婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」

最終話:そして名は、未来を歩き出す

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それは、ただの朝だった。

 鳥がさえずり、陽光が窓辺を照らし、風がレースのカーテンを揺らしていた。
 けれど、その朝は確かに、これまでとは違う始まりだった。

 「……おはよう、エリア」

 私の声に、小さく目を開けたエリアが、ぼんやりとこちらを見つめた。
 あくびをひとつ、腕をぱたぱたと動かして、そして――私の指を、ぎゅっと握る。

 その小さな力が、まるで「ここにいるよ」と語るようで、私は思わず笑った。

 「ねえ、アレクシス様」

 「ん……?」

 まだ寝ぼけ眼の彼が、隣で布団の中から顔を出す。

 「この子に、今日から“最初の物語”を始めてあげたいと思うの。
 あなたと私の手で、ゆっくりと、“誰かではない、この子自身の時間”を」

 アレクシスは目を瞬かせてから、頷いた。

 「……ああ。もう“誰かの願望の象徴”でも、“国家の駒”でもない。
 エリアは、ただの“エリア”として、生きていく」

 私は赤子の頬を撫でながら、ぽつりと呟いた。

 「私もきっと、“母”として、これからが本番なのよね。
 剣も、言葉もいらない世界で、ただ、“日々を生きる強さ”を教えてあげるんだわ」

 「君がそれを言うなら、僕は“父”として、君が安心して眠れるように盾になるよ」

 「……ありがとう」

 小さな家族の会話。
 それだけのことが、どれほど幸せで、どれほど尊いかを、私たちはもう知っていた。

* * *

 その日、王妃陛下から私宛に短い書簡が届いた。

 > 《貴女がくれた勇気を、政の中で生かします。
 >  この国が命を守るとき、レイナという名がきっと背中を押すでしょう》

 その文章の最後に、印章はなく、ただ小さな花の押し花が添えられていた。
 “言葉の政”が、たしかに始まった証だと、私は思った。

* * *

 午後。
 庭に咲いたばかりの春の花を、私はエリアに見せていた。

 「これは“ラナンキュラス”って言うのよ。
  花言葉は、“とても魅力的”」

 エリアは、まだ何も理解できない顔で、ぱちぱちとまぶたを瞬かせていた。

 「いいの。今はわからなくていいの。
  だって、あなたはこれから自分の目で、世界を知っていくのだから」

 私は小さく笑い、エリアの手をそっと包んだ。

 「この手が、誰かを愛せるように。
  誰かに守られていいと、信じられるように」

 「――その名に、約束を込めたのよ」

* * *

 夜。
 レイナは机に向かい、静かに筆を走らせていた。

 > 『王政の渦中で、私は“命”というものの本質を知った。
 >  それは血筋でも、称号でもなく、“誰かに望まれて生まれてくる”という事実。
 >  私はこの子に、それを言葉で残しておきたい。
 >  あなたは、あなたでいい。
 >  どうか迷わず、“生きたいように生きなさい”。
 >  
 >  ――母より』

 手紙を封じ、日記帳の最後のページを閉じる。

 それは、私が「戦った記録」であり、
 この子が「生まれるまでの物語」だった。

 これから始まるのは、エリア自身の物語。

 私が主役ではない世界。
 でも、その片隅に寄り添えるなら、それだけで充分だった。

* * *

 夜空を見上げる。

 星が瞬いていた。

 「エリア――あなたの名前は、光を意味する。
  けれど私は、こうも思うの」

 「それは、私たちが**“未来を照らされる”名前**だって」

 静かに、静かに夜が更けていく。

 新しい朝の足音が、もうすぐそこにあった。

🌸第二部 完🌸
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