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第三部「継ぐ者の光、試される未来」
第14話:名を持たぬ手紙、揺れる言葉
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詩集第二巻の執筆は、順調だった。
テーマは「感情の重なり」。
怖れと安堵、怒りと理解、喜びと孤独――
相反する感情が、どうして同じ胸の中で生きていけるのか。
それを言葉で織り上げる作業は、まるで心の織物のようだった。
そんなある午後。
いつもと同じように詩学局で原稿に向かっていたエリアのもとに、一通の封筒が届いた。
しかしそれには、差出人の名前がなかった。
封は香水も押印もなく、ただの白紙に、黒のインクで綴られた手紙。
> 『エリア様の詩を読みました。
> わたしには、“やさしさ”がどうしてもわかりません。
> やさしい言葉は、ほんとうに誰かを救うのですか?
>
> わたしはそれで、救われなかった記憶ばかりがあります。
> だから、あなたの詩がきれいすぎて、怖くなるときがあります。
>
> それでも――きれいなままで、詩を書き続けてください。
> わたしには書けないから。
>
> ――名前は、まだ書けません』
読み終えたとき、エリアは、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
(この手紙は、“嫌い”って言ってるんじゃない。
ただ、“信じたいのに信じきれない”って……)
震えるようなその筆跡に、“かつての自分”を見た気がした。
* * *
その夜、レイナとアレクシスの前で、エリアは手紙のことを話した。
「この子、きっと“やさしい言葉に傷ついたことがある”んだと思う。
だれかの“ごめんね”や“だいじょうぶ”が、空っぽに聞こえたことがあるんだって……」
レイナは静かに頷いた。
「それは、とても誠実な声ね。
そして、あなたの詩が“届いたからこそ出てきた痛み”でもある」
アレクシスが、いつになく穏やかな声で言った。
「エリア。君は、どう答える?」
少女は、少しだけ考えて――はっきりと口を開いた。
「……わたし、この子に向けて“詩を書きたい”」
「手紙じゃなくて?」
「うん。手紙だと、“返す”感じになっちゃう。
でも、詩なら、“そばにいる”って言える気がするの」
ふたりの親は、黙って頷いた。
* * *
翌日、エリアが書き上げた詩は、次巻の扉に置かれる予定の一編となった。
> 『まだ名を知らぬあなたへ』
>
> やさしさは 時々 刃になる
> きれいな言葉が ざらりと 傷をなぞることがある
>
> だから わたしは
> “だいじょうぶ”を すぐには使わない
> “ごめんね”を 小さく折って 胸に入れてから使う
>
> でも もし あなたが
> “もうすこしだけ ことばに触れてもいい”と
> 思えたとき
>
> わたしの詩が ひとつでも
> “刃じゃない”って思ってくれたなら
> それは とても とても うれしいです
この詩は、読者欄に匿名で寄せられた感想と共に、王都の詩文月報に掲載された。
そして、その記事が公開された日の夜。
詩学局に、一通の返事が届く。
封筒の裏には、小さく記されていた。
差出人:ミル
テーマは「感情の重なり」。
怖れと安堵、怒りと理解、喜びと孤独――
相反する感情が、どうして同じ胸の中で生きていけるのか。
それを言葉で織り上げる作業は、まるで心の織物のようだった。
そんなある午後。
いつもと同じように詩学局で原稿に向かっていたエリアのもとに、一通の封筒が届いた。
しかしそれには、差出人の名前がなかった。
封は香水も押印もなく、ただの白紙に、黒のインクで綴られた手紙。
> 『エリア様の詩を読みました。
> わたしには、“やさしさ”がどうしてもわかりません。
> やさしい言葉は、ほんとうに誰かを救うのですか?
>
> わたしはそれで、救われなかった記憶ばかりがあります。
> だから、あなたの詩がきれいすぎて、怖くなるときがあります。
>
> それでも――きれいなままで、詩を書き続けてください。
> わたしには書けないから。
>
> ――名前は、まだ書けません』
読み終えたとき、エリアは、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
(この手紙は、“嫌い”って言ってるんじゃない。
ただ、“信じたいのに信じきれない”って……)
震えるようなその筆跡に、“かつての自分”を見た気がした。
* * *
その夜、レイナとアレクシスの前で、エリアは手紙のことを話した。
「この子、きっと“やさしい言葉に傷ついたことがある”んだと思う。
だれかの“ごめんね”や“だいじょうぶ”が、空っぽに聞こえたことがあるんだって……」
レイナは静かに頷いた。
「それは、とても誠実な声ね。
そして、あなたの詩が“届いたからこそ出てきた痛み”でもある」
アレクシスが、いつになく穏やかな声で言った。
「エリア。君は、どう答える?」
少女は、少しだけ考えて――はっきりと口を開いた。
「……わたし、この子に向けて“詩を書きたい”」
「手紙じゃなくて?」
「うん。手紙だと、“返す”感じになっちゃう。
でも、詩なら、“そばにいる”って言える気がするの」
ふたりの親は、黙って頷いた。
* * *
翌日、エリアが書き上げた詩は、次巻の扉に置かれる予定の一編となった。
> 『まだ名を知らぬあなたへ』
>
> やさしさは 時々 刃になる
> きれいな言葉が ざらりと 傷をなぞることがある
>
> だから わたしは
> “だいじょうぶ”を すぐには使わない
> “ごめんね”を 小さく折って 胸に入れてから使う
>
> でも もし あなたが
> “もうすこしだけ ことばに触れてもいい”と
> 思えたとき
>
> わたしの詩が ひとつでも
> “刃じゃない”って思ってくれたなら
> それは とても とても うれしいです
この詩は、読者欄に匿名で寄せられた感想と共に、王都の詩文月報に掲載された。
そして、その記事が公開された日の夜。
詩学局に、一通の返事が届く。
封筒の裏には、小さく記されていた。
差出人:ミル
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