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蓮が学校に戻ってくることは、その週もなかった。
「転校、マジらしいよ」
「来週には引っ越すって」
廊下の噂話は、もう“本当のこと”として広がっていた。
俺の耳にも、何度も何度もその言葉が突き刺さる。
……信じたくねぇ。
でも、現実は勝手に進んでいく。
放課後。
机に突っ伏したまま、気づけば教室に俺ひとりだった。
窓の外、薄い灰色の雲が広がり始めている。
どこかでカラスが鳴いて、風がカーテンを揺らした。
静かすぎる教室は、やけに冷たい。
俺の胸の中も、同じように冷え切っていた。
「……俺、なにしてんだよ」
蓮にあんな言い方して、避けて、突き放して。
全部、自分で壊したくせに――
いざ、いなくなるって話を聞いた途端、心臓が勝手に暴れ出す。
“転校”なんて、他人事のはずなのに。
こんなに怖いなんて、知らなかった。
俺、蓮のいない世界なんて、考えたこともなかったんだ。
夜。
雨が降っていた。
ポツ、ポツと最初は静かに。
そのうち、まるで世界を洗い流すような土砂降りに変わっていった。
俺は傘も差さず、街灯の少ない道を歩いていた。
行き先なんて決めていない。
でも、身体の奥が“ここじゃない”と叫んでいる。
足が勝手に、あの日と同じように、蓮を探していた。
駅前のロータリーに着いたとき、時計の針は夜9時を回っていた。
最終に近いバスが停まっていて、数人の人影が傘をさしている。
その中に――
見覚えのある、真っ白なシャツ。
びしょ濡れになった蓮が、バス停のベンチに座っていた。
膝の上には小さなカバン。
俯いて、手をぎゅっと握りしめている。
「……蓮」
声が勝手に出た。
蓮が顔を上げる。
濡れた前髪の向こうで、あいつの瞳が大きく見開かれた。
「匠……?」
その一言で、俺の中の何かが完全に弾けた。
「お前、行くのかよ」
声が震える。
雨のせいか、涙のせいか、自分でも分からなかった。
「転校……するんだろ。だったら、なんで……なんで何も言わねぇんだよ」
「……言えるわけ、ないだろ」
蓮の声も震えていた。
「俺、匠に……ちゃんと気持ち伝えたのに。拒まれて、それでもずっと好きで……
これ以上、勝手にしがみついていいのか分かんなかった……!」
雨音がうるさい。
でも、蓮の声だけは、はっきり届いた。
俺は一歩、蓮に近づいた。
濡れたアスファルトが靴底を冷たく包む。
「バカかよ。勝手にいなくなんなよ」
「……もう、何言っていいか分かんないよ」
「俺だって分かんねぇよ! でも――」
拳を握った。
全身が震えていた。
「行くなよ……俺、ずっとお前のことが頭から離れねぇんだよ……!」
喉の奥から、絞るように本音がこぼれた。
格好悪くて、情けなくて、それでも止められなかった。
「俺、お前のこと……好きなんだよ」
蓮が、はっと息を飲んだ。
次の瞬間、蓮が立ち上がって、俺に駆け寄った。
びしょ濡れの身体が、俺の胸にぶつかる。
冷たいはずなのに、あたたかい。
抱きしめた瞬間、世界が音を失った。
「遅いよ……匠」
蓮の声が、俺の胸のあたりで震えていた。
「悪ぃ……」
それしか言えなかった。
蓮の手が、俺の制服の背中をぎゅっと掴んだ。
俺も、もう二度と離さないみたいに、その身体を強く抱きしめ返す。
どちらからともなく、唇が触れた。
冷たい雨の粒が頬を伝って、唇の端を濡らす。
震える息と息が重なる。
初めてだった。
誰かと、こんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけ合うのは。
キスなんて、くだらない冗談でしか聞いたことなかったのに。
今は、こんなにも切なくて、こんなにも甘い。
「……行くな」
「行かない。……行きたくない」
蓮が小さく笑った。
雨の夜なのに、その笑顔は確かに“光”だった。
「転校、マジらしいよ」
「来週には引っ越すって」
廊下の噂話は、もう“本当のこと”として広がっていた。
俺の耳にも、何度も何度もその言葉が突き刺さる。
……信じたくねぇ。
でも、現実は勝手に進んでいく。
放課後。
机に突っ伏したまま、気づけば教室に俺ひとりだった。
窓の外、薄い灰色の雲が広がり始めている。
どこかでカラスが鳴いて、風がカーテンを揺らした。
静かすぎる教室は、やけに冷たい。
俺の胸の中も、同じように冷え切っていた。
「……俺、なにしてんだよ」
蓮にあんな言い方して、避けて、突き放して。
全部、自分で壊したくせに――
いざ、いなくなるって話を聞いた途端、心臓が勝手に暴れ出す。
“転校”なんて、他人事のはずなのに。
こんなに怖いなんて、知らなかった。
俺、蓮のいない世界なんて、考えたこともなかったんだ。
夜。
雨が降っていた。
ポツ、ポツと最初は静かに。
そのうち、まるで世界を洗い流すような土砂降りに変わっていった。
俺は傘も差さず、街灯の少ない道を歩いていた。
行き先なんて決めていない。
でも、身体の奥が“ここじゃない”と叫んでいる。
足が勝手に、あの日と同じように、蓮を探していた。
駅前のロータリーに着いたとき、時計の針は夜9時を回っていた。
最終に近いバスが停まっていて、数人の人影が傘をさしている。
その中に――
見覚えのある、真っ白なシャツ。
びしょ濡れになった蓮が、バス停のベンチに座っていた。
膝の上には小さなカバン。
俯いて、手をぎゅっと握りしめている。
「……蓮」
声が勝手に出た。
蓮が顔を上げる。
濡れた前髪の向こうで、あいつの瞳が大きく見開かれた。
「匠……?」
その一言で、俺の中の何かが完全に弾けた。
「お前、行くのかよ」
声が震える。
雨のせいか、涙のせいか、自分でも分からなかった。
「転校……するんだろ。だったら、なんで……なんで何も言わねぇんだよ」
「……言えるわけ、ないだろ」
蓮の声も震えていた。
「俺、匠に……ちゃんと気持ち伝えたのに。拒まれて、それでもずっと好きで……
これ以上、勝手にしがみついていいのか分かんなかった……!」
雨音がうるさい。
でも、蓮の声だけは、はっきり届いた。
俺は一歩、蓮に近づいた。
濡れたアスファルトが靴底を冷たく包む。
「バカかよ。勝手にいなくなんなよ」
「……もう、何言っていいか分かんないよ」
「俺だって分かんねぇよ! でも――」
拳を握った。
全身が震えていた。
「行くなよ……俺、ずっとお前のことが頭から離れねぇんだよ……!」
喉の奥から、絞るように本音がこぼれた。
格好悪くて、情けなくて、それでも止められなかった。
「俺、お前のこと……好きなんだよ」
蓮が、はっと息を飲んだ。
次の瞬間、蓮が立ち上がって、俺に駆け寄った。
びしょ濡れの身体が、俺の胸にぶつかる。
冷たいはずなのに、あたたかい。
抱きしめた瞬間、世界が音を失った。
「遅いよ……匠」
蓮の声が、俺の胸のあたりで震えていた。
「悪ぃ……」
それしか言えなかった。
蓮の手が、俺の制服の背中をぎゅっと掴んだ。
俺も、もう二度と離さないみたいに、その身体を強く抱きしめ返す。
どちらからともなく、唇が触れた。
冷たい雨の粒が頬を伝って、唇の端を濡らす。
震える息と息が重なる。
初めてだった。
誰かと、こんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけ合うのは。
キスなんて、くだらない冗談でしか聞いたことなかったのに。
今は、こんなにも切なくて、こんなにも甘い。
「……行くな」
「行かない。……行きたくない」
蓮が小さく笑った。
雨の夜なのに、その笑顔は確かに“光”だった。
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