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第17話 命名の祝福と、王宮に忍び寄る裏切
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生まれたばかりの娘は、日ごとに表情を変えていった。
最初は小さく泣くだけだったのに、
今では抱き上げると、私やルシアスをじっと見つめてくる。
「この子の瞳……あなたに似てるわね」
「いや、君の睫毛だ。柔らかくて、少し長い」
そんなやりとりが、いつしか私たちの日常になっていた。
王政の摂政と顧問補佐という公務の合間、
私たちは一日に何度も娘の顔をのぞき込み、そっと息を吐く。
――これ以上、何を望む必要があるのだろう。
だが、祝福と幸福のその裏で、
じわりと陰が忍び寄っていた。
* * *
「そろそろ、御名前を」
王妃陛下からの提案で、王宮礼拝堂にて正式な命名式を執り行うことが決まった。
国に名を知られる摂政の子として、祝詞と共に司祭による洗礼を受けるのが慣例だ。
「エルネア。……名は、君が決めてくれ」
「……いいの?」
「君が命を懸けて産んでくれた。なら、その名を与える資格があるのも、君だ」
私はそっと娘の顔を見つめた。
すやすやと眠るその小さな頬に指を添えながら、私は呟く。
「――リュシア」
「……ん?」
「“澄んだ月のように静かで、美しい知恵を持つ者”って意味なの。
……あなたの名“ルシアス”と響きを重ねて。けれどこの子だけの名」
ルシアスはしばし沈黙したのち、静かに頷いた。
「いい名だ。……リュシア。俺の娘に、ふさわしい」
それから数日後。
王宮中枢の貴族と神官、王族の列席のもと――
正式に命名式は執り行われた。
純白の衣を纏ったリュシアを胸に抱き、
私は壇上に立ち、王妃と並んでその名を告げた。
「この子の名は、リュシア。ディエンツ家の血と、私の愛のすべてを注ぎ育てます」
神官が神聖な祝詞を読み上げる中、
娘は、まるで意味を理解しているかのように、私の指をぎゅっと握った。
その小さな力に、涙がこぼれそうになる。
――この命を、何があっても守る。
それは王宮全体を包む祝福の中で、
私と彼が心に刻んだ、静かな誓いだった。
* * *
だが。
「……陛下、侍従頭補佐の動き、少々おかしくありませんか?」
王妃付きの側近が、ふと私に耳打ちした。
「側近の一人が、王位奪還派と通じていた可能性があると。
正式な証拠は掴めておりませんが――」
(王宮内に、まだ“あの一派”の息が残っている……?)
疑念はすぐにルシアスの元にも届き、
彼は即座に命じた。
「内務局を動かせ。密偵の一人に、王宮内人脈の再調査を命じる。
“娘の命名”に合わせて動くということは、狙いは明確だ」
「エルネアとリュシア、だな」
私は初めて、彼が“公務の場”で娘の名を口にしたのを聞いた。
それだけで、背筋が震えた。
この子は、私の命だけでなく、
彼の“すべて”の象徴になっている。
だからこそ、狙われる。
だからこそ、守らなければならない。
* * *
そして数日後。
宮廷の奥、誰もが眠るはずの深夜――
一人の侍従補佐が、王妃の執務室へと侵入を試みた。
「――そこまでだ」
待ち伏せていた近衛たちが、音もなく取り囲む。
男はすぐに取り押さえられたが、その口から出たのは思いもよらぬ名だった。
「“あの子”さえいなければ……王家の正統は、まだ……!」
「王家は、王妃と国王陛下の御意志で次代を摂政に託したのだ。
――それに逆らう者は、王ではない。反逆者だ」
そう言い放ったのは、王妃陛下ご自身だった。
あくまで静かに、
けれど氷のような気品と強さを携えて。
私はその様子を見ながら、背筋を伸ばした。
王妃もまた、私たちを守るために“戦っている”。
ならば私も。
ルシアスの妻として。リュシアの母として――
「……この命を、王宮の柱にしてみせます」
そう、誓った。
* * *
その夜、寝室。
私は娘を抱きながら、そっと夫に告げた。
「ねえ……きっとこれから、もっと嵐が来るわ。
でも、私もう迷わない」
「……何かあったのか?」
「ううん。あなたと、リュシアがいるから。
私は、ようやく“家族”ってものに手が届いたの。
失いたくないから、どんな手段でも戦えるわ」
ルシアスは無言で私を見つめ――
その額に、優しく口づけた。
「……その強さを、誰より誇りに思う。
――俺が、絶対に守る。君の意志も、命も、娘も」
小さな寝息を立てるリュシアの眠る音が、
穏やかに、部屋を包んでいた。
そしてその平穏の奥で、
またひとつ、王政の歴史が進んでいこうとしていた――。
最初は小さく泣くだけだったのに、
今では抱き上げると、私やルシアスをじっと見つめてくる。
「この子の瞳……あなたに似てるわね」
「いや、君の睫毛だ。柔らかくて、少し長い」
そんなやりとりが、いつしか私たちの日常になっていた。
王政の摂政と顧問補佐という公務の合間、
私たちは一日に何度も娘の顔をのぞき込み、そっと息を吐く。
――これ以上、何を望む必要があるのだろう。
だが、祝福と幸福のその裏で、
じわりと陰が忍び寄っていた。
* * *
「そろそろ、御名前を」
王妃陛下からの提案で、王宮礼拝堂にて正式な命名式を執り行うことが決まった。
国に名を知られる摂政の子として、祝詞と共に司祭による洗礼を受けるのが慣例だ。
「エルネア。……名は、君が決めてくれ」
「……いいの?」
「君が命を懸けて産んでくれた。なら、その名を与える資格があるのも、君だ」
私はそっと娘の顔を見つめた。
すやすやと眠るその小さな頬に指を添えながら、私は呟く。
「――リュシア」
「……ん?」
「“澄んだ月のように静かで、美しい知恵を持つ者”って意味なの。
……あなたの名“ルシアス”と響きを重ねて。けれどこの子だけの名」
ルシアスはしばし沈黙したのち、静かに頷いた。
「いい名だ。……リュシア。俺の娘に、ふさわしい」
それから数日後。
王宮中枢の貴族と神官、王族の列席のもと――
正式に命名式は執り行われた。
純白の衣を纏ったリュシアを胸に抱き、
私は壇上に立ち、王妃と並んでその名を告げた。
「この子の名は、リュシア。ディエンツ家の血と、私の愛のすべてを注ぎ育てます」
神官が神聖な祝詞を読み上げる中、
娘は、まるで意味を理解しているかのように、私の指をぎゅっと握った。
その小さな力に、涙がこぼれそうになる。
――この命を、何があっても守る。
それは王宮全体を包む祝福の中で、
私と彼が心に刻んだ、静かな誓いだった。
* * *
だが。
「……陛下、侍従頭補佐の動き、少々おかしくありませんか?」
王妃付きの側近が、ふと私に耳打ちした。
「側近の一人が、王位奪還派と通じていた可能性があると。
正式な証拠は掴めておりませんが――」
(王宮内に、まだ“あの一派”の息が残っている……?)
疑念はすぐにルシアスの元にも届き、
彼は即座に命じた。
「内務局を動かせ。密偵の一人に、王宮内人脈の再調査を命じる。
“娘の命名”に合わせて動くということは、狙いは明確だ」
「エルネアとリュシア、だな」
私は初めて、彼が“公務の場”で娘の名を口にしたのを聞いた。
それだけで、背筋が震えた。
この子は、私の命だけでなく、
彼の“すべて”の象徴になっている。
だからこそ、狙われる。
だからこそ、守らなければならない。
* * *
そして数日後。
宮廷の奥、誰もが眠るはずの深夜――
一人の侍従補佐が、王妃の執務室へと侵入を試みた。
「――そこまでだ」
待ち伏せていた近衛たちが、音もなく取り囲む。
男はすぐに取り押さえられたが、その口から出たのは思いもよらぬ名だった。
「“あの子”さえいなければ……王家の正統は、まだ……!」
「王家は、王妃と国王陛下の御意志で次代を摂政に託したのだ。
――それに逆らう者は、王ではない。反逆者だ」
そう言い放ったのは、王妃陛下ご自身だった。
あくまで静かに、
けれど氷のような気品と強さを携えて。
私はその様子を見ながら、背筋を伸ばした。
王妃もまた、私たちを守るために“戦っている”。
ならば私も。
ルシアスの妻として。リュシアの母として――
「……この命を、王宮の柱にしてみせます」
そう、誓った。
* * *
その夜、寝室。
私は娘を抱きながら、そっと夫に告げた。
「ねえ……きっとこれから、もっと嵐が来るわ。
でも、私もう迷わない」
「……何かあったのか?」
「ううん。あなたと、リュシアがいるから。
私は、ようやく“家族”ってものに手が届いたの。
失いたくないから、どんな手段でも戦えるわ」
ルシアスは無言で私を見つめ――
その額に、優しく口づけた。
「……その強さを、誰より誇りに思う。
――俺が、絶対に守る。君の意志も、命も、娘も」
小さな寝息を立てるリュシアの眠る音が、
穏やかに、部屋を包んでいた。
そしてその平穏の奥で、
またひとつ、王政の歴史が進んでいこうとしていた――。
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