婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」

第17話:影の手、光の剣

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夜半。
 静養邸のまわりには、ひときわ深い闇が落ちていた。

 月は雲に隠れ、風も止んでいる。

 アレクシスは、剣を磨いていた。
 穏やかな表情で、けれどその手はまったく止まっていなかった。

 「……来るな」

 小さく呟いた彼の予感は、ほどなくして現実となる。

 敷地の東側――森の奥。
 わずかに風が乱れた瞬間、黒装束の影が数名、無音で木々を抜けた。

 彼らが狙うのは、ただ一人。

 生まれたばかりの命――エリア・グランデ。

* * *

 レイナは、赤子を抱いて眠っていた。

 けれど、ほんの一瞬、背筋に冷たいものが走って目を覚ます。

 「……アレクシス様?」

 その名を呼んだときには、すでに部屋の外に影が迫っていた。

 ――ギィ。

 扉の蝶番が、微かに鳴く。

 レイナは、すぐに赤子を抱きかかえ、ベッドから身を滑らせるように降りた。

 「……お願い、泣かないで。
 あなたは、もう……誰にも奪わせない」

 その言葉に呼応するように、影が扉を押し開け――

 次の瞬間、閃光のような剣閃が走った。

 「そこまでだ」

 アレクシスだった。

 影の一人が剣を抜こうとした刹那、その手首が刃に弾かれた。
 次いで二人目の足元を払う。
 第三の男が魔道具を取り出そうとしたが――間に合わなかった。

 「君たちは、“戦うべき場所”を間違えた。
 言葉に敗れた者が、剣で取り返そうなど――笑止」

 淡々と、静かに。
 けれど、決して容赦のない斬撃が、影たちをひとりずつ封じていく。

 やがて残った一人が、短剣を構えて叫んだ。

 「……この子が、王になれば! また我らが踏みにじられるのだッ!」

 「この子は、“王”ではない」

 声は、アレクシスではなかった。

 ――レイナだった。

 「この子は、命として生まれた。
 誰かの都合で祭り上げられ、奪われるために生まれたのではない。
 ……それを、何度言えば分かってくれるの?」

 その言葉に、最後の影が怯み――
 次の瞬間、騎馬に乗った王宮親衛隊が森からなだれ込んできた。

 指揮を執っていたのは、クラリッサ夫人。

 「――ルディガー派、残党勢力、全員拘束!」

* * *

 すべてが終わった後。

 赤子を胸に抱きしめたレイナの肩に、アレクシスがそっと手を添えた。

 「……遅くなって、すまない」

 「いいえ。……あなたが来てくれたから、私はこの子を守れた」

 エリアは泣かなかった。
 まるで、“信じていた”かのように、眠ったままだった。

 「……強い子ね」

 「君によく似てる」

 ふたりは微笑み合い、もう一度、互いの手を確かめるように重ねた。

* * *

 王宮では、ルディガーの国外追放が正式決定された。

 同時に、再び「王妃主導の産前議会」が開催され、
 「政治の外にある命」に対する権利と保護が制度として形を得ることとなった。

 その中心にいたのは、レイナ・アルセリナ=グランデ。

 剣を振るわず、声で国を変えた母として、
 王妃陛下は彼女に一つの称号を贈る。

 > “光の盾(シールド・ルクス)”――
 > 「命の名を守りし者」にのみ与えられる、王政の最も純粋な名誉
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