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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」
第9話:胎を祀る儀と、王妃の密命
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「“胎の王を祀る儀式”が、来月の新月に合わせて準備されているらしいわ」
クラリッサ夫人の言葉に、私は思わず眉をひそめた。
「儀式……? まさか、胎児の“霊的正当性”を神の名で認めさせようと?」
「その通り。“柚木家”が動いている。もともと信仰勢力を多く束ねていた家系で、巫女筋の血をいまだに保持しているという話も」
「……この子を“神の御子”にでもするつもり?」
私の声が震えた。
まだ名前もない。
性別すら定かでない。
ただ、静かに私の中で鼓動を打つ命が――勝手に“神聖視”されようとしている。
「許せませんわ」
アレクシスが静かに椅子を蹴り、立ち上がる。
「本来、信仰は命を守るものだ。だが今、信仰が“命を縛る檻”に変わろうとしている。……僕たちが立ち止まれば、それを肯定することになる」
そのとき、使者が駆け込んできた。
「レイナ様。王妃陛下より、お呼びがございます。“ただちにおひとりで”とのこと」
私は一瞬だけ迷ったが、うなずいた。
「……行ってまいります」
* * *
王妃の私室。
そこは、かつて何度も話を交わした静かな場所だった。
けれど今日の王妃は、その空気を一変させていた。
「レイナ。……今日あなたを呼んだのは、“母としての願い”を託すためです」
「……母として?」
「ええ。私は、この国の王妃であると同時に、かつてひとりの子を亡くした母です。
その子は、“王位継承争い”の中で、存在すら許されなかった――」
私は、言葉を失った。
王妃陛下には“かつての第一王子”がいたと、噂で聞いたことがある。
だがその存在は、王位争いの混乱と同時に“なかったこと”にされた、とも。
「……私の子は、“玉座に不要”と判断された瞬間、すべてを奪われました。
私はもう、誰の子であれ、“政治に潰される命”を見たくないのです」
王妃はそっと、私の手を握った。
「あなたが私に、“拒む母の姿”を見せてくれたとき、思いました。
この国はまだ、“命に敬意を持てる国”に戻れるかもしれないと」
私は、涙がこみ上げるのを感じながら、小さく頷いた。
「……私でよければ、どこまでも抗います。命が命として、生まれることが許されるように」
「ならば、あなたに託します。“柚木家の儀式”に、“正面から出席”してください」
「……え?」
王妃の瞳は、静かに強い光をたたえていた。
「逃げてはなりません。
敵の手で祭壇に上げられる前に、自らその場を“壊す者”として立つのです。
“祭られる女”ではなく、“語る母”として」
その言葉に、私はすべてを理解した。
――柚木家が用意する“胎の王誕生の儀”という、偽りの舞台。
そこに、私自身が乗り込み、“神話”ではなく“現実の母の声”でその幻想を断ち切る。
「……その道に立てば、誰かに“女神”と呼ばれるでしょう。
でもあなたは決して、“祀られる者”にはなってはいけません」
「……私は、私です」
「ええ。だから、あなたにしかできないのです」
* * *
その夜、アレクシスにすべてを話すと、彼はほんの少し黙ってから、静かに言った。
「君が前に進むなら、僕はすべてを盾にする。
君が語るその言葉のためなら、たとえこの国全てを敵にしても構わない」
私は、そっと彼の胸に顔を預けた。
「……生まれてきてよかったって、この子に言えるように」
「きっと言える。いや、必ずそうする」
この国は今、胎内に王を求めようとしている。
だが私たちは、その命に“自由”を与えるために立ち上がる。
それは――女神でも、妃でもなく、
ただ一人の“母”としての戦い。
クラリッサ夫人の言葉に、私は思わず眉をひそめた。
「儀式……? まさか、胎児の“霊的正当性”を神の名で認めさせようと?」
「その通り。“柚木家”が動いている。もともと信仰勢力を多く束ねていた家系で、巫女筋の血をいまだに保持しているという話も」
「……この子を“神の御子”にでもするつもり?」
私の声が震えた。
まだ名前もない。
性別すら定かでない。
ただ、静かに私の中で鼓動を打つ命が――勝手に“神聖視”されようとしている。
「許せませんわ」
アレクシスが静かに椅子を蹴り、立ち上がる。
「本来、信仰は命を守るものだ。だが今、信仰が“命を縛る檻”に変わろうとしている。……僕たちが立ち止まれば、それを肯定することになる」
そのとき、使者が駆け込んできた。
「レイナ様。王妃陛下より、お呼びがございます。“ただちにおひとりで”とのこと」
私は一瞬だけ迷ったが、うなずいた。
「……行ってまいります」
* * *
王妃の私室。
そこは、かつて何度も話を交わした静かな場所だった。
けれど今日の王妃は、その空気を一変させていた。
「レイナ。……今日あなたを呼んだのは、“母としての願い”を託すためです」
「……母として?」
「ええ。私は、この国の王妃であると同時に、かつてひとりの子を亡くした母です。
その子は、“王位継承争い”の中で、存在すら許されなかった――」
私は、言葉を失った。
王妃陛下には“かつての第一王子”がいたと、噂で聞いたことがある。
だがその存在は、王位争いの混乱と同時に“なかったこと”にされた、とも。
「……私の子は、“玉座に不要”と判断された瞬間、すべてを奪われました。
私はもう、誰の子であれ、“政治に潰される命”を見たくないのです」
王妃はそっと、私の手を握った。
「あなたが私に、“拒む母の姿”を見せてくれたとき、思いました。
この国はまだ、“命に敬意を持てる国”に戻れるかもしれないと」
私は、涙がこみ上げるのを感じながら、小さく頷いた。
「……私でよければ、どこまでも抗います。命が命として、生まれることが許されるように」
「ならば、あなたに託します。“柚木家の儀式”に、“正面から出席”してください」
「……え?」
王妃の瞳は、静かに強い光をたたえていた。
「逃げてはなりません。
敵の手で祭壇に上げられる前に、自らその場を“壊す者”として立つのです。
“祭られる女”ではなく、“語る母”として」
その言葉に、私はすべてを理解した。
――柚木家が用意する“胎の王誕生の儀”という、偽りの舞台。
そこに、私自身が乗り込み、“神話”ではなく“現実の母の声”でその幻想を断ち切る。
「……その道に立てば、誰かに“女神”と呼ばれるでしょう。
でもあなたは決して、“祀られる者”にはなってはいけません」
「……私は、私です」
「ええ。だから、あなたにしかできないのです」
* * *
その夜、アレクシスにすべてを話すと、彼はほんの少し黙ってから、静かに言った。
「君が前に進むなら、僕はすべてを盾にする。
君が語るその言葉のためなら、たとえこの国全てを敵にしても構わない」
私は、そっと彼の胸に顔を預けた。
「……生まれてきてよかったって、この子に言えるように」
「きっと言える。いや、必ずそうする」
この国は今、胎内に王を求めようとしている。
だが私たちは、その命に“自由”を与えるために立ち上がる。
それは――女神でも、妃でもなく、
ただ一人の“母”としての戦い。
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