9 / 70
第一部「ブレナード反逆編」
第9話:告げられた過去と、忍び寄る手
しおりを挟む
その手紙を読んでから、私はずっと胸の奥がざわついていた。
“前当主夫妻の死は、事故ではない”
“レイナ・アルセリナもまた、その渦に飲まれる”
あまりにも不気味で、そして明確に“私”を狙ったその文章は、ただの悪戯とは思えなかった。
私はそれを懐に忍ばせたまま、午前の応接間に向かった。
そこには、すでにアレクシスがいた。
薄茶のシャツに身を包んだその姿は、普段よりも幾分柔らかく見える。
「おはよう、レイナ」
「……アレクシス様。少し、お時間をいただけますか」
「構わない。何か、あったのか?」
私は頷き、持っていた手紙を取り出す。
彼の前に差し出すと、アレクシスは封も切らずに、それを一瞥しただけで言った。
「――君は、もう読んだのか?」
「ええ。中には、あなたのご両親の“死”に関する記述がありました。事故ではなく、殺害だったかもしれない、と」
その瞬間、彼の瞳が僅かに揺れた。
静かに、しかし確実に。
「君を……怯えさせてしまったな」
「いいえ。問題はそこではありません。なぜ、私が“標的にされている”のか。……それが気になります」
アレクシスは、しばらく視線を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。
「父と母が亡くなったとき、確かに不審な点は多くあった。だが、あの時僕は、事件として追求する力も、覚悟も持っていなかった」
「……では、封じたのですね」
「そうだ」
彼の声には、自責の色が滲んでいた。
「だが、誰かがそれを許さなかった。誰かが、今でも真相を求めている。そして、君がその中心に近づいていることに気づいた」
私はゆっくりと頷く。
「ええ、私もそう思います。そして……これからも巻き込まれる覚悟があります」
「レイナ、それは――」
「私を“守ろう”とするのはやめてください」
私は彼の言葉を遮るように、しっかりと見つめ返した。
「契約でも、本心でも、私はもうあなたの“妻”です。……なら、対等でありたい。守られるだけの存在ではいたくないんです」
アレクシスの表情が、わずかに綻ぶ。
「……強いな、君は」
「あなたが弱いだけですわ。……私の前でだけ、そうであってもいいのですけれど」
その一言に、彼は吹き出しそうになりながらも、静かに笑った。
「……本当に、君に出会えてよかった」
その言葉は、昨日と同じ。けれど、少しだけ“重さ”が違っていた。
* * *
その日の午後。
私は使用人の動きを確認するため、離れの倉庫棟へと足を運んでいた。
「レイナ様、どうぞお気をつけて。西側は石畳が不安定になっております」
案内をしていた侍女の言葉に頷きながら、私はふと、背後に気配を感じて足を止めた。
──誰かが、見ている。
廊下の奥、物陰。
誰かがこちらを覗いていたような気がして、私はすぐに踵を返した。
「……どなた?」
声をかけても返事はない。足音も、気配も、まるで最初から“誰もいなかった”かのように消えていた。
だが、私は確かに感じた。
あれは、“敵意”だった。
侯爵夫人となったことで得た立場と名誉。
その裏に、何か別の“利害”を持っている者がいる。
私がグランデ侯爵家に来たことで、何かの“均衡”が崩れ始めている。
私はゆっくりと指先を握る。
「……なら、立ち向ちましょう。私自身の意志で」
* * *
その夜、アレクシスの部屋。
「……また、何かあったな?」
静かに問う彼に、私は頷く。
「午後、誰かに見られていた気がします。使用人でも、住人でもない、外部の者かと」
「……影を動かす者が、すでに屋敷の中にいると?」
アレクシスの顔が、初めて“怒り”の色を帯びた。
「レイナ。今後は必ず、護衛を二人以上つけて行動してくれ。これは命令だ」
「了解しました。でも、お願いがあります」
「……なんだ?」
私は一歩、彼に近づき、まっすぐに見つめる。
「私が巻き込まれることを恐れて、また“真実”から目を逸らさないでください」
「…………」
「あなたが目を逸らした過去が、私たちを狙っているのなら。今度こそ、二人で――向き合うべきですわ」
アレクシスは、長い沈黙のあとで、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。今度は、逃げない。君と共に、すべての“嘘”を暴く」
その言葉を聞いて、私は初めて心から深く息を吐いた。
嵐は、もうすぐそこまで来ている。
けれど私たちは、もはや“ただの契約夫婦”ではなかった。
“前当主夫妻の死は、事故ではない”
“レイナ・アルセリナもまた、その渦に飲まれる”
あまりにも不気味で、そして明確に“私”を狙ったその文章は、ただの悪戯とは思えなかった。
私はそれを懐に忍ばせたまま、午前の応接間に向かった。
そこには、すでにアレクシスがいた。
薄茶のシャツに身を包んだその姿は、普段よりも幾分柔らかく見える。
「おはよう、レイナ」
「……アレクシス様。少し、お時間をいただけますか」
「構わない。何か、あったのか?」
私は頷き、持っていた手紙を取り出す。
彼の前に差し出すと、アレクシスは封も切らずに、それを一瞥しただけで言った。
「――君は、もう読んだのか?」
「ええ。中には、あなたのご両親の“死”に関する記述がありました。事故ではなく、殺害だったかもしれない、と」
その瞬間、彼の瞳が僅かに揺れた。
静かに、しかし確実に。
「君を……怯えさせてしまったな」
「いいえ。問題はそこではありません。なぜ、私が“標的にされている”のか。……それが気になります」
アレクシスは、しばらく視線を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。
「父と母が亡くなったとき、確かに不審な点は多くあった。だが、あの時僕は、事件として追求する力も、覚悟も持っていなかった」
「……では、封じたのですね」
「そうだ」
彼の声には、自責の色が滲んでいた。
「だが、誰かがそれを許さなかった。誰かが、今でも真相を求めている。そして、君がその中心に近づいていることに気づいた」
私はゆっくりと頷く。
「ええ、私もそう思います。そして……これからも巻き込まれる覚悟があります」
「レイナ、それは――」
「私を“守ろう”とするのはやめてください」
私は彼の言葉を遮るように、しっかりと見つめ返した。
「契約でも、本心でも、私はもうあなたの“妻”です。……なら、対等でありたい。守られるだけの存在ではいたくないんです」
アレクシスの表情が、わずかに綻ぶ。
「……強いな、君は」
「あなたが弱いだけですわ。……私の前でだけ、そうであってもいいのですけれど」
その一言に、彼は吹き出しそうになりながらも、静かに笑った。
「……本当に、君に出会えてよかった」
その言葉は、昨日と同じ。けれど、少しだけ“重さ”が違っていた。
* * *
その日の午後。
私は使用人の動きを確認するため、離れの倉庫棟へと足を運んでいた。
「レイナ様、どうぞお気をつけて。西側は石畳が不安定になっております」
案内をしていた侍女の言葉に頷きながら、私はふと、背後に気配を感じて足を止めた。
──誰かが、見ている。
廊下の奥、物陰。
誰かがこちらを覗いていたような気がして、私はすぐに踵を返した。
「……どなた?」
声をかけても返事はない。足音も、気配も、まるで最初から“誰もいなかった”かのように消えていた。
だが、私は確かに感じた。
あれは、“敵意”だった。
侯爵夫人となったことで得た立場と名誉。
その裏に、何か別の“利害”を持っている者がいる。
私がグランデ侯爵家に来たことで、何かの“均衡”が崩れ始めている。
私はゆっくりと指先を握る。
「……なら、立ち向ちましょう。私自身の意志で」
* * *
その夜、アレクシスの部屋。
「……また、何かあったな?」
静かに問う彼に、私は頷く。
「午後、誰かに見られていた気がします。使用人でも、住人でもない、外部の者かと」
「……影を動かす者が、すでに屋敷の中にいると?」
アレクシスの顔が、初めて“怒り”の色を帯びた。
「レイナ。今後は必ず、護衛を二人以上つけて行動してくれ。これは命令だ」
「了解しました。でも、お願いがあります」
「……なんだ?」
私は一歩、彼に近づき、まっすぐに見つめる。
「私が巻き込まれることを恐れて、また“真実”から目を逸らさないでください」
「…………」
「あなたが目を逸らした過去が、私たちを狙っているのなら。今度こそ、二人で――向き合うべきですわ」
アレクシスは、長い沈黙のあとで、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。今度は、逃げない。君と共に、すべての“嘘”を暴く」
その言葉を聞いて、私は初めて心から深く息を吐いた。
嵐は、もうすぐそこまで来ている。
けれど私たちは、もはや“ただの契約夫婦”ではなかった。
20
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる