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第13話:毒杯と盾
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舞踏会の最中、ひと際華やかな音楽が流れる中央広間。
クラリス・エルフォードとユリウス・ルーベルトは、王宮の視線を一身に集めながら優雅に舞っていた。
だがその裏で――一つの毒が、静かに、着実に運ばれていた。
銀の酒器。その内側に、微量の神経毒が塗られている。摂取すれば、踊りの途中でめまいと失神を引き起こし、最悪の場合は――死。
その器が、クラリスのもとへと運ばれようとした瞬間――
「クラリス、下がれ!」
ノア・ヴァレンティアが飛び込むように広間に現れた。
近衛騎士の制服を翻しながら、躊躇なく給仕係の手から器をはたき落とす。
カラン……ッ!
音を立てて床に転がる銀杯。中の赤いワインが、床に広がる。
「ノア……!? 何を――」
「その器、内側に毒が塗られていた。確認済みだ」
ざわめく会場。
瞬く間に、騎士たちが駆け寄り、給仕係の男を取り押さえた。
「し、知らない……私はただ言われた通りに運んだだけで……!」
「誰にだ?」
「……わ、分かりません! 顔も名前も……!」
震える給仕係の供述に、クラリスはゆっくりと前に出た。
「それで通るとお思い? この場は、王家直轄の舞踏会ですのよ」
彼女の声は静かだったが、広間の空気を一瞬で張りつめさせた。
「毒を仕込んだ者は、私を狙った。――ならば、これは“私の問題”。私が判断を下します」
周囲が息をのむなか、クラリスは給仕係の目をまっすぐに見据える。
「人の命を危険に晒しながら、名前も出せないなどという中途半端な忠誠に、価値はありません。あなたは利用されたの。そう認めてしまえばいい。さもなくば――あなたの名は“国家転覆の加担者”として、記録に残るだけ」
その迫力に、給仕係はついに膝を折った。
「っ……カ、カースウェル家の使用人です! でも、主家の命令じゃ……っ、ただ金で雇われただけで!」
「……カースウェル家、ですって?」
広間が再びざわめく。
名指しされたのは――クラリスの元婚約候補、レオン・カースウェルの家。
そこにいたレオンが、即座に前に出た。
「待ってくれ! 僕の家が命じたとは思えない。……だが、家の中に“誰か”が独断で動いた可能性はある。必ず調べて、明らかにする」
その目は真摯だった。だが、クラリスは一歩も退かない。
「レオン。今この場で、あなた自身が“疑いを晴らす覚悟”を示せるかどうか――それが、私にとっての判断材料ですわ」
レオンは唇を引き結び、頭を下げた。
「……わかった。責任は取る。必ず、真実を突き止めてみせる」
クラリスはそれを見届け、再び会場の中央に立つ。
「皆さま。今回の件について、主催者として深くお詫び申し上げます。そして、今後このようなことが起きぬよう、全貴族家に向けて“調査の権限”を行使することを宣言いたします」
その一言は――まさに“権力者の宣言”だった。
クラリス・エルフォード。
彼女はこの夜、社交界の「華」から、「裁きと支配を司る者」へと昇格したのだ。
その傍らで、ノアが静かに見つめていた。
(君は本当に、遠くまで来たな……。もう、どんな敵にも負けない)
――毒杯と盾。
華やかな舞踏会は、血なまぐさい陰謀を払った上で、ようやくその幕を下ろした。
クラリス・エルフォードとユリウス・ルーベルトは、王宮の視線を一身に集めながら優雅に舞っていた。
だがその裏で――一つの毒が、静かに、着実に運ばれていた。
銀の酒器。その内側に、微量の神経毒が塗られている。摂取すれば、踊りの途中でめまいと失神を引き起こし、最悪の場合は――死。
その器が、クラリスのもとへと運ばれようとした瞬間――
「クラリス、下がれ!」
ノア・ヴァレンティアが飛び込むように広間に現れた。
近衛騎士の制服を翻しながら、躊躇なく給仕係の手から器をはたき落とす。
カラン……ッ!
音を立てて床に転がる銀杯。中の赤いワインが、床に広がる。
「ノア……!? 何を――」
「その器、内側に毒が塗られていた。確認済みだ」
ざわめく会場。
瞬く間に、騎士たちが駆け寄り、給仕係の男を取り押さえた。
「し、知らない……私はただ言われた通りに運んだだけで……!」
「誰にだ?」
「……わ、分かりません! 顔も名前も……!」
震える給仕係の供述に、クラリスはゆっくりと前に出た。
「それで通るとお思い? この場は、王家直轄の舞踏会ですのよ」
彼女の声は静かだったが、広間の空気を一瞬で張りつめさせた。
「毒を仕込んだ者は、私を狙った。――ならば、これは“私の問題”。私が判断を下します」
周囲が息をのむなか、クラリスは給仕係の目をまっすぐに見据える。
「人の命を危険に晒しながら、名前も出せないなどという中途半端な忠誠に、価値はありません。あなたは利用されたの。そう認めてしまえばいい。さもなくば――あなたの名は“国家転覆の加担者”として、記録に残るだけ」
その迫力に、給仕係はついに膝を折った。
「っ……カ、カースウェル家の使用人です! でも、主家の命令じゃ……っ、ただ金で雇われただけで!」
「……カースウェル家、ですって?」
広間が再びざわめく。
名指しされたのは――クラリスの元婚約候補、レオン・カースウェルの家。
そこにいたレオンが、即座に前に出た。
「待ってくれ! 僕の家が命じたとは思えない。……だが、家の中に“誰か”が独断で動いた可能性はある。必ず調べて、明らかにする」
その目は真摯だった。だが、クラリスは一歩も退かない。
「レオン。今この場で、あなた自身が“疑いを晴らす覚悟”を示せるかどうか――それが、私にとっての判断材料ですわ」
レオンは唇を引き結び、頭を下げた。
「……わかった。責任は取る。必ず、真実を突き止めてみせる」
クラリスはそれを見届け、再び会場の中央に立つ。
「皆さま。今回の件について、主催者として深くお詫び申し上げます。そして、今後このようなことが起きぬよう、全貴族家に向けて“調査の権限”を行使することを宣言いたします」
その一言は――まさに“権力者の宣言”だった。
クラリス・エルフォード。
彼女はこの夜、社交界の「華」から、「裁きと支配を司る者」へと昇格したのだ。
その傍らで、ノアが静かに見つめていた。
(君は本当に、遠くまで来たな……。もう、どんな敵にも負けない)
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