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駅前のロータリーを、雨が静かに打ち続けていた。
街灯の光を受けて、濡れたアスファルトが銀色に光っている。
蓮は俺の腕の中で、少し震えていた。
雨の冷たさだけじゃない。
俺も同じだった。
あたたかいのに、心臓が痛いくらい鳴っている。
「……蓮」
名前を呼ぶと、あいつが俺の胸に顔を押しつける。
「行きたくない」って、かすれた声が聞こえた。
「じゃあ……行くなよ」
「簡単に言うなよ。転校、もう決まってるんだ。
親の転勤で、俺だけ残るなんて、無理なんだよ……」
声が震える。
俺の制服を握る手に、爪が食い込む。
ああ、そうだよな。
現実は、俺の「行くな」一言で止まるほど甘くない。
けど――
「俺、お前がいないの……イヤだ」
震える声で、気持ちが勝手に漏れた。
恥ずかしいとか、格好悪いとか、そんな余裕はなかった。
ただ、俺の中の“嘘”が全部剥がれ落ちていくみたいだった。
蓮は少し顔を上げて、俺を見た。
濡れた前髪の向こうで、真っ直ぐな瞳が揺れている。
「……本気で言ってる?」
「ああ」
「逃げたり、しない?」
「もう……しねぇよ」
あの日。
俺はあいつの想いから逃げた。
怖くて、壊れそうで、全部見なかったふりをした。
でももう、目をそらすのはやめる。
「お前のこと、好きだから」
雨音の中でもはっきり届く声で言った。
蓮の目に、涙がにじむ。
気づけば、俺たちは並んで夜道を歩いていた。
蓮の家までの帰り道。
冷たい雨がまだ少し降っていたけど、もう寒くはなかった。
「ずぶ濡れだな……」
「匠のせい」
「は?」
「だって、会いに来ると思わなかったから」
蓮が少し笑う。
その笑顔は、涙と雨でぐしゃぐしゃなのに、俺には眩しすぎた。
「行かせねぇよ」
「……そんなこと、言うなよ。泣きそうになる」
「もう泣いてんだろ」
「うるさい」
蓮が肩をぶつけてくる。
俺も小さく笑った。
玄関の灯りがついている家の前まで来ると、二人の間に静かな空気が流れた。
いつもなら、ここで「じゃあな」で終わってたはずなのに。
蓮は扉に手をかけることなく、少し俺を見上げた。
「……少し、寄ってく?」
心臓がドクンと鳴った。
雨よりも、夜風よりも、蓮の声のほうが熱い。
「いいのかよ」
「いいよ。……今夜くらい、わがまま言ってもいいだろ」
部屋に入ると、蓮はタオルを俺に差し出してきた。
制服もシャツもぐしょぐしょで、床に水たまりができる。
「風邪ひくよ」
「お前もな」
蓮が笑いながらタオルを頭に乗せてくる。
その仕草が、やけに近くて。
胸の奥がくすぐったくなった。
俺が無言で見つめていると、蓮がふいに目をそらした。
耳まで赤くなっている。
「……そんな、真っ直ぐ見るなよ」
「お前が真っ直ぐ言ってきたんだろ」
「……それは、そうだけど」
いつも冷静な蓮が、今は少しだけ揺れている。
その姿が、やけに愛おしかった。
ベッドの端に二人で並んで座る。
濡れた制服が肌に貼りついて、体温が妙に近い。
雨音が遠くで響いている。
「なぁ、蓮」
「ん?」
「お前さ……俺の、どこが好きなんだよ」
気づけば、聞いていた。
恥ずかしい質問だってわかってる。
でも、知りたかった。
逃げずに、ちゃんと。
蓮は少し考えて、それからまっすぐ俺を見た。
「……匠は、自分のことずっと下に見てるだろ」
「……うるせぇな」
「でも俺には、そういうとこが……たまらなく、放っておけなかったんだよ」
「最初は怖いやつだと思った。でも、見てると全然ちがう。
本当は、不器用で、優しくて、誰よりもちゃんと人を見てる」
俺は息を呑んだ。
誰もそんなふうに言ってくれたこと、なかった。
蓮は続ける。
「俺、匠といると……息がしやすいんだ」
その一言が、胸に突き刺さった。
暖かくて、泣きたくなるような痛みだった。
「バカ……お前、そんなの、ズルいだろ」
「ズルいのはそっちだよ」
蓮が顔を近づける。
今度は、俺が先に唇を重ねた。
静かな部屋の中で、雨音と心臓の音だけが響く。
長い、甘いキスだった。
唇が離れたあとも、息が絡まる。
ベッドの上で、肩を並べて横になる。
手と手をつなぐと、蓮の指が少し震えていた。
俺も同じだった。
「行きたくねぇ」
「俺だって行きたくない」
「……だったらさ」
「ん?」
「どんな形でもいいから、俺の隣にいろよ」
蓮が目を細めて、俺の手をぎゅっと握る。
「……うん」
その返事が、世界のどんな言葉よりもあたたかかった。
外はまだ雨が降っていた。
でも、部屋の中は不思議と静かで、あたたかかった。
あの屋上から始まった、歪で苦しい想いが、
ようやく――一つになった夜だった。
街灯の光を受けて、濡れたアスファルトが銀色に光っている。
蓮は俺の腕の中で、少し震えていた。
雨の冷たさだけじゃない。
俺も同じだった。
あたたかいのに、心臓が痛いくらい鳴っている。
「……蓮」
名前を呼ぶと、あいつが俺の胸に顔を押しつける。
「行きたくない」って、かすれた声が聞こえた。
「じゃあ……行くなよ」
「簡単に言うなよ。転校、もう決まってるんだ。
親の転勤で、俺だけ残るなんて、無理なんだよ……」
声が震える。
俺の制服を握る手に、爪が食い込む。
ああ、そうだよな。
現実は、俺の「行くな」一言で止まるほど甘くない。
けど――
「俺、お前がいないの……イヤだ」
震える声で、気持ちが勝手に漏れた。
恥ずかしいとか、格好悪いとか、そんな余裕はなかった。
ただ、俺の中の“嘘”が全部剥がれ落ちていくみたいだった。
蓮は少し顔を上げて、俺を見た。
濡れた前髪の向こうで、真っ直ぐな瞳が揺れている。
「……本気で言ってる?」
「ああ」
「逃げたり、しない?」
「もう……しねぇよ」
あの日。
俺はあいつの想いから逃げた。
怖くて、壊れそうで、全部見なかったふりをした。
でももう、目をそらすのはやめる。
「お前のこと、好きだから」
雨音の中でもはっきり届く声で言った。
蓮の目に、涙がにじむ。
気づけば、俺たちは並んで夜道を歩いていた。
蓮の家までの帰り道。
冷たい雨がまだ少し降っていたけど、もう寒くはなかった。
「ずぶ濡れだな……」
「匠のせい」
「は?」
「だって、会いに来ると思わなかったから」
蓮が少し笑う。
その笑顔は、涙と雨でぐしゃぐしゃなのに、俺には眩しすぎた。
「行かせねぇよ」
「……そんなこと、言うなよ。泣きそうになる」
「もう泣いてんだろ」
「うるさい」
蓮が肩をぶつけてくる。
俺も小さく笑った。
玄関の灯りがついている家の前まで来ると、二人の間に静かな空気が流れた。
いつもなら、ここで「じゃあな」で終わってたはずなのに。
蓮は扉に手をかけることなく、少し俺を見上げた。
「……少し、寄ってく?」
心臓がドクンと鳴った。
雨よりも、夜風よりも、蓮の声のほうが熱い。
「いいのかよ」
「いいよ。……今夜くらい、わがまま言ってもいいだろ」
部屋に入ると、蓮はタオルを俺に差し出してきた。
制服もシャツもぐしょぐしょで、床に水たまりができる。
「風邪ひくよ」
「お前もな」
蓮が笑いながらタオルを頭に乗せてくる。
その仕草が、やけに近くて。
胸の奥がくすぐったくなった。
俺が無言で見つめていると、蓮がふいに目をそらした。
耳まで赤くなっている。
「……そんな、真っ直ぐ見るなよ」
「お前が真っ直ぐ言ってきたんだろ」
「……それは、そうだけど」
いつも冷静な蓮が、今は少しだけ揺れている。
その姿が、やけに愛おしかった。
ベッドの端に二人で並んで座る。
濡れた制服が肌に貼りついて、体温が妙に近い。
雨音が遠くで響いている。
「なぁ、蓮」
「ん?」
「お前さ……俺の、どこが好きなんだよ」
気づけば、聞いていた。
恥ずかしい質問だってわかってる。
でも、知りたかった。
逃げずに、ちゃんと。
蓮は少し考えて、それからまっすぐ俺を見た。
「……匠は、自分のことずっと下に見てるだろ」
「……うるせぇな」
「でも俺には、そういうとこが……たまらなく、放っておけなかったんだよ」
「最初は怖いやつだと思った。でも、見てると全然ちがう。
本当は、不器用で、優しくて、誰よりもちゃんと人を見てる」
俺は息を呑んだ。
誰もそんなふうに言ってくれたこと、なかった。
蓮は続ける。
「俺、匠といると……息がしやすいんだ」
その一言が、胸に突き刺さった。
暖かくて、泣きたくなるような痛みだった。
「バカ……お前、そんなの、ズルいだろ」
「ズルいのはそっちだよ」
蓮が顔を近づける。
今度は、俺が先に唇を重ねた。
静かな部屋の中で、雨音と心臓の音だけが響く。
長い、甘いキスだった。
唇が離れたあとも、息が絡まる。
ベッドの上で、肩を並べて横になる。
手と手をつなぐと、蓮の指が少し震えていた。
俺も同じだった。
「行きたくねぇ」
「俺だって行きたくない」
「……だったらさ」
「ん?」
「どんな形でもいいから、俺の隣にいろよ」
蓮が目を細めて、俺の手をぎゅっと握る。
「……うん」
その返事が、世界のどんな言葉よりもあたたかかった。
外はまだ雨が降っていた。
でも、部屋の中は不思議と静かで、あたたかかった。
あの屋上から始まった、歪で苦しい想いが、
ようやく――一つになった夜だった。
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