婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第三部「継ぐ者の光、試される未来」

第6話:わたしの詩を、誰かが読んだ

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 「……エリア嬢、こちらに一通、届いております」

 詩学局の休憩時間。
 講堂の隅でノートに言葉を紡いでいたエリアは、文官補佐から差し出された封筒を見つめた。

 淡い藤色の封。
 差出人の名は書かれていない。
 けれど裏面には、小さな桜の花の押し印が押されていた。

 (だれ……?)

 恐る恐る封を切り、便箋を開く。
 そこには、整った筆致の短い文章が綴られていた。

 > 『エリア様の詩、「ちいさな剣」を拝読いたしました。
 >  剣の国で育った私にとって、それは初めて“武器ではない強さ”を教えてくれる言葉でした。
 >  私は兵の家に生まれ、声を持つことを恐れてきました。
 >  でも、エリア様の詩で、初めて“声に守られた”気がしました。
 >  どうか、書き続けてください』

 エリアは、文字を読み終えたあと、ゆっくりと目を閉じた。

 心の奥に、温かい灯がともる感覚。

 (わたしの言葉が……この人に、届いた……)

 その事実だけで、胸がいっぱいになった。

* * *

 「母上! 母上! わたしの詩、誰かが“守られた”って――!」

 その夜、屋敷へ戻るなり、エリアはレイナにそう叫んだ。

 「お手紙、もらったの。知らない人から。でも、読んでくれたの」

 レイナは娘の興奮に微笑みながらも、ゆっくりと椅子に腰かけた。

 「……そう。じゃあ、“エリアの言葉が世界に届いた”ということね」

 「うんっ。すっごく、嬉しい。でも、ちょっと怖くもある」

 「それは自然なことよ。
  声が届くっていうのは、時に“責任”にもなるから。
  でもね――」

 レイナは、娘の両肩に手を置いた。

 「“届いた”と知った今のあなたなら、きっと“誰かを傷つけない言葉”を選べる。
  私はそれを、信じてる」

 エリアは、ぎゅっと唇を結び、うなずいた。

 「わたし……もっと書く。ちゃんと、わたしの“声”で」

* * *

 だがその一方で、王宮の一部では静かな波紋が広がっていた。

 「レイナ嬢の娘が、“声の象徴”となるのは危険ではないか」

 「過去、王政に干渉しないという条件で“王政参与”は退いたはず。
  娘が王政文化庁に関わるのは、暗黙の影響力と見なされてもおかしくない」

 「……次代王妃候補として育てている、という見方も出ています」

 王政内の“古き一派”が、また息を吹き返しかけていた。

 かつてレイナが否定した“胎の王”と同じように、
 “生まれながらにして政治を動かす存在”を許さない――という声が、水面下で集まりつつある。

* * *

 その動きを、いち早く察したのは王妃陛下だった。

 そして彼女は、レイナを密かに茶室へと呼び寄せた。

 「……貴女の娘が“光る”ことは、もはや隠せません。
  それが純粋な光であるほど、“陰”を連れてしまうのも世の常です」

 レイナは、黙って頷いた。

 「今のところ、まだ“囁き”の域を出てはいません。
  けれど貴女が“母として”何を発信するかで、それは噂で終わるか、争点になるかが決まる」

 「……私が、エリアを“私の娘ではなく、個人として尊重する”と明言すれば」

 「その通り。
  娘の成長を語る場であり、決して“政治的な指導”ではないと――」

 レイナは目を閉じ、静かに息を吐いた。

 「……ならば、私はもう一度、“母の声”で語りましょう。
  この子を“象徴”にしないと、誰より先に私が宣言するために」

* * *

 夜。

 庭の机でノートを開いていたエリアに、アレクシスが声をかけた。

 「……ひとつ聞いてもいいか、エリア?」

 「うん。なに?」

 「君が将来、もし“誰かの前で語る立場”になったとして――
  それでも“詩を書きたい”と思う?」

 エリアは、迷いなく答えた。

 「……うん。むしろ、“誰かに届ける言葉”があるなら、もっと書かなきゃって思うの」

 アレクシスは、小さく笑った。

 「それでいい。君の言葉が“剣”なら――僕はその鞘になろう」
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