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運命のつがいと初恋 第5章
⑥
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連絡を返していなかったのだ、せめて早く着かないと。陽向は根の生えそうになっていた尻を椅子から引き剥がしてよろよろと歩き始めた。
病院の広い駐車場を抜け、歩道に繋がる小道を行く。
しばらく歩いて敷地から出ると、歩道の約50メートル程先にバス停が見えた。
一人、おばあさんがバス待ちをしている。
陽向は心持ちゆっくり歩き、ゆっくり歩きすぎて自分を追い越した目的のバスに間に合うよう走る羽目になった。
平日だからか乗客は少なく、陽向は一人がけの空いた椅子に座ってお腹に手を当ててみた。走ったからといって痛くなるわけではなさそうだ。
しばらく車窓の向こうをぼんやり見ていた陽向はふと三浦に遅くなると連絡しなければと思い出した。
陽向はバックからスマホを取り出し、三浦に友達と会うので遅くなる、と連絡してまたバックに戻した。
小銭を確認している間に降車するバス停に着いてしまい、あわあわしながらバスを降りた。
乗ってきたバスのエンジン音を聞きながら、焦って胸がドキドキしたままの陽向はふっと息をついた。こういうドキドキも赤ちゃんに悪影響なのでは、と思いながら深呼吸を繰り返す。落ち着いたところで今度は駅の改札を目指し歩き出した。
今まで全く気にならなかった自分の行動がいちいち子どもにとって大丈夫なのか気になってしまう。
小森の話をしっかり聞いていれば良かったと後悔する。
あの時、驚きでなにも耳に入ってこなかった。小森はなにか説明していたので妊婦へのアナウンスはちゃんとしてくれていたのだろう。
頭は色々なことでごちゃごちゃしているが、気持ちはお腹にいる赤ちゃんを大事にしなければと強く思っている。
もしかしたら、もしかしたら産んで育てるかもしれない、そうじゃないかもしれないけど。
プラットホームへ降り立った陽向はうろつきながら目的地へ向かう路線を確認する。
バスが混み合っていなかったから油断していたが、電車は違うようであっという間に待ちの列が長くなる。
Ωの陽向は満員電車がちょっと怖いが今回はそこまで怖がる必要はなさそうだ。近くの高校が放課したようで同じ学生服の生徒達が大半を占めていた。所々で花咲くおしゃべりに、自分たちもちょっと前までそうだったなとのんびり思う。
陽向は中学、高校と康平とほぼ一緒に登下校していた。
当時はテストが嫌、この教科の先生が嫌、先輩がくそ、とかそんな話も多かったけれど、今思えば楽しいだけだったなと思う。
楽しげな声に囲まれたまま陽向は到着した電車へ乗り込んだ。
大通り沿いにあるカフェまでは駅から多少歩くが単純な道のりで、スマホの地図アプリがちょっと苦手な陽向でも悩まず進めた。
夕暮れ時、歩行者も多い。東園家や陽向の以前の職場とも離れたこの地域は陽向もほとんど訪れたことがなくついキョロキョロしてしまう。
陽向の歩く先に短いが店外に行列が出来ている。
スマホで見るとどうやらパン屋さんらしい。美味しいのかな、夕方にも列が出来るんだなと思いながら横を通り過ぎる。帰りもし開いていたら寄ってみようかな、と思いながら陽向はゆっくりまた前を見る。
隣には不動産の事務所、その隣は古めかしいレンガ造りの喫茶店。
覗きながら歩いているともう康平が宿泊しているホテル横まで到着していた。
大通りの信号は長く、そろそろ着くと連絡してしてもまだ待ち時間があった。
大通りの向こう、真向かいのビルの下、ガラス張りの店が待ち合わせのカフェだろうと思う。
遠目からでも可愛らしい観葉植物が店外にたくさん配置されていて女性が好みそうな外観だ。
康平が浮いていないといいけど、と思いながら信号が変わって皆が歩き出したので陽向もつられて歩き始めた。
窓側ではなく壁側の席に康平はいた。
久しぶりに見た康平は前に会った時よりさっぱりした印象だった。単純に髪が短くなっていただけだが。
スーツ姿もそう見ることがないので新鮮だ。康平は陽向に気がつくとこっちと手を上げにっと笑った。
店内の半分は客で埋まっていたが陽向が見える範囲、すべて女性客だった。
顔つきが男らしいタイプの康平はやっぱりちょっと浮いているかなと思う。しかもネクタイを緩めているので余計だ。
「ごめん、連絡しなくて」
「いいって。しかし久しぶりだな。陽向、いつも正月は実家だろ」
席に着いた陽向のもとに、ボーダーのTシャツの上からベージュのエプロンをかけた店員がメニューを差し出した。
いつもならコーヒーかカフェオレだけど、今日は柚スカッシュにしよう。歩いて喉が渇いた。
「ホント、久しぶり。正月帰れなかったから夏前には一度帰ろうかと思ってる。みんな元気?」
康平が近況報告を始め、陽向は届いた柚スカッシュを飲みながらそれを聞く。相変わらず康平は良く喋る。
康平の話す内容の大半は子どもの話だ、どんなことが出来るようになったか、どんな言葉を発して驚かされたのか。困ったもの言いでも家族がどれだけ幸せなのか、よく分かる。
笑いながら話をする康平に相づちを打ちながら、向こうからはテーブルに隠れ見えないであろう自分の腹をそっと撫でる。
「で、陽向の新しい職場ってそんなに忙しいの?」
「え」
瞬きをして陽向は手元のグラスに目を落としすぐ目を上げた。
「陽向、なんか匂いが変わったよな。だから帰れなかった?」
目を楽しげに輝かせ康平が首を傾げた。匂いが変わった、そんなこと隣に座ってる訳でもないのに分かるのかと不思議に思う。αの特殊能力なのかも。
「え、と、臭い?」
「いや、臭くはない」
ぷっと吹き出した康平は「前はなんの匂いもしなかったから」と付け足した。
「すごい、分かるんだ。……自分じゃ匂い、は分からないけど。ただ正月は初めて発情期がちゃんと来て入院してた。でも、誰にも言わないでいてくれると助かる、まだ家族に言ってないから」
「入院って。酷いなら帰ってきたほうがいいんじゃないか? 一人じゃ大変だろう」
眉根を寄せた康平に陽向はそうかも、と思う。
実家で、出産。でも陽向は結婚していないΩだ、家族に迷惑が掛かるかもしれない。
陽向は小さく首を振った。
「それが今、ええと、東園って覚えてる? その姪御ちゃんのシッターをしてたんだけど」
「へえ、……ん? 東園って、中学のあの、あいつか」
身を乗り出す康平に大きく頷く。
病院の広い駐車場を抜け、歩道に繋がる小道を行く。
しばらく歩いて敷地から出ると、歩道の約50メートル程先にバス停が見えた。
一人、おばあさんがバス待ちをしている。
陽向は心持ちゆっくり歩き、ゆっくり歩きすぎて自分を追い越した目的のバスに間に合うよう走る羽目になった。
平日だからか乗客は少なく、陽向は一人がけの空いた椅子に座ってお腹に手を当ててみた。走ったからといって痛くなるわけではなさそうだ。
しばらく車窓の向こうをぼんやり見ていた陽向はふと三浦に遅くなると連絡しなければと思い出した。
陽向はバックからスマホを取り出し、三浦に友達と会うので遅くなる、と連絡してまたバックに戻した。
小銭を確認している間に降車するバス停に着いてしまい、あわあわしながらバスを降りた。
乗ってきたバスのエンジン音を聞きながら、焦って胸がドキドキしたままの陽向はふっと息をついた。こういうドキドキも赤ちゃんに悪影響なのでは、と思いながら深呼吸を繰り返す。落ち着いたところで今度は駅の改札を目指し歩き出した。
今まで全く気にならなかった自分の行動がいちいち子どもにとって大丈夫なのか気になってしまう。
小森の話をしっかり聞いていれば良かったと後悔する。
あの時、驚きでなにも耳に入ってこなかった。小森はなにか説明していたので妊婦へのアナウンスはちゃんとしてくれていたのだろう。
頭は色々なことでごちゃごちゃしているが、気持ちはお腹にいる赤ちゃんを大事にしなければと強く思っている。
もしかしたら、もしかしたら産んで育てるかもしれない、そうじゃないかもしれないけど。
プラットホームへ降り立った陽向はうろつきながら目的地へ向かう路線を確認する。
バスが混み合っていなかったから油断していたが、電車は違うようであっという間に待ちの列が長くなる。
Ωの陽向は満員電車がちょっと怖いが今回はそこまで怖がる必要はなさそうだ。近くの高校が放課したようで同じ学生服の生徒達が大半を占めていた。所々で花咲くおしゃべりに、自分たちもちょっと前までそうだったなとのんびり思う。
陽向は中学、高校と康平とほぼ一緒に登下校していた。
当時はテストが嫌、この教科の先生が嫌、先輩がくそ、とかそんな話も多かったけれど、今思えば楽しいだけだったなと思う。
楽しげな声に囲まれたまま陽向は到着した電車へ乗り込んだ。
大通り沿いにあるカフェまでは駅から多少歩くが単純な道のりで、スマホの地図アプリがちょっと苦手な陽向でも悩まず進めた。
夕暮れ時、歩行者も多い。東園家や陽向の以前の職場とも離れたこの地域は陽向もほとんど訪れたことがなくついキョロキョロしてしまう。
陽向の歩く先に短いが店外に行列が出来ている。
スマホで見るとどうやらパン屋さんらしい。美味しいのかな、夕方にも列が出来るんだなと思いながら横を通り過ぎる。帰りもし開いていたら寄ってみようかな、と思いながら陽向はゆっくりまた前を見る。
隣には不動産の事務所、その隣は古めかしいレンガ造りの喫茶店。
覗きながら歩いているともう康平が宿泊しているホテル横まで到着していた。
大通りの信号は長く、そろそろ着くと連絡してしてもまだ待ち時間があった。
大通りの向こう、真向かいのビルの下、ガラス張りの店が待ち合わせのカフェだろうと思う。
遠目からでも可愛らしい観葉植物が店外にたくさん配置されていて女性が好みそうな外観だ。
康平が浮いていないといいけど、と思いながら信号が変わって皆が歩き出したので陽向もつられて歩き始めた。
窓側ではなく壁側の席に康平はいた。
久しぶりに見た康平は前に会った時よりさっぱりした印象だった。単純に髪が短くなっていただけだが。
スーツ姿もそう見ることがないので新鮮だ。康平は陽向に気がつくとこっちと手を上げにっと笑った。
店内の半分は客で埋まっていたが陽向が見える範囲、すべて女性客だった。
顔つきが男らしいタイプの康平はやっぱりちょっと浮いているかなと思う。しかもネクタイを緩めているので余計だ。
「ごめん、連絡しなくて」
「いいって。しかし久しぶりだな。陽向、いつも正月は実家だろ」
席に着いた陽向のもとに、ボーダーのTシャツの上からベージュのエプロンをかけた店員がメニューを差し出した。
いつもならコーヒーかカフェオレだけど、今日は柚スカッシュにしよう。歩いて喉が渇いた。
「ホント、久しぶり。正月帰れなかったから夏前には一度帰ろうかと思ってる。みんな元気?」
康平が近況報告を始め、陽向は届いた柚スカッシュを飲みながらそれを聞く。相変わらず康平は良く喋る。
康平の話す内容の大半は子どもの話だ、どんなことが出来るようになったか、どんな言葉を発して驚かされたのか。困ったもの言いでも家族がどれだけ幸せなのか、よく分かる。
笑いながら話をする康平に相づちを打ちながら、向こうからはテーブルに隠れ見えないであろう自分の腹をそっと撫でる。
「で、陽向の新しい職場ってそんなに忙しいの?」
「え」
瞬きをして陽向は手元のグラスに目を落としすぐ目を上げた。
「陽向、なんか匂いが変わったよな。だから帰れなかった?」
目を楽しげに輝かせ康平が首を傾げた。匂いが変わった、そんなこと隣に座ってる訳でもないのに分かるのかと不思議に思う。αの特殊能力なのかも。
「え、と、臭い?」
「いや、臭くはない」
ぷっと吹き出した康平は「前はなんの匂いもしなかったから」と付け足した。
「すごい、分かるんだ。……自分じゃ匂い、は分からないけど。ただ正月は初めて発情期がちゃんと来て入院してた。でも、誰にも言わないでいてくれると助かる、まだ家族に言ってないから」
「入院って。酷いなら帰ってきたほうがいいんじゃないか? 一人じゃ大変だろう」
眉根を寄せた康平に陽向はそうかも、と思う。
実家で、出産。でも陽向は結婚していないΩだ、家族に迷惑が掛かるかもしれない。
陽向は小さく首を振った。
「それが今、ええと、東園って覚えてる? その姪御ちゃんのシッターをしてたんだけど」
「へえ、……ん? 東園って、中学のあの、あいつか」
身を乗り出す康平に大きく頷く。
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