婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第一部「ブレナード反逆編」

第9話:告げられた過去と、忍び寄る手

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その手紙を読んでから、私はずっと胸の奥がざわついていた。

 “前当主夫妻の死は、事故ではない”
 “レイナ・アルセリナもまた、その渦に飲まれる”

 あまりにも不気味で、そして明確に“私”を狙ったその文章は、ただの悪戯とは思えなかった。
 私はそれを懐に忍ばせたまま、午前の応接間に向かった。

 そこには、すでにアレクシスがいた。
 薄茶のシャツに身を包んだその姿は、普段よりも幾分柔らかく見える。

 「おはよう、レイナ」

 「……アレクシス様。少し、お時間をいただけますか」

 「構わない。何か、あったのか?」

 私は頷き、持っていた手紙を取り出す。
 彼の前に差し出すと、アレクシスは封も切らずに、それを一瞥しただけで言った。

 「――君は、もう読んだのか?」

 「ええ。中には、あなたのご両親の“死”に関する記述がありました。事故ではなく、殺害だったかもしれない、と」

 その瞬間、彼の瞳が僅かに揺れた。

 静かに、しかし確実に。

 「君を……怯えさせてしまったな」

 「いいえ。問題はそこではありません。なぜ、私が“標的にされている”のか。……それが気になります」

 アレクシスは、しばらく視線を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。

 「父と母が亡くなったとき、確かに不審な点は多くあった。だが、あの時僕は、事件として追求する力も、覚悟も持っていなかった」

 「……では、封じたのですね」

 「そうだ」

 彼の声には、自責の色が滲んでいた。

 「だが、誰かがそれを許さなかった。誰かが、今でも真相を求めている。そして、君がその中心に近づいていることに気づいた」

 私はゆっくりと頷く。

 「ええ、私もそう思います。そして……これからも巻き込まれる覚悟があります」

 「レイナ、それは――」

 「私を“守ろう”とするのはやめてください」

 私は彼の言葉を遮るように、しっかりと見つめ返した。

 「契約でも、本心でも、私はもうあなたの“妻”です。……なら、対等でありたい。守られるだけの存在ではいたくないんです」

 アレクシスの表情が、わずかに綻ぶ。

 「……強いな、君は」

 「あなたが弱いだけですわ。……私の前でだけ、そうであってもいいのですけれど」

 その一言に、彼は吹き出しそうになりながらも、静かに笑った。

 「……本当に、君に出会えてよかった」

 その言葉は、昨日と同じ。けれど、少しだけ“重さ”が違っていた。

* * *

 その日の午後。
 私は使用人の動きを確認するため、離れの倉庫棟へと足を運んでいた。

 「レイナ様、どうぞお気をつけて。西側は石畳が不安定になっております」

 案内をしていた侍女の言葉に頷きながら、私はふと、背後に気配を感じて足を止めた。

 ──誰かが、見ている。

 廊下の奥、物陰。
 誰かがこちらを覗いていたような気がして、私はすぐに踵を返した。

 「……どなた?」

 声をかけても返事はない。足音も、気配も、まるで最初から“誰もいなかった”かのように消えていた。

 だが、私は確かに感じた。
 あれは、“敵意”だった。

 侯爵夫人となったことで得た立場と名誉。
 その裏に、何か別の“利害”を持っている者がいる。
 私がグランデ侯爵家に来たことで、何かの“均衡”が崩れ始めている。

 私はゆっくりと指先を握る。

 「……なら、立ち向ちましょう。私自身の意志で」

* * *

 その夜、アレクシスの部屋。

 「……また、何かあったな?」

 静かに問う彼に、私は頷く。

 「午後、誰かに見られていた気がします。使用人でも、住人でもない、外部の者かと」

 「……影を動かす者が、すでに屋敷の中にいると?」

 アレクシスの顔が、初めて“怒り”の色を帯びた。

 「レイナ。今後は必ず、護衛を二人以上つけて行動してくれ。これは命令だ」

 「了解しました。でも、お願いがあります」

 「……なんだ?」

 私は一歩、彼に近づき、まっすぐに見つめる。

 「私が巻き込まれることを恐れて、また“真実”から目を逸らさないでください」

 「…………」

 「あなたが目を逸らした過去が、私たちを狙っているのなら。今度こそ、二人で――向き合うべきですわ」

 アレクシスは、長い沈黙のあとで、ゆっくりと頷いた。

 「……ああ。今度は、逃げない。君と共に、すべての“嘘”を暴く」

 その言葉を聞いて、私は初めて心から深く息を吐いた。

 嵐は、もうすぐそこまで来ている。
 けれど私たちは、もはや“ただの契約夫婦”ではなかった。
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