運命のつがいと初恋

鈴本ちか

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運命のつがいと初恋 第2章

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 退院当日、ようやく陽向はスマホを手に取った。
 このスマホも含め入院で必要な衣類など、今回も東園か、もしくは三浦か、が運んでくれたのだろうと思う。
 意識がおぼろげな時からちょこちょこ鳴っていたが、取る勇気が無かった。
 正直見たくない。怖い。
 興奮状態だったのですべてをしっかり覚えているわけではないけれど、東園を誘って断られたのはちゃんと覚えている。
 断った東園をケチだと思ったし、人でなしだと思った、その嫌な感情までしっかりと。
 ただ、東園は間違っていなかった。
 断ってくれて本当に良かった。
 友人兼雇用主を発情したとはいえ誘い、身体の関係を持つだなんて後悔せずにはいられない。しかも東園は運命の相手がいるのだ。
 ベッドも服も、多分汚した。合わせる顔など持ち合わせていない。
 ため息を零して陽向はスマホを確認した。
 やはり、入院した当日からメッセージが入っている。ほぼ東園だ。
 前回と同じで体調伺いと、迎えに行くから退院日を教えてとある。
 ……無理、何もかも全部無理。
 どうして東園はこう通常でいられるのだろうか?
 誘った陽向とは精神的負荷が違うだろうが、どうして迎えに行くから、なんて言えるんだろう。
 確か以前シッターの女性に誘われてそれが嫌で解雇したのではなかったか。
 陽向はてっきりくびを言い渡されるものだと思っていた。いっそ、そうなってくれた方がいいと思っていたのに。
 はあ、と大きめのため息がまたこぼれた。
 凛子の前からいきなり姿を消すというのは良くないことだと思う。そばにいる人間がころころ変わるのは気持ちが落ち着かないだろう。しかし近々凛子のシッターは辞退しなければならない。
 陽向は退院したあしで、一度実家に帰ろうと思っている。
 陽向の母は以前帰るたび陽向に見合い話を勧めてきた。まだ、見合いの伝手を持っているかもしれない。
 次の発情期、これからの発情期を考えるともう四の五の言っていられない。  
 陽向でもいいと言ってくれる人がいれば、だが結婚相手を見つけようと思う。陽向の容姿で、陽向の恋愛経験ゼロスキルで、恋人をいち早く見つけるのは難しいだろうから。
 しかし見合いでも、ひと月では見つかるなんて思っていない。
 一度実家に帰って話をして、こちらを引き払う。
 次の発情期までおそらくひと月しか猶予はない、そこに備えなければならない。
 今すぐ実家に帰るのは、気持ちを立て直す時間が欲しいからだ。
 いま、東園と顔を合わせる度胸はない。
 だけど時間が経てば東園と顔を合わせることだって出来るようになるはずだ。
 ちゃんと会って、辞めるなら辞めるで話をしなくちゃならない。
 とりあえず無視したまま帰省するわけにもいかないので、発情したときのことを謝り、家族にここ二回の体調不良について話さなければならないからこのまま帰省する、帰ったら今後のことを東園にも相談したいと書き送った。

 退院の手続きを済ませ病院を出た陽向はまずマンションへ向かった。
 東園か三浦が着替えを少し届けてくれていたが、帰省するにはもう少し着替えが必要だと思う。
 バスに乗っている間中、どうしてこんなことになってしまったのか、ぼんやり考える。
 小森は年齢、環境、体質変化、などいろいろな要因があると言っていたが、今までの自分を変えるほどのなにがあったというんだろうか。
 考えても仕方が無い事だとは分かっている。原因が分かったところで、抑制剤が効かなければ陽向は身動きが取れない。薬が効かない以上、パートナーを見つけるしかない。
 男と結婚するのか、と思う。
 結婚してくれる人なんてそもそもいるのかな。恋愛の一つくらい経験しておけば良かった。
 なんだか怖い。
 ふと外を見ようと窓に顔を向ける。窓は曇って、景色は見えない。
 2月に入っていよいよ寒さが深まっている。
 結局、豆まきは出来なかった。凛子は鬼になった東園を見て泣かなかっただろうか。
 ふと、自分は存外、東園宅での生活を楽しんでいたなと思った。
 マンション下に着いて始めて、自分は鍵を持っているのか分からない事に気がついた。
 あわあわと肩掛けのバッグを探すと鍵がちゃんと入っていた。
 鍵も入れてくれていたんだとありがたく思う。
 ここの鍵と、東園宅の鍵の二つがぶら下がったキーホルダーの端を引っ張り出し、エントランスのオートロック操作盤で自動ドアを開く。
 コートを取りに来て以来だったので郵便受けは満杯だ。慎重に郵便物を取り出し部屋に向かった。
 部屋は相変わらず狭く、狭いからなんだか落ち着く。
 靴を脱いでたった一部屋の我が家へ入り、小さなテーブルに郵便物を乗せる。
 郵便物は山のようだがぱっと見た感じ、特別異常はなさそうだ。
 寒いから開けたくないけど、空気の入れ換えをしなきゃならない。窓を開いて、忍び込む冷気に陽向はぶるりと身体を震わせた。
 嫌だなぁと思いつつ冷えた指先で郵便物を一つ一つ開いてゆく。そういえばここの解約も手続きしないといけない。
 郵便を片付け終わり、そろそろいいかなと窓を閉めた。
 スマホを取り出すとメッセージが10件以上入っていて軽く驚く。
 東園からいまどこにいるのか帰省は今日じゃないと駄目なのか、飛行機か、新幹線か、もう乗ったのか、クエスチョンマークの多いメッセージが立て続けに入っていて、最後に帰る前に一度会いたいと一文があった。
 東園は極めて普通に接してくる。
 東園に嫌悪感はなかったのだろうか、友達から迫られるなんて唖然としただろうに。
 返信しようか少し悩んで、どうしても出来ずにスマホをテーブルに置いた。
 まだ会話をする気分になれない、勘弁してほしいと思う。
 話したくないし、本当はメッセージを受けとるのも嫌だ。
 もちろん会うなんて無理だ、恥ずかしさに卒倒してしまう。
 それに、東園の匂いはいけない。中毒性があるんだと思う。
 あれのせいで、陽向はおかしくなったと今は確信している。
 甘い。だけど長く近くにいると、その奥に生き物の生々しさが見え隠れする、甘いだけじゃない香り。
 もう出来たら近づきたくない。
 昔感じた恐ろしい感じはこれを知らず知らずに感じ取っていたのかもしれない。
 とにかく飛行機の時間を調べようと再びスマホをに手を伸ばしたとき、ピンポンとチャイムが鳴った。
 来客? ここに?
 今まで誰か来たことあったかな、と思いながらインターホンで応答すると「管理組合の者です、更新の件で案内を持って参りました」 と管理人がいつも着ている管理会社のジャンパーを着た黒縁眼鏡の男性がモニターに写っていた。
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