14 / 70
第一部「ブレナード反逆編」
第14話:失踪と影、消された父
しおりを挟む
「アルセリナ伯爵が、消息を絶ちました」
その報せを受けた瞬間、私の中で、どこか張り詰めていたものが切れた。
「……どういうこと?」
呼吸が浅くなる。
心拍が早くなる。
王宮での謁見を終えたその足で王城の書記室に入ったはずの父が、わずか数時間後に“姿を消した”という。
「王宮の門番も、出入りを記録していないと?」
「はい。あらゆる監視網を抜けております。まるで、存在そのものが初めから“なかった”かのように」
アレクシスの眉間が深く寄る。
「それは不可能だ。王宮には私兵だけでなく、中央直属の衛兵もいる。……内部に協力者がいたのか」
私は、椅子の肘掛けをぎゅっと握った。
「父が……何を知っていたのか、隠していたのか。私には、もう分かりませんわ」
アレクシスは私の手をそっと握り返す。
「だが、敵は動いた。“君の父”を消すほどの理由が、そこにあった。……なら、僕たちが知るべき真実も、きっとその先にある」
「……ええ」
涙は出なかった。ただ、胸の奥に鈍い痛みが残っていた。
“あの父が、逃げた”とは思えない。
“消された”。
その言葉が、脳裏にこびりついて離れなかった。
* * *
翌朝。
グランデ邸の敷地外。王都郊外の森林地帯にて、アレクシスが指示していた私兵たちが、奇妙な痕跡を発見した。
「これは……馬車の轍。そして、争った跡。だが……死体も血痕も、何もない」
現場はあまりに“整って”いた。まるで意図的に“痕跡だけを残した”ような……そんな空気があった。
「誘拐か、それとも“護送”か……?」
アレクシスが低く唸る。
「どちらにしても、“生きている”という確証があるだけ、まだ希望はある」
私は、木々の間に落ちていた銀色の小さな留め具を拾った。
それは確かに、父がいつもマントに使っていた“家紋入りの留め金”だった。
「父は、ここまで来ていた」
私はその事実だけを信じることにした。
* * *
その夜。
私は書斎で報告書を整理していた。ふと、扉の外に人の気配を感じ、警戒心を抱く。
「……どなた?」
返事はない。
だが、扉の下から――一枚の紙が滑り込んできた。
慌てて開けても、廊下には誰もいなかった。
私は紙を手に取り、その中身を見て、思わず息を呑んだ。
> 《“侯爵夫人”を連れ出せ。》
> 《次は、“消される”のは彼女だ。》
> 《グランデ家が動けば、前当主と同じ結末を辿るだろう。》
> ──B
それは明確な“警告”だった。
いいえ、“脅迫”だ。
そして最後に記された“B”の頭文字。
――ブレナード家。
あの家はまだ、生きていた。
前当主の死の影、旧貴族の野望。すべては今、再び形を変えて動き出している。
「アレクシス……」
私は手紙を抱えて書斎を飛び出した。
彼の部屋に飛び込むと、アレクシスは既に立ち上がっていた。
「……来たか」
「これを」
彼は手紙を読み、そしてすぐに破り捨てた。
「レイナ。今夜から、君には護衛を常駐させる。夜間は執務棟には出入り禁止。危険が迫っているのは明らかだ」
「……でも」
「僕が命じる。これは“夫”としての命令だ。君を、これ以上一人にしたくない」
その声には、怒りと焦り、そして何より“強い恐れ”が滲んでいた。
「アレクシス……」
私はそっと、彼の胸に額を寄せた。
その体は熱くて、どこか震えていた。
「あなたが守ろうとしてくれているのは分かってます。でも、私もただ守られるだけの人間ではありませんわ」
「……わかってる。君は強い。けれど、強いからこそ、狙われる」
彼の手が私の背を抱く。
それは、何かを誓うような抱擁だった。
「今度こそ、何も失わないために。……君も、父も、守り抜く。だからお願いだ。どうか、今夜は“僕の隣”にいてくれ」
「……はい」
私はそのまま、彼の腕の中で目を閉じた。
恐怖が迫っている。
けれど、それ以上に――確かな絆が、今ここにあった。
その報せを受けた瞬間、私の中で、どこか張り詰めていたものが切れた。
「……どういうこと?」
呼吸が浅くなる。
心拍が早くなる。
王宮での謁見を終えたその足で王城の書記室に入ったはずの父が、わずか数時間後に“姿を消した”という。
「王宮の門番も、出入りを記録していないと?」
「はい。あらゆる監視網を抜けております。まるで、存在そのものが初めから“なかった”かのように」
アレクシスの眉間が深く寄る。
「それは不可能だ。王宮には私兵だけでなく、中央直属の衛兵もいる。……内部に協力者がいたのか」
私は、椅子の肘掛けをぎゅっと握った。
「父が……何を知っていたのか、隠していたのか。私には、もう分かりませんわ」
アレクシスは私の手をそっと握り返す。
「だが、敵は動いた。“君の父”を消すほどの理由が、そこにあった。……なら、僕たちが知るべき真実も、きっとその先にある」
「……ええ」
涙は出なかった。ただ、胸の奥に鈍い痛みが残っていた。
“あの父が、逃げた”とは思えない。
“消された”。
その言葉が、脳裏にこびりついて離れなかった。
* * *
翌朝。
グランデ邸の敷地外。王都郊外の森林地帯にて、アレクシスが指示していた私兵たちが、奇妙な痕跡を発見した。
「これは……馬車の轍。そして、争った跡。だが……死体も血痕も、何もない」
現場はあまりに“整って”いた。まるで意図的に“痕跡だけを残した”ような……そんな空気があった。
「誘拐か、それとも“護送”か……?」
アレクシスが低く唸る。
「どちらにしても、“生きている”という確証があるだけ、まだ希望はある」
私は、木々の間に落ちていた銀色の小さな留め具を拾った。
それは確かに、父がいつもマントに使っていた“家紋入りの留め金”だった。
「父は、ここまで来ていた」
私はその事実だけを信じることにした。
* * *
その夜。
私は書斎で報告書を整理していた。ふと、扉の外に人の気配を感じ、警戒心を抱く。
「……どなた?」
返事はない。
だが、扉の下から――一枚の紙が滑り込んできた。
慌てて開けても、廊下には誰もいなかった。
私は紙を手に取り、その中身を見て、思わず息を呑んだ。
> 《“侯爵夫人”を連れ出せ。》
> 《次は、“消される”のは彼女だ。》
> 《グランデ家が動けば、前当主と同じ結末を辿るだろう。》
> ──B
それは明確な“警告”だった。
いいえ、“脅迫”だ。
そして最後に記された“B”の頭文字。
――ブレナード家。
あの家はまだ、生きていた。
前当主の死の影、旧貴族の野望。すべては今、再び形を変えて動き出している。
「アレクシス……」
私は手紙を抱えて書斎を飛び出した。
彼の部屋に飛び込むと、アレクシスは既に立ち上がっていた。
「……来たか」
「これを」
彼は手紙を読み、そしてすぐに破り捨てた。
「レイナ。今夜から、君には護衛を常駐させる。夜間は執務棟には出入り禁止。危険が迫っているのは明らかだ」
「……でも」
「僕が命じる。これは“夫”としての命令だ。君を、これ以上一人にしたくない」
その声には、怒りと焦り、そして何より“強い恐れ”が滲んでいた。
「アレクシス……」
私はそっと、彼の胸に額を寄せた。
その体は熱くて、どこか震えていた。
「あなたが守ろうとしてくれているのは分かってます。でも、私もただ守られるだけの人間ではありませんわ」
「……わかってる。君は強い。けれど、強いからこそ、狙われる」
彼の手が私の背を抱く。
それは、何かを誓うような抱擁だった。
「今度こそ、何も失わないために。……君も、父も、守り抜く。だからお願いだ。どうか、今夜は“僕の隣”にいてくれ」
「……はい」
私はそのまま、彼の腕の中で目を閉じた。
恐怖が迫っている。
けれど、それ以上に――確かな絆が、今ここにあった。
17
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる