視線を東園に戻した。声以上に真剣な面持ちの東園が思ったより近くてぎょっとする。
 だんだんと慣れてきた東園の香りが近いせいか濃密に嗅ぎ取れる。
 恐ろしく甘く、ねっとりとした重量感のある香りが鼻から身体中に染み込んでゆく。 
 思わず身体を引いた陽向を、東園は前のめりになって追いかけてくる。

「分かった。こっちこそごめん。許したからちょっと離れて」

 東園の胸を押して陽向は立ち上がった。
 カーテンの隙間から外を見る振りで東園から距離を取った。。

「三田村、」
「あ、そういえばコーヒーが飲みたかったんだ。買ってきていい?」
「外に? いや今すぐ淹れるから待ってて」

 一度外に出て外気を吸いたかったけれど思惑通りにはいかない。でも東園がキッチンに向かったので陽向は胸をなで下ろした。
 体臭なのは間違いないが睡眠を取ったら匂いが濃くなる体質とか、かな、とぼんやり考える。陽向は息を深く吸い込み最後まで吐き出す。身体に入った東園の匂いを少しでも薄めるように。なんだろう、いい匂いかもと思いはじめたのに、濃いと身体が離れろと危険信号を流す。
 キッチンの東園を眺める。よく「αはすぐに分かる」と言われる理由に匂いが上げられるが、それなのかなと思う。
 陽向は鼻が良くないので今まで匂いでαが分かる、なんてことはなかった。さすが東都財閥の血縁者はαの中でも別格なのだろう。陽向は詳しくないがαの中にもランクがあるらしいから、鼻の悪い陽向が分かるほどの上位αということかもしれない。
 流石だなと思いつつまあ、体臭ならしょうがないなと思う。自分はΩ臭がするのかな、と手首をくんくん嗅いでみたが全く分からなかった。

「コーヒー、ここ置くよ」
「ありがとう」

 東園の淹れたコーヒーを飲みながら、陽向は欠伸をかみ殺しつつ最後の一件になった求人情報を保存して画面を消した。
 スマホから顔を上げると東園がじっと陽向を眺めていた。

「なに?」
「いや、三田村は変わらないなと思って」
「見た目が? うーん、あんま嬉しくない。東園は変わった、というより年相応だね」

 中学時代に思っていた27歳は、あの頃からほんの少ししか背的にも成長しなかった陽向より、上背もありたくましい体躯の東園のイメージだ。
 くすりと笑った東園に「でも偉いと思うよ」と続けた。

「凛子ちゃん、東園にとっても懐いているように見える。それって東園がちゃんと凛子ちゃんに愛情を持って接してるからだよね。子育ては我が子でも大変って聞くから」

 東園は目を瞬かせるとコーヒーカップに目を落とした。

「凛子は、姉の子なんだ」
「え、……そう、そうなんだ、お姉さんの。てか東園ってお姉さんいたんだ」

 お姉さんはどうしたの、病気かな、それとも育児に疲れちゃったの、と思わず聞きそうになって飲み込む。
 すごく仲がいいわけでもないのに家庭の事情を聞くのは失礼な気がするし、反対に現状を聞いて欲しい人もいるだろうとも思う。東園のことをよく知らないからいちいち迷ってしまう。

「ああ、4つ上だ。俺が中学の時、姉は東京にいたから知らなくて当然だな」

 それでは東園が中学当時、家族は別居していたことになるが。
 東園家は謎が多いなと思いつつ、家庭の事情だ、突っ込んで聞くのはやめようと思う。

「お姉さん東園と似ているの?」
 と聞いたところで陽向の腹がきゅうと鳴った。自分の腹を見て、顔を上げる。東園と目が合いお互いぷっと吹き出した。

「三田村腹減ってるみたいだな。なにか作ろうか」
「……なんかすみません」

 東園がキッチンに立ったので陽向は凛子の様子を確認するため襖の隙間から和室をのぞき込んだ。さっきと向きが変わっているがちゃんと布団を着ている。
 スマホを見ると午前6時半。起こすには早すぎるだろう。そっと襖を閉めたあと、陽向はなにか手伝おうとキッチンに向かった。
 東園はキッチンの真ん中でスマホ片手に突っ立っている。何をそんなに真剣に眺めているんだろう、なんかぶつぶつ呟いているし。
 近づいて「どうしたの?」と聞くと、びくっと肩を揺らした東園はスマホを消した。

「いや、なんでもない」

 明らかになにか調べていたくせに。じとっと見ているとみるみる渋面になっていく東園が「全く出来なくて」と呟いた。

「なにが」
「料理が」

 東園は背後にある、ファミリー向けなのだろう、陽向が持っているのより三倍は大きいシルバーベージュの冷蔵庫を開いた。

「材料はあるんだ。家政婦の三浦さんが入れてるから」
「そうなんだ。家政婦さんがいるなら自分で作る必要ないもんね」
「いや、何もかも出来ないわけじゃないんだ。温めるくらいは出来るし、コーヒーは淹れられる。カップ焼きそばも作ったことある」

 一歩近づいた東園がむきになって言うものだから陽向は堪えきれずぷっと吹き出した。

「ふふ、ごめん。馬鹿にした訳じゃないんだ、言い方が悪かったね。僕ならどうしても今食べなきゃって感じでもないけど東園はお腹すいた? もし食べるなら僕が作ろうか、目玉焼きくらいなら出来るから」
「じゃあ頼む」

 東園は素直に役目を降り、陽向は東園の横から冷蔵庫の中を眺めた。
 確かにたくさん食材が入っている。卵もあるようだし、ソーセージ、ベーコンも見える。キッチンの棚に食パンもあった。あとなにか野菜があれば良さそうだと思う。

「下も開けていい?」
「ああ」

 野菜室を見るとレタスやキュウリ、トマトもある。ご主人様も要望に添えるよう、きっちり揃えてあるのだろう。さすがだなと思う。
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