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第一部「ブレナード反逆編」
第10話:崩された均衡と、迫る影
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その朝、グランデ侯爵邸の空気は、いつになく張り詰めていた。
前夜、私が“誰かに見られていた”と報告して以降、アレクシスは屋敷の警備を強化し、裏口の門には私兵を増員。使用人たちの動線までも見直すという徹底ぶりだった。
けれど。
それでも、“その者”は、私の間近にまで迫っていた。
* * *
「レイナ様、よろしければお庭の花をご覧になりませんか? 本日一番の見頃でございます」
そう誘ってきたのは、最近新たに雇われた若い庭師だった。
柔和な笑みと、丁寧な口調。だがどこか、目の奥の温度が妙に“薄い”。
私は表情を崩さず、軽く頷いた。
「ありがとう。でも、今日の午前は読書の予定なの」
「……左様ですか。残念です」
彼はぴたりと笑みを止め、静かに頭を下げて去っていった。
その背中を見送ったあと、私は背筋に冷たいものを感じていた。
あれは、“人の顔を被った、何か”。
* * *
午後。
私は執務室の本棚を整理していた。屋敷の中でもっとも静かで、誰も寄り付かないこの部屋は、私にとって“思考の場”でもあった。
けれど、その静けさが破られたのは、不意のことだった。
「レイナ様、失礼いたします」
扉の外から声がした瞬間、私は直感的に危険を感じた。
――この声、さっきの庭師。
どうして、ここに?
咄嗟に扉に近づき、鍵をかける。カチ、と音が響いた次の瞬間、ドアノブが強引に回された。
「……開けていただけませんか、レイナ様。少しだけ、お話が」
その声はまだ穏やかだったが、扉越しの気配が“獣”のように研ぎ澄まされていた。
私は急いで机のベルを鳴らす。数秒後、廊下を駆ける複数の足音。そして、
「そこまでだ」
鋭い声が響いた。聞き慣れた、低く落ち着いた声。
――アレクシス。
「手を上げろ。ここは私兵によって監視されている。逃げ場はない」
しばらく沈黙のあと、扉の向こうから乾いた笑い声がした。
「……さすがです、侯爵様。やはり、ただの契約結婚では終わりませんでしたね」
庭師の声が変わっていた。軽やかで、どこか嘲るような響き。
「グランデ家は過去に一度、裏切られました。二度目は、させません」
それきり、足音は遠ざかり――やがて兵たちが、侵入者を拘束したと報告に来た。
“偽装雇用者”。身元を偽り、情報収集と破壊工作を目的に入り込んだスパイ。
その正体はまだ掴めないが、調べを進めるうちに、一つの家名が浮上した。
――《ブレナード家》。
旧貴族にして、かつてグランデ家と王政改革を巡って袂を分かった家系。
そして、前侯爵夫妻の死の直前、“密会”していたという記録も残っているという。
* * *
「レイナ、大丈夫だったか」
アレクシスが私の部屋を訪ねてきたのは、その夜。
彼の顔は怒りとも焦りともつかぬ感情に揺れていた。
「大丈夫です。……少し驚きましたけれど」
「“君が標的になること”が、これほど早いとは思っていなかった」
彼は静かに膝を折り、私の手を握る。その手は、いつもと違って強く、熱かった。
「……もう、“契約相手”としてでは守りきれない」
「……え?」
「僕は、君を“妻”として、命をかけて守る。……それが、今の僕の“本心”だ」
静かに告げられたその言葉に、胸が大きく波打つ。
私は、ようやく頷いた。
「……では、私もあなたを“夫”として信じます。契約なんて、とうに形だけになりましたもの」
ふたりの手が、しっかりと重なる。
その夜――
初めて、“心”で繋がった夜だった。
* * *
翌朝。
私はアレクシスと共に、書庫の地下へ向かった。
そこには、前侯爵夫妻が遺した日記と、焼かれずに残っていた一部の手紙が保管されているという。
その扉の前で、アレクシスは振り返って言った。
「……これが、僕たちの過去を暴く第一歩だ」
「ええ。そして、私たちの未来を守る戦いの始まりですわ」
扉が開く。
封印された真実が、静かにその姿を現そうとしていた。
前夜、私が“誰かに見られていた”と報告して以降、アレクシスは屋敷の警備を強化し、裏口の門には私兵を増員。使用人たちの動線までも見直すという徹底ぶりだった。
けれど。
それでも、“その者”は、私の間近にまで迫っていた。
* * *
「レイナ様、よろしければお庭の花をご覧になりませんか? 本日一番の見頃でございます」
そう誘ってきたのは、最近新たに雇われた若い庭師だった。
柔和な笑みと、丁寧な口調。だがどこか、目の奥の温度が妙に“薄い”。
私は表情を崩さず、軽く頷いた。
「ありがとう。でも、今日の午前は読書の予定なの」
「……左様ですか。残念です」
彼はぴたりと笑みを止め、静かに頭を下げて去っていった。
その背中を見送ったあと、私は背筋に冷たいものを感じていた。
あれは、“人の顔を被った、何か”。
* * *
午後。
私は執務室の本棚を整理していた。屋敷の中でもっとも静かで、誰も寄り付かないこの部屋は、私にとって“思考の場”でもあった。
けれど、その静けさが破られたのは、不意のことだった。
「レイナ様、失礼いたします」
扉の外から声がした瞬間、私は直感的に危険を感じた。
――この声、さっきの庭師。
どうして、ここに?
咄嗟に扉に近づき、鍵をかける。カチ、と音が響いた次の瞬間、ドアノブが強引に回された。
「……開けていただけませんか、レイナ様。少しだけ、お話が」
その声はまだ穏やかだったが、扉越しの気配が“獣”のように研ぎ澄まされていた。
私は急いで机のベルを鳴らす。数秒後、廊下を駆ける複数の足音。そして、
「そこまでだ」
鋭い声が響いた。聞き慣れた、低く落ち着いた声。
――アレクシス。
「手を上げろ。ここは私兵によって監視されている。逃げ場はない」
しばらく沈黙のあと、扉の向こうから乾いた笑い声がした。
「……さすがです、侯爵様。やはり、ただの契約結婚では終わりませんでしたね」
庭師の声が変わっていた。軽やかで、どこか嘲るような響き。
「グランデ家は過去に一度、裏切られました。二度目は、させません」
それきり、足音は遠ざかり――やがて兵たちが、侵入者を拘束したと報告に来た。
“偽装雇用者”。身元を偽り、情報収集と破壊工作を目的に入り込んだスパイ。
その正体はまだ掴めないが、調べを進めるうちに、一つの家名が浮上した。
――《ブレナード家》。
旧貴族にして、かつてグランデ家と王政改革を巡って袂を分かった家系。
そして、前侯爵夫妻の死の直前、“密会”していたという記録も残っているという。
* * *
「レイナ、大丈夫だったか」
アレクシスが私の部屋を訪ねてきたのは、その夜。
彼の顔は怒りとも焦りともつかぬ感情に揺れていた。
「大丈夫です。……少し驚きましたけれど」
「“君が標的になること”が、これほど早いとは思っていなかった」
彼は静かに膝を折り、私の手を握る。その手は、いつもと違って強く、熱かった。
「……もう、“契約相手”としてでは守りきれない」
「……え?」
「僕は、君を“妻”として、命をかけて守る。……それが、今の僕の“本心”だ」
静かに告げられたその言葉に、胸が大きく波打つ。
私は、ようやく頷いた。
「……では、私もあなたを“夫”として信じます。契約なんて、とうに形だけになりましたもの」
ふたりの手が、しっかりと重なる。
その夜――
初めて、“心”で繋がった夜だった。
* * *
翌朝。
私はアレクシスと共に、書庫の地下へ向かった。
そこには、前侯爵夫妻が遺した日記と、焼かれずに残っていた一部の手紙が保管されているという。
その扉の前で、アレクシスは振り返って言った。
「……これが、僕たちの過去を暴く第一歩だ」
「ええ。そして、私たちの未来を守る戦いの始まりですわ」
扉が開く。
封印された真実が、静かにその姿を現そうとしていた。
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