婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第一部「ブレナード反逆編」

第11話:遺された手紙と、揺らぐ血筋

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地下書庫は、邸内でもっとも冷たい空気が流れていた。

 壁には分厚い石が積まれ、蝋燭の灯りだけが頼りの空間。その奥に、堅牢な扉がひとつ。

 「鍵は、父の形見だ」

 アレクシスが懐から取り出した銀製の鍵を鍵穴に差し込む。
 ギィ、と金属の軋む音と共に、長年封印されていた扉が開いた。

 そこには、小さな木箱が置かれていた。
 埃をかぶることなく丁寧に手入れされたその箱を、彼は両手で抱えて、書架の上にそっと載せた。

 「開けて、いいのかしら」

 「……ああ。君にも、知る権利がある」

 私は頷き、慎重に蓋を開けた。

 中には、革製の日記帳が一冊、そして幾通かの手紙が糸でまとめられていた。
 手紙の表書きには、確かに筆跡の違う二人の名前があった。

 「……これは、あなたのお母様から、父上宛て?」

 「逆もある。恐らく互いに遺した最後の文通だ」

 私たちは、まず日記から開くことにした。

* * *

 【アリアの日記】
 《あの方と共に、政変の嵐を乗り越えた日々が、今となっては夢のよう》
 《私たちは多くを手にしたが、同時に多くを敵に回した。とくに、ブレナード家……あの人たちだけは、決して許してくれなかった》
 《そして今、屋敷内にも影が差し込んでいる。使用人の中に“不自然な目”が増えた気がする。……息子だけは、どうか無事に》

 私は、日記を読む手を止め、静かに言葉を探した。

 「……これは、明らかに“死”を予感していた内容ね」

 アレクシスは、拳を静かに握っていた。

 「僕が十四の頃。夜中、母が書斎にこもる時間が増えたのは、これを書いていたのか……」

 そして、手紙を開いた。

 そこには、前侯爵ルイスがアリアへ宛てた、最後の手紙が綴られていた。

 > 《アリア。お前の不安は正しい。私も、王都で奇妙な動きがあることを感じている》
 > 《ブレナードだけではない。“あの家”までもが我らの動向に目を光らせている》
 > 《だが、私は信じている。この国は、正しき未来を選ぶと。……そして、我が息子には、真実を託せると》

 その文面に、“あの家”という表現があった。

 「……アレクシス。“あの家”って、どこを指してるのか、思い当たる節は?」

 彼は、しばし沈黙したあと、低く呟いた。

 「……アルセリナ家だ」

 私は一瞬、息を止めた。

 「……私の、実家?」

 「先代のアルセリナ伯爵は、表向きは王政寄りだった。だが裏では、複数の旧貴族と手を組み、反王政的な動きに関与していたという噂があった」

 「そんな……」

 思わず椅子の背にもたれかかる。
 知らなかった。知らされていなかった。私が生まれ育った家が、そんな火種を抱えていたなんて。

 「でも、父は……」

 「君の父上は、先代の弟にあたる。代替わりして以降は、明確に王政に従っていたはずだ」

 「……“はず”」

 アレクシスは私の手を取った。

 「……疑ってはいない。ただ、今この瞬間から“すべての可能性”を視野に入れて行動しなければならない」

 彼の瞳はまっすぐだった。
 私を疑っているのではない。“一緒に乗り越える覚悟”を示してくれていた。

 私はゆっくり頷く。

 「ええ。どんな真実でも、共に受け入れましょう」

* * *

 その夜。
 書庫から戻った私たちの前に、館の侍女長リゼが静かに立っていた。

 「……レイナ様。お伝えすべきことがございます」

 「なにかしら?」

 「――先ほど、王都から密使が。……“アルセリナ伯爵家の現当主が、突然謁見を求めて王宮に入った”との報せです」

 私は、一瞬で血の気が引いた。

 父が、王宮に?

 しかも、事前の通達もなく、しかるべき書状の手続きも踏まずに。

 「アレクシス様……これは、偶然ではないわ」

 彼は深く頷いた。

 「……王宮の中に、“敵”がいる可能性がある。レイナ、君の身柄が狙われる可能性も、今後さらに高くなる」

 私は背筋を伸ばした。

 「逃げる気はありませんわ。……ここで、すべての真実と向き合います」

 彼の手が、私の背に回る。

 「……君は、強い」

 「いいえ。あなたといるから、強くなれるのです」

 そして私たちは、王宮と――そして、王政を揺るがす“深い闇”に、歩みを進めていく決意を新たにした。
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