婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」

第16話:命に名を、未来に祈りを

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 「……決めたの?」

 静養室のベッドの中、私は産着に包まれた赤子を胸に抱きながら、アレクシスに尋ねた。

 彼は頷き、けれどほんの少しだけ言い淀んだ。

 「……“君が決めるべきだ”って思っていたけど、どうしてもこの名が、離れなかったんだ」

 私は笑った。

 「私も、同じ気持ちだったの」

 彼と私が同時に囁いたその名前――

 「エリア」。

 「“光”と“誓い”の意味を持つ名前。
 私たちが選んだ道の、その先にいてくれるような――そんな響きだと思ったの」

 「……エリア・グランデ。
 剣ではなく、言葉と意志で未来を照らす名」

 エリアは眠ったままだったが、小さく手を握って、まるで名に応えたように身じろぎをした。

 私は、静かにその額に口づけた。

 「ようこそ、エリア。あなたは私たちの光。
 そして、この国が“命を選べる未来”へ進むための、祈りのかたち」

* * *

 命名の報せは、王妃陛下の手で静かに王宮中へと伝えられた。

 > 《王政参与・レイナ・アルセリナ=グランデ、その第一子誕生の報。
 名は、“エリア”。
 この名に、王家は祝福と未来への誓約を重ねるものとする》

 民衆は、この報せを歓喜で迎えた。
 胎の王騒動を越え、初めて“名”が告げられたことで、赤子は象徴から一人の存在へと変わった。

 「“王ではない光”が生まれた」

 そんな声が、王都の広場で囁かれた。

 けれど、その喜びの裏で、ひとつの影が蠢いていた。

* * *

 「……名を与えたか。あの女は、まだこの国を信じているようだな」

 ルディガー・エインズワースは、王宮の外縁部、かつての柚木家の離宮跡にて、密かに残党を集めていた。

 「王政など、制度でしかない。
 それに“心”など持たせたところで、国家は動かぬ。
 民衆の感情に訴える名を得た子は、やがて“また神格化”される。
 そうなれば、再びあの女は“火種”となるだろう」

 彼は密かに、赤子誘拐の計画を進めようとしていた。

 「“象徴”を奪えば、民心も揺らぐ。
 あの女が生み、守った命を“壊せば”、再び剣の時代が来る」

 しかしその動きは、王妃陛下の密偵により、すでに感知されていた。

* * *

 王妃陛下は、レイナとアレクシスを私室に呼び寄せ、静かに告げた。

 「ルディガー派が、“最後の手”を打とうとしています。
 “剣で国を治める時代”を取り戻そうとする者たちは、あなたの子を――エリアを標的にするでしょう」

 アレクシスの目が鋭く光る。

 「王妃陛下。ご命令をいただければ、即座に討ちます」

 「討つのは簡単です。ですが、国が“心で動く”ことを示したのは、あなた方夫婦の在り方でした」

 王妃は静かに手を重ねる。

 「この国を、“命のために動く政”へと完成させましょう。
 そのために、エリアの名を守るのです」

 私は、エリアを抱きしめながら頷いた。

 「この子が、“命で言葉を語る時代”の扉になりますように。
 もう、何も奪われないように」

* * *

 夜。

 眠るエリアの横で、私は日記帳を広げ、こう書きつけた。

 > 「名に、願いをこめました。
 剣ではなく、声で世界と向き合える未来を。
 この子の手が、いつか誰かを守れますように。
 そして、誰からも“守られる権利”を奪われませんように」

 月明かりが、静かに赤子の頬を照らしていた。
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