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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」
第8話:胎の王と、揺らぐ王宮
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“この子が王になるらしい”。
それは最初、ささやかな噂にすぎなかった。
けれど、王宮の噂は“誰が望んで流したか”によって、ただの音から、刃へと変貌する。
「……『胎の王』、ですって?」
東離れの応接室で、私は呆れにも似た吐息をついた。
「誰がそんな名付けを……」
「旧王党派の数人が“象徴としての王”を求めている。その中心に“王の血を引かないが民に慕われる子”を据えようとしている」
アレクシスの言葉は低く冷ややかだった。
その視線の先には、広がる王都の屋根――
遠く、王宮本庁舎の屋根上に張り付くような、重い雲。
「……生まれてすらいない子を“王位”に。まるでこの国は、何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのかしら」
「そう思うからこそ、君が“拒む意志”をはっきり見せる必要がある」
私は小さく頷いた。
「それが、母としての“最初の戦い”ですね」
* * *
その日の午後、宮廷内の一角――王家の礼拝堂にて。
王妃陛下からの指示で、私に“公の祈祷”を捧げる場が設けられた。
私の役目はただ一つ。
「胎児の健やかな成長を願い、王のもとへと祝福を返す」。
それだけ。
けれど、祈祷の席には見慣れない面々が集っていた。
その中には、名ばかりの貴族の姿もあれば――
かつて、ブレナード家と親交のあった“名門崩れ”もいた。
「……陛下のご意向で、礼拝堂には誰でも参加できる形式となりました」
クラリッサ夫人が私の横でそっと囁く。
「けれど、今日集まったのは“祈り”のためではなく、“見極め”のため。
あなたの姿勢を、誰もが注目しています」
私は深く息を吸い込み、壇上に立った。
祈りの言葉は、事前に準備されていたものだった。
けれど、私は紙を手に取り、朗読せず、そっと胸元にしまった。
そして――自分の言葉で語り出した。
「私、レイナ・アルセリナは……このお腹に宿る命が、誰かの“未来を支える道具”になることを、望みません」
会場に、ざわつきが広がる。
「けれど私は、この命を――この国の誰よりも愛しています。
だからこそ、私は“願う”のです。
この子が、“ただ生きるために生まれる世界”であってほしいと」
その言葉に、数人の視線が冷たくなったのを感じた。
だが、それ以上に――
祈るように目を閉じた、若き騎士や侍女の表情があった。
“誰か”にとっては不都合でも、
“誰か”にとっては、救いとなる言葉だったのだ。
* * *
その夜。
王宮の一室で、アレクシスとクラリッサ夫人を交えて協議が開かれた。
「……今日の発言で、王政内の“意志ある層”は動きます。
つまり、“レイナの意志を尊重する側”と、“胎の王を推し進める側”の明確な線が引かれました」
クラリッサ夫人の指は、王家の系図と、現在の政庁の派閥表をなぞっていく。
「問題は、“胎児に玉座を”と強く望む勢力が、誰の名の下に動いているか」
アレクシスはそこに、一枚の紙を置いた。
「……“柚木(ゆずき)”の名があった」
私は顔を上げる。
「柚木家……? 存命の宰相筋では?」
「そう。“中立”と呼ばれて久しかった家だが、今は“生まれる前の王”を神話に仕立てようと、裏で動いている。
かつてブレナード家に協力を拒んだ代償として、主導権を失った彼らは、次こそ“創始の王”を生み出す側に立ちたいのだろう」
私は、強く腹を押さえた。
「……この子は、神様じゃない。誰かが都合よく“作り上げる”ための存在じゃない」
アレクシスが、そっと私の手を握る。
「だからこそ、僕たちは戦う。“この命を、生まれるまで自由でいさせるために”」
その言葉が、今の私にとって――どんな刃よりも強い、盾となった。
それは最初、ささやかな噂にすぎなかった。
けれど、王宮の噂は“誰が望んで流したか”によって、ただの音から、刃へと変貌する。
「……『胎の王』、ですって?」
東離れの応接室で、私は呆れにも似た吐息をついた。
「誰がそんな名付けを……」
「旧王党派の数人が“象徴としての王”を求めている。その中心に“王の血を引かないが民に慕われる子”を据えようとしている」
アレクシスの言葉は低く冷ややかだった。
その視線の先には、広がる王都の屋根――
遠く、王宮本庁舎の屋根上に張り付くような、重い雲。
「……生まれてすらいない子を“王位”に。まるでこの国は、何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのかしら」
「そう思うからこそ、君が“拒む意志”をはっきり見せる必要がある」
私は小さく頷いた。
「それが、母としての“最初の戦い”ですね」
* * *
その日の午後、宮廷内の一角――王家の礼拝堂にて。
王妃陛下からの指示で、私に“公の祈祷”を捧げる場が設けられた。
私の役目はただ一つ。
「胎児の健やかな成長を願い、王のもとへと祝福を返す」。
それだけ。
けれど、祈祷の席には見慣れない面々が集っていた。
その中には、名ばかりの貴族の姿もあれば――
かつて、ブレナード家と親交のあった“名門崩れ”もいた。
「……陛下のご意向で、礼拝堂には誰でも参加できる形式となりました」
クラリッサ夫人が私の横でそっと囁く。
「けれど、今日集まったのは“祈り”のためではなく、“見極め”のため。
あなたの姿勢を、誰もが注目しています」
私は深く息を吸い込み、壇上に立った。
祈りの言葉は、事前に準備されていたものだった。
けれど、私は紙を手に取り、朗読せず、そっと胸元にしまった。
そして――自分の言葉で語り出した。
「私、レイナ・アルセリナは……このお腹に宿る命が、誰かの“未来を支える道具”になることを、望みません」
会場に、ざわつきが広がる。
「けれど私は、この命を――この国の誰よりも愛しています。
だからこそ、私は“願う”のです。
この子が、“ただ生きるために生まれる世界”であってほしいと」
その言葉に、数人の視線が冷たくなったのを感じた。
だが、それ以上に――
祈るように目を閉じた、若き騎士や侍女の表情があった。
“誰か”にとっては不都合でも、
“誰か”にとっては、救いとなる言葉だったのだ。
* * *
その夜。
王宮の一室で、アレクシスとクラリッサ夫人を交えて協議が開かれた。
「……今日の発言で、王政内の“意志ある層”は動きます。
つまり、“レイナの意志を尊重する側”と、“胎の王を推し進める側”の明確な線が引かれました」
クラリッサ夫人の指は、王家の系図と、現在の政庁の派閥表をなぞっていく。
「問題は、“胎児に玉座を”と強く望む勢力が、誰の名の下に動いているか」
アレクシスはそこに、一枚の紙を置いた。
「……“柚木(ゆずき)”の名があった」
私は顔を上げる。
「柚木家……? 存命の宰相筋では?」
「そう。“中立”と呼ばれて久しかった家だが、今は“生まれる前の王”を神話に仕立てようと、裏で動いている。
かつてブレナード家に協力を拒んだ代償として、主導権を失った彼らは、次こそ“創始の王”を生み出す側に立ちたいのだろう」
私は、強く腹を押さえた。
「……この子は、神様じゃない。誰かが都合よく“作り上げる”ための存在じゃない」
アレクシスが、そっと私の手を握る。
「だからこそ、僕たちは戦う。“この命を、生まれるまで自由でいさせるために”」
その言葉が、今の私にとって――どんな刃よりも強い、盾となった。
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