43 / 76
運命のつがいと初恋 第2章
⑳
しおりを挟む
頭を撫でられたような気がする。
お腹もすいているような気がする。
どうにかしなきゃいけない気もするが、ここにいることの方が重要に感じる。
目を閉じたまま身体の向きを変える。どちらを向いてもいい匂いに囲まれていて、陽向は幸せだなと思う。
「陽向」
天国の向こうから話しかけられている。
そろっと布団から顔を出すと東園がベッドに座って陽向の方を見ていた。
「陽向、気分は悪くないか?」
髪をそろっとよけて、東園が陽向の額を撫でる。
その手を握って匂いを嗅ぐ。あ、これ、本物だと思う。
「すごい匂いだな。それに……、これは、また」
東園を見ると背広はなく、ネクタイを緩め襟元を少し開いている。
あれ、仕事終わりかな、もうそんな時間かとうっすら思う。にじり寄って手の甲から肩、首に顔を近づける。
ああ、天国より濃い匂い。めいいっぱい吸い込む陽向の背に掛かった布団を東園がめくった。
「おお、すごいな」
ふうと息をつく東園に乗り上げ首の後ろに鼻を押しつけた。
そうしたい欲望にあらがえない。
東園が無抵抗なのをいいことに陽向は巻き付き存分に吸い込む。東園の匂い、αの匂い。
どうしてこうこってりした甘ったるい匂いなんだろう。そしてどうしていつもこう身体の奥底に溜まっていくような重い匂いなんだろう。
もっといっぱい欲しい。
どんどん溜まってすべてを溶かして、陽向の身体をぐちゃぐちゃにして欲しいと思う。
「陽向、ちょっと離れようか」
「え、いやだ」
両肩を掴まれ引き剥がされる。体格の違う東園が本気で離そうと思ったら簡単だ。
離れても興奮で上がった息はそのままだし、もうとっくに身体の奥が熱い。
自分は発情してしまったようだ。
思考が滲み、もう目の前のαに縋り付くしか思いつかない。
身体全部がαを欲している。陽向はこれを我慢することがどんなに辛いか、もう知ってしまっていた。
もう一度あの匂いを味わいたくてじわじわ近づくけれど、東園もじわじわ離れていくから埋まらない。
「陽向、……病院行こうか」
「や、いやだ、病院はいい」
「しかしな、」
「お、お願いだから、馨が、ちょっとだけ、でいいから」
欲しくて欲しくて堪らない、身体がグズグズでもう。
これからこの熱が引いていくまで、何日も何日も我慢できない。
でも、目の前の東園はなんの感情も浮かんでいない瞳で陽向を見ている。酷く冷静な面持ちでゆっくりと横に首を振った。
「が、我慢するの、きつい、ほんとにきつい、から、今日だけでいいから、お、おねが」
「駄目だ」
ぴしゃりと突き放され、視界が滲む。
「た、たのむから、」
冷たい目がただ見ている。
その温度のない視線がどんなに頼んでも駄目だと陽向に伝えているようで悲しい。
「……もし俺が、ちょっとだけ、今日だけって陽向を抱いたら、陽向は絶対に後悔する」
「しっ、しない、しないから」
下目蓋にかろうじて引っかかっていた涙がほろりと落ちる。
「発情期が終わったら、きっと俺に抱かれたことを後悔する。このあいだは近づくのも嫌がっていたじゃないか」
「だって、で、でも、」
「陽向」
東園が頬を撫でる。近づいた手から漂う香りにまた脳が溶ける。
「ふっ、はぁ、」
「可哀想だけど、駄目だ。陽向がこうやってちゃんと俺の顔を見て、話をしてくれるなんて、昔じゃ考えられないことだっただろ。今を捨てたくない」
「んっ、も、もうっ、か、からだがっ、た、すけて、」
隙を突いて陽向は東園に巻き付いて絶対離されないようにぎゅっと力を入れた。
この匂いに包まれ楽になれたらどんなにいいかと思う。
身体中全部東園で埋めて貰いたいのに、当の東園は陽向の頭上で大きなため息を落とした。
「前みたいに、陽向に嫌われたくないんだ。陽向はきっと、発情期が終わったら男に抱かれたくなかったと思うよ。そして俺を恨む。それだけは絶対に避けたい」
「は、そんなっ、そんなことない、ない、……ない、から」 「陽向が理性的なときにそうしていいと決めたならまだしも、今は駄目だ。病院へ行こう、俺と離れていた方が良さそうだから、連れてはいけないな。また救急車を呼ぶか」
「いやだっ、ん、いやだぁっ、ふ、」
力一杯抱きついていたのに簡単に身体を離され東園はベッドから立ち上がりスマホを取り出した。
ぼたぼたと零れた涙が布団にシミを作る。
こんなに苦しいのに、こんなに頼んでいるのに、なんて酷い人間なんだと思う。
最低、人間のくず、ばかばか、ぼろぼろ涙をこぼしながら思いつく言葉で頭の中で詰る。たくさん詰っているのに、ひとつも言葉にならない。
陽向の口からは鼻に掛かった喘ぎがこぼれるばかりだ。
「ん、は、ふう、んっ、」
「もうすぐ救急車が到着するから、しばらく横になってろ」
「うう、あ、あ、」
こんな人でなしとはもう口もききたくない。
陽向は布団の中へ帰った。
でもさっきまで天国だったそこは、陽向の欲求を満たしてはくれない。
苦しさが喉までせり上がってきて今すぐ吐いてしまいそうになる。でもどうしようもない。東園のシャツを顔に押し当て我慢するほか道がなかった。
しばらくして病院職員が到着したが、陽向は体内をずきんずきんと音を立てて暴れ回る性欲を堪えられず、前をいじり下着も汚れた状態で泣きじゃくっていた。
最悪な状態にもかかわらず、こんな状況になれているのか病院職員は顔色一つ変えず、「これは置いていきましょう」と陽向が握っていたシャツを取り上げる。
これがあるから、ギリギリのところで意識を保てていたのにそれまで取り上げられるのか、と陽向は何度も首を振って離さないと伝えた。
しかしなんの力も入っていない陽向からそれを取り上げるのは簡単で、すっと手元から引き抜かれた。
ぎゃっと叫んだあと、陽向の意識はぷつりと途切れてしまった。
お腹もすいているような気がする。
どうにかしなきゃいけない気もするが、ここにいることの方が重要に感じる。
目を閉じたまま身体の向きを変える。どちらを向いてもいい匂いに囲まれていて、陽向は幸せだなと思う。
「陽向」
天国の向こうから話しかけられている。
そろっと布団から顔を出すと東園がベッドに座って陽向の方を見ていた。
「陽向、気分は悪くないか?」
髪をそろっとよけて、東園が陽向の額を撫でる。
その手を握って匂いを嗅ぐ。あ、これ、本物だと思う。
「すごい匂いだな。それに……、これは、また」
東園を見ると背広はなく、ネクタイを緩め襟元を少し開いている。
あれ、仕事終わりかな、もうそんな時間かとうっすら思う。にじり寄って手の甲から肩、首に顔を近づける。
ああ、天国より濃い匂い。めいいっぱい吸い込む陽向の背に掛かった布団を東園がめくった。
「おお、すごいな」
ふうと息をつく東園に乗り上げ首の後ろに鼻を押しつけた。
そうしたい欲望にあらがえない。
東園が無抵抗なのをいいことに陽向は巻き付き存分に吸い込む。東園の匂い、αの匂い。
どうしてこうこってりした甘ったるい匂いなんだろう。そしてどうしていつもこう身体の奥底に溜まっていくような重い匂いなんだろう。
もっといっぱい欲しい。
どんどん溜まってすべてを溶かして、陽向の身体をぐちゃぐちゃにして欲しいと思う。
「陽向、ちょっと離れようか」
「え、いやだ」
両肩を掴まれ引き剥がされる。体格の違う東園が本気で離そうと思ったら簡単だ。
離れても興奮で上がった息はそのままだし、もうとっくに身体の奥が熱い。
自分は発情してしまったようだ。
思考が滲み、もう目の前のαに縋り付くしか思いつかない。
身体全部がαを欲している。陽向はこれを我慢することがどんなに辛いか、もう知ってしまっていた。
もう一度あの匂いを味わいたくてじわじわ近づくけれど、東園もじわじわ離れていくから埋まらない。
「陽向、……病院行こうか」
「や、いやだ、病院はいい」
「しかしな、」
「お、お願いだから、馨が、ちょっとだけ、でいいから」
欲しくて欲しくて堪らない、身体がグズグズでもう。
これからこの熱が引いていくまで、何日も何日も我慢できない。
でも、目の前の東園はなんの感情も浮かんでいない瞳で陽向を見ている。酷く冷静な面持ちでゆっくりと横に首を振った。
「が、我慢するの、きつい、ほんとにきつい、から、今日だけでいいから、お、おねが」
「駄目だ」
ぴしゃりと突き放され、視界が滲む。
「た、たのむから、」
冷たい目がただ見ている。
その温度のない視線がどんなに頼んでも駄目だと陽向に伝えているようで悲しい。
「……もし俺が、ちょっとだけ、今日だけって陽向を抱いたら、陽向は絶対に後悔する」
「しっ、しない、しないから」
下目蓋にかろうじて引っかかっていた涙がほろりと落ちる。
「発情期が終わったら、きっと俺に抱かれたことを後悔する。このあいだは近づくのも嫌がっていたじゃないか」
「だって、で、でも、」
「陽向」
東園が頬を撫でる。近づいた手から漂う香りにまた脳が溶ける。
「ふっ、はぁ、」
「可哀想だけど、駄目だ。陽向がこうやってちゃんと俺の顔を見て、話をしてくれるなんて、昔じゃ考えられないことだっただろ。今を捨てたくない」
「んっ、も、もうっ、か、からだがっ、た、すけて、」
隙を突いて陽向は東園に巻き付いて絶対離されないようにぎゅっと力を入れた。
この匂いに包まれ楽になれたらどんなにいいかと思う。
身体中全部東園で埋めて貰いたいのに、当の東園は陽向の頭上で大きなため息を落とした。
「前みたいに、陽向に嫌われたくないんだ。陽向はきっと、発情期が終わったら男に抱かれたくなかったと思うよ。そして俺を恨む。それだけは絶対に避けたい」
「は、そんなっ、そんなことない、ない、……ない、から」 「陽向が理性的なときにそうしていいと決めたならまだしも、今は駄目だ。病院へ行こう、俺と離れていた方が良さそうだから、連れてはいけないな。また救急車を呼ぶか」
「いやだっ、ん、いやだぁっ、ふ、」
力一杯抱きついていたのに簡単に身体を離され東園はベッドから立ち上がりスマホを取り出した。
ぼたぼたと零れた涙が布団にシミを作る。
こんなに苦しいのに、こんなに頼んでいるのに、なんて酷い人間なんだと思う。
最低、人間のくず、ばかばか、ぼろぼろ涙をこぼしながら思いつく言葉で頭の中で詰る。たくさん詰っているのに、ひとつも言葉にならない。
陽向の口からは鼻に掛かった喘ぎがこぼれるばかりだ。
「ん、は、ふう、んっ、」
「もうすぐ救急車が到着するから、しばらく横になってろ」
「うう、あ、あ、」
こんな人でなしとはもう口もききたくない。
陽向は布団の中へ帰った。
でもさっきまで天国だったそこは、陽向の欲求を満たしてはくれない。
苦しさが喉までせり上がってきて今すぐ吐いてしまいそうになる。でもどうしようもない。東園のシャツを顔に押し当て我慢するほか道がなかった。
しばらくして病院職員が到着したが、陽向は体内をずきんずきんと音を立てて暴れ回る性欲を堪えられず、前をいじり下着も汚れた状態で泣きじゃくっていた。
最悪な状態にもかかわらず、こんな状況になれているのか病院職員は顔色一つ変えず、「これは置いていきましょう」と陽向が握っていたシャツを取り上げる。
これがあるから、ギリギリのところで意識を保てていたのにそれまで取り上げられるのか、と陽向は何度も首を振って離さないと伝えた。
しかしなんの力も入っていない陽向からそれを取り上げるのは簡単で、すっと手元から引き抜かれた。
ぎゃっと叫んだあと、陽向の意識はぷつりと途切れてしまった。
20
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
変異型Ωは鉄壁の貞操
田中 乃那加
BL
変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。
男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。
もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。
奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。
だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。
ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。
それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。
当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。
抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?
忘れられない君の香
秋月真鳥
BL
バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。
両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。
母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。
アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。
最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。
政略結婚から始まるオメガバース。
受けがでかくてごついです!
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる