婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第三部「継ぐ者の光、試される未来」

第15話:ミルという名の声

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詩学局の文官が、いつものように封筒を一通差し出した。

 「今日は、正式に“お名前”が添えられていましたよ」

 その言葉に、エリアの胸が少しだけ熱くなる。

 封筒の裏。
 小さな文字で書かれていたのは――**「ミル」**という名。

 前の手紙とは違い、インクも筆跡もはっきりしていた。
 何より、そこには“覚悟”のような温度が宿っていた。

 > 『エリア様
 >
 > あなたの詩、読みました。
 > “まだ名を知らぬあなたへ”――あれは、きっとわたしへの詩だと感じました。
 >
 > 正直、まだすこし怖いです。
 > でも、あの詩を読んで、はじめて“やさしい言葉が刺さらなかった”気がしたんです。
 >
 > わたし、詩人じゃないけど……。
 > 書いてみました。返事の、ようなものです。
 >
 > ――ミル』

 封筒には、手書きの詩が一篇、添えられていた。

 > 『ことばのそば』
 >
 > だれかのことばが 遠くで光って
 > わたしは そこに手をのばす
 >
 > でも つかまえようとすると
 > ことばは ふわりとにげる
 >
 > それでも そばにいてくれたら
 > わたしは たぶん また歩ける
 >
 > ありがとう とか
 > ごめんね とか
 >
 > まだ言えないけど
 > いつか言えるといいな

 その詩を読み終えたとき、エリアは涙をこらえきれなかった。

 (……ミルさん、あなたはもう、詩人だよ)

 届いた“返詩”は、確かに、どこまでも柔らかく、どこまでもまっすぐだった。

* * *

 数日後。
 エリアは、詩集第二巻の最終編集会議で「あとがき」について尋ねられた。

 「“あとがき”に、誰かへのメッセージを添えてみるのはどうか」との案に、
 彼女はゆっくりとうなずく。

 そして、その場で静かにペンを取った。

 > 《あとがき》
 >
 > この詩集は、“わたしひとり”では生まれませんでした。
 >
 > 名前のない手紙から始まったやりとりが、
 > たしかに、わたしの言葉を変えてくれたからです。
 >
 > 今、ミルという名前で詩を書いてくれたあなたに、
 > この本を一冊、贈りたいと思います。
 >
 > わたしの“ちいさな剣”は、もう一人じゃない。
 >
 > ことばが重なるたびに、
 > この世界はすこしずつ、“優しさの輪郭”を持ち始める気がします。
 >
 > ありがとう。
 > あなたの詩が、わたしをまた歩かせてくれました。
 >
 > ――エリア・グランデ

 その「あとがき」は、王都だけでなく、詩学を志す多くの学生たちの間でも話題となった。

 詩人同士の“対話”として生まれた詩集――。

 出版に際して、王妃陛下もこう述べたという。

 > 「詩が“答える力”を持ち始めたとき――
 >  わたしたちの政もまた、耳を傾けなければならないと学ばされるのです」

* * *

 その夜、エリアはレイナの隣で言った。

 「ねえお母様。わたし、“誰かを守る”ためだけじゃなくて――
  “誰かと話したい”って思って、書くようになったのかも」

 「ええ。それが、“詩人”のはじまりよ」

 母の微笑みに、エリアは静かに目を細める。

 (ありがとう、ミル。
  わたしの言葉に、あなたの声を返してくれて)
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