運命のつがいと初恋

鈴本ちか

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運命のつがいと初恋 第2章

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「陽向、今日のことは陽向がΩだから起きたわけじゃない。襲った男がただ身勝手な思いを陽向にぶつけただけだ。陽向はなにも悪くないし、Ω性に落ち度なんて全くない。すべてあの男が悪い。勘違いするなよ」

 両手で陽向の顔を包み上向かせた東園は陽向と目を合わせ親指で陽向の頬を撫でた。  
 一つ一つの言葉を丁寧に、優しく、東園は陽向に囁き、その声は陽向の刺々しくなった気持ちを少し丸くした。
 分かったか、と聞かれ小さく頷く。

「陽向、一つ聞きたいことがあったんだが、体調でなにか問題があったのか? 実家に帰る理由を知りたい」
「え? ああ、いや、……別に」
「別にって事無いだろう、戻ったら相談するって書いていたじゃないか」

 実家に帰って今後の事を相談し、ある程度方向が決まってから東園に話す予定だった。
 それを今聞かれ、答えの用意がない陽向は視線をさ迷わせる。
 実家に帰れば陽向の幼少からのかかりつけ医もいるので、見合いじゃない対応も考えてくれるかもしれないとほんの少しだが期待している部分もある。
 しかしここで出来ないことを地方で出来る訳ないと思う自分もまたいるのだけれど。
 じっと真顔で覗きこまれ陽向は渋々話し始めた。

「もしかしたら、ううん、多分、次も抑制剤が効かないかしれないって、先生に言われたんだ。この前入院したときも、もし薬が効かない場合はパートナーを見つけた方がいいかもって聞いてて。うち、母親が前、いっぱいαの人との見合い話を持ってきていたから、もしかしたらその伝手がまだあるかもと思って。一回帰省して家族に相談するつもりなんだ。ま、かかりつけの先生にも見て貰って薬の相談してからだけど」
「陽向、それ、αとつがうって事だよな。前に付き合うのも結婚もしないって言ってたのに」
「つ、つがうっていうか、発情期、本当にきつくて、その、……自分もおかしくなっちゃうし、もう、あれは無理、耐えられない。薬が効かないならしょうが無いし、αの人に何人か会えばもしかしたら、その、僕でもいいって人がいるかもって、」
「αなら誰でもいいのか? さっきの奴だってαだっただろ、αだったらあれでもいいってことか?」

 東園が肩をすくめる。もちろん誰でも言い訳じゃないけれど、αも総数が少ない性だ、えり好みは出来ないと分かっている。
 答えに窮した陽向はそうじゃないけど、といいつつ東園から顔をそらす。

 どうしたらいいのか自分でもよく分からない。
 ただ、抑制剤なしで次の発情期を迎えるのはいま一番恐ろしいことだと感じている、それだけだ。

「それなら俺でもいいよな。そもそも陽向って、俺に発情したんだろう?」
「……え」

 思わず目の前の顔を凝視する。
 俺でもいいとは?
 なにを言っているかちょっと分からない。  
 いや、言葉は理解できるけれど、東園の口から出てきたことに驚きを通り越して呆然としてしまう。だって東園は陽向が誘ったとき、断ったのだから。
 クエスチョンマークしか浮かばないが、やっぱり他人、いや東園は誘われた本人だが、から見ても陽向は東園に発情したんだと理解されていたのが相当に気まずい、気まずすぎる。
 え、だからその提案なの、と思う。
 陽向が東園に発情したから? 
 しょうがないから相手してやる、的な?

「い、いや、遠慮するよ、大丈夫」
「は?」

 ぐっと東園の顔に皺が寄る。

「だ、だって、イヤだったんでしょ? こないだは、その、断ったじゃない。大丈夫だよ、すぐじゃないけど探せば見つかるかもだし」
「嫌なわけ無いだろ。ただあの流れでやったら陽向があとで本当はやりたくなかったとか言いそうだなって思っただけで」
「そっ、……それは、」

 確かにやらなくて良かったと思いました、とは言えずしどろもどろになる。
 でも、本当のところは東園と発情期を一緒に過ごしていないから分からない。
 あのときの自分はどうしても東園と一緒にいたかった。あのまま一緒にいて、この匂いに包まれていたなら、本当に後悔が生まれたのだろうか。

「あのときも言っただろ、陽向が冷静なときに俺でいいって言うなら、こちらは大歓迎だけど」
「そう、か」
「会って数日のαと発情期を過ごすなんて恐ろしくないのか? 俺ならまだ知ってる分安心だろ。しかも俺に発情したんだし」

 あんまり発情した発情したと言わないで欲しい。じわじわと顔が熱くなってくる。
 確かに、東園の匂いは魅力的だし、実家に帰ったからといってすぐ誰かが見つかる筈がない。
 それに、苦しさから逃げることばかり考えていたので誰かと肌を合わせる想像をしてもなかった。陽向の知る中で一番他人が近づいたのはさっきのαだが、なんの参考にもならず、結局、陽向の想像では追い付かない。 
 恐ろしくないのかと聞かれて初めて怖いことかもしれないと思い至ったくらいだ。
 次の発情期、また苦しむくらいなら東園もそう言ってくれているしいいのかも、陽向の中で誰かが囁く。
 しかし一方で東園を陽向の都合に巻き込んで良い訳がないとも思う。
 いろんな事実と予測と事情が頭の中でぐるぐる回って収拾がつかない。
 おずおずと見上げた東園は小首を傾げ微笑みを浮かべて陽向の返事を待っている。
 そういえば、東園は運命のつがいがいて、片思いしていると言っていた。好きな相手がいるのに陽向にそんな提案をする東園の心理を考える。
 陽向の聞いた感触では上手くはいってなさそうだ。普段の生活を見る限り、会っている様子も無いように思う。
 まさか、欲求不満? それともΩ相手の練習とかかな。
 東園なら相手をして欲しい人がたくさんいそうだけど、東園にも利があるならいいのだろうか。
 陽向はどうしたらいいのか結論を出せないままで、部屋は壁掛け時計の秒針がたてる音だけ小さく響く。
 黙りこむ陽向を東園は急かすことなくずっと待っていた。大人になって知った東園は優しい人間で、だから他人の面倒な事情に手を差し伸べられるのかなと思う。
 目を上げると東園はただじっと陽向を見ていた。東園は確実に、陽向の救世主になれる。胸の天秤が揺れた気がした。
 迷惑を掛けてごめんなさいと胸の中で謝りながら陽向は「よろしくお願いします」と囁いて俯いた。

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