婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第一部「ブレナード反逆編」

第2話:変人侯爵との契約交渉

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アレクシス・ヴァン=グランデ侯爵閣下は、私の目の前で堂々と宣言した。

 「契約でもいい。君を僕の妻に迎えたい」

 応接室の空気が、一瞬で凍りついたように感じた。

 ここは私の実家、アルセリナ伯爵家の迎賓室である。
 応対に同席している兄のロイは、軽く咳払いをしながら私の肩をつついた。
 ……助けてくれるわけではないらしい。

 「閣下。昨日、私は婚約を破棄されたばかりでして……さすがに、その直後に“妻になれ”と言われても、返答に困ってしまいますわ」

 そうやんわりと返してみたが、彼は微動だにせず、むしろ真顔で頷いた。

 「承知している。だが、君が無所属になったこの瞬間を、僕は見逃したくなかった。チャンスは逃さない主義だ」

 ――なるほど、合理的な変人だ。

 しかし問題は、“なぜ私なのか”という点だ。私自身が悪役令嬢として名を馳せた存在であり、社交界での評価はお世辞にも高くはない。

 「……閣下は、なぜ私に?」

 「君の瞳を見た瞬間に、心臓が跳ねた。それが理由では足りないか?」

 その言葉には一切の飾りも、芝居もなかった。むしろ真剣すぎて怖い。

 私は扇子を開いて、ひとつ深呼吸をした。

 「では、もし私が“契約結婚”をお受けするとして、いくつか条件がございます」

 「言ってくれ」

 「まず、“愛してる”とか、“運命の相手”とか、そういった類の甘い言葉は、契約期間中は禁句でお願いします」

 「……ああ、では“必要な存在”と呼ぼう」

 「そこは“パートナー”くらいに抑えてください」

 「善処する」

 「次に、婚姻関係を結んでも、一定の距離感を保ちましょう。例えば寝室は別、手紙や連絡も必要最低限で」

 「僕は毎朝“おはよう”と言いたいのだが、それも制限されるか?」

 「その“おはよう”が義務的なものであるなら許可します。感情的なものはNGです」

 「……難解だな。だが、理解した」

 彼は静かに目を細め、まるで契約書を読み込むような目で私を見つめてきた。
 なんなの、この“誠実な変人”感は。

 「最後に、契約は“一年更新”でお願いします。一年後、お互いに異議がなければ継続。その間、私の生活には干渉しないこと。こちらもそちらの自由を尊重します」

 「わかった。……では、契約書を明日までに作成しよう」

 「早いですね」

 「僕の屋敷には法務担当が常駐している。必要な書式は既に整っている」

 ……あらかじめ準備してたのかしら? やはり変人。

* * *

 交渉が終わると、彼は静かに立ち上がった。

 「ではレイナ嬢。明日の午後に再訪する。契約書を持参して」

 「ええ、お待ちしております」

 そうして彼が去った後、兄がぽつりと漏らした。

 「……あれで、けっこう君に惚れてるぞ。顔に出てないだけで」

 「……どのあたりが?」

 「『心臓が跳ねた』とか言ってただろう? あの人がそう言ったの、私が知る限り初めてだ」

 なんだか不穏な情報を聞いた気がする。

 だがそれでも、私は思っていた。
 ――この結婚は“契約”。感情のない、冷静な関係。

 それなら、もう二度と“愛されて、裏切られる”ことなんてない。

 そう、思っていたのだ。
 このときまでは。
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