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第三部「継ぐ者の光、試される未来」
第7話:母の声、王宮に届く
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王宮政庁・秋の臨時報告会。
本来は文官や政庁局員による内政報告の場だが、
その末席に、王妃の特別招待として、レイナ・アルセリナ=グランデが出席していた。
娘・エリアの詩が王都で注目を集め、
「次代の声」として囁かれはじめた今――
それが“政治的象徴化”される前に、母としての意思を明確にする必要があった。
壇上に立ったレイナは、静かに会場を見渡し、そして語り始めた。
「私は、本日、政に関わる発言をするためではなく、
一人の“母”として、ここに立っております」
その一言に、軽いざわつきが走る。
かつて王政の象徴にまでなったレイナが、政から離れた“私”を強調することに、意図が込められていることは明白だった。
「娘が、詩を書きました。
それが、いくつかの方々に“届いた”のだと、本人も私も感じております。
ですが、私はこの場で、はっきりと申し上げたい」
彼女の声が、わずかに強くなる。
「娘は、象徴ではありません。
そして、かつて“胎の王”とまで呼ばれた命が、
どれほどの負担と視線を背負わされてきたか――私は母として、忘れてはおりません」
会場の空気が、少し緊張に包まれる。
「娘の詩は、“誰かを救いたい”という個人の願いです。
それを“王政の未来”に結びつけるべきではない」
「私は、母として言葉を教えました。
けれど、娘が何を書くかは、すべて娘自身が選んでいます」
そこまで語ったところで、一人の貴族が手を挙げる。
「レイナ様。ご発言、心より敬意を持って伺っております。
ですが――“個人の言葉”がこれほど広く波紋を呼ぶということは、
それが“象徴に足る力”を持っているということでは?」
場の空気が一瞬、鋭くなった。
けれど、レイナは微笑んだまま、ゆっくりと答えた。
「……では、こう申しましょう。
“力があるから象徴にする”という発想こそが、国を濁らせるのです」
「人の心に届く声を、“語るため”に使うことと、
“担がれるため”に使われることは、まったく別物です」
「娘には、“語る自由”を与えたい。
そして皆様には、“担がない誠実さ”を信じたい」
その言葉に、王妃が静かに拍手を送った。
それが合図のように、数人の文官たちも、続くように掌を打つ。
そして、反論しかけた貴族たちは、言葉を飲み込んだ。
* * *
その帰り道。
レイナは王宮の中庭を歩きながら、王妃と並んでいた。
「……本当は、もうこうして壇上に立つことはないと思っていました」
「でも、あの場に必要だったのは、政治家ではなく“母の声”だった。
貴女でなければ、抑えられなかったわ」
「……娘の名が、私の意志の上で語られることだけは、許せませんでした」
「エリア嬢は、これからきっともっと多くの人に届くでしょう。
その時、また新しい壁が出てくる。けれど――」
王妃は、レイナの手をそっと握った。
「そのときには、母である貴女が、またそばにいてあげてください」
* * *
夜。
エリアは、母の帰りを待って、机に向かっていた。
「……ねえ、お母様。わたし、今日もひとつ詩ができたよ」
「見せてくれる?」
エリアはうなずいて、丁寧にノートを母に手渡した。
> 『光と影のあいだに』
>
> わたしは まだちいさい
> でも 光があれば かならず影ができることは知ってる
>
> 影をこわがるひとも
> 光をきらうひとも
>
> わたしのうたが そのあいだで そっと立てたらいいな
レイナは、それを読み終えたあと、何も言わずにエリアを抱きしめた。
「……あなたの詩は、もう充分に強いわ。
そして、優しい。……誇りよ、エリア」
エリアは、小さな声で「ありがとう」と言った。
“象徴ではなく、声として在るために”。
少女の言葉は、まだ幼く、けれど確かに世界に息づき始めていた。
本来は文官や政庁局員による内政報告の場だが、
その末席に、王妃の特別招待として、レイナ・アルセリナ=グランデが出席していた。
娘・エリアの詩が王都で注目を集め、
「次代の声」として囁かれはじめた今――
それが“政治的象徴化”される前に、母としての意思を明確にする必要があった。
壇上に立ったレイナは、静かに会場を見渡し、そして語り始めた。
「私は、本日、政に関わる発言をするためではなく、
一人の“母”として、ここに立っております」
その一言に、軽いざわつきが走る。
かつて王政の象徴にまでなったレイナが、政から離れた“私”を強調することに、意図が込められていることは明白だった。
「娘が、詩を書きました。
それが、いくつかの方々に“届いた”のだと、本人も私も感じております。
ですが、私はこの場で、はっきりと申し上げたい」
彼女の声が、わずかに強くなる。
「娘は、象徴ではありません。
そして、かつて“胎の王”とまで呼ばれた命が、
どれほどの負担と視線を背負わされてきたか――私は母として、忘れてはおりません」
会場の空気が、少し緊張に包まれる。
「娘の詩は、“誰かを救いたい”という個人の願いです。
それを“王政の未来”に結びつけるべきではない」
「私は、母として言葉を教えました。
けれど、娘が何を書くかは、すべて娘自身が選んでいます」
そこまで語ったところで、一人の貴族が手を挙げる。
「レイナ様。ご発言、心より敬意を持って伺っております。
ですが――“個人の言葉”がこれほど広く波紋を呼ぶということは、
それが“象徴に足る力”を持っているということでは?」
場の空気が一瞬、鋭くなった。
けれど、レイナは微笑んだまま、ゆっくりと答えた。
「……では、こう申しましょう。
“力があるから象徴にする”という発想こそが、国を濁らせるのです」
「人の心に届く声を、“語るため”に使うことと、
“担がれるため”に使われることは、まったく別物です」
「娘には、“語る自由”を与えたい。
そして皆様には、“担がない誠実さ”を信じたい」
その言葉に、王妃が静かに拍手を送った。
それが合図のように、数人の文官たちも、続くように掌を打つ。
そして、反論しかけた貴族たちは、言葉を飲み込んだ。
* * *
その帰り道。
レイナは王宮の中庭を歩きながら、王妃と並んでいた。
「……本当は、もうこうして壇上に立つことはないと思っていました」
「でも、あの場に必要だったのは、政治家ではなく“母の声”だった。
貴女でなければ、抑えられなかったわ」
「……娘の名が、私の意志の上で語られることだけは、許せませんでした」
「エリア嬢は、これからきっともっと多くの人に届くでしょう。
その時、また新しい壁が出てくる。けれど――」
王妃は、レイナの手をそっと握った。
「そのときには、母である貴女が、またそばにいてあげてください」
* * *
夜。
エリアは、母の帰りを待って、机に向かっていた。
「……ねえ、お母様。わたし、今日もひとつ詩ができたよ」
「見せてくれる?」
エリアはうなずいて、丁寧にノートを母に手渡した。
> 『光と影のあいだに』
>
> わたしは まだちいさい
> でも 光があれば かならず影ができることは知ってる
>
> 影をこわがるひとも
> 光をきらうひとも
>
> わたしのうたが そのあいだで そっと立てたらいいな
レイナは、それを読み終えたあと、何も言わずにエリアを抱きしめた。
「……あなたの詩は、もう充分に強いわ。
そして、優しい。……誇りよ、エリア」
エリアは、小さな声で「ありがとう」と言った。
“象徴ではなく、声として在るために”。
少女の言葉は、まだ幼く、けれど確かに世界に息づき始めていた。
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