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第5話 「リクを、返せ――」
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宰相ゼフィルス・ル・レイグランが、
“王命”すら一時停止させたとされる、その日の出来事は、
後に王宮史に「黒の日」として記されることになる。
その発端は、たったひとつ。
――リクの失踪だった。
* * *
朝。
いつもなら、寝台で眠っているはずのリクの姿がなかった。
「……いない?」
ゼフィルスは、すぐに部屋中を見回した。
窓も、扉も、乱された形跡はない。
だが、机の上には――置き手紙。
“迷惑をかけたくなかった。俺のせいで、あんたが傷つくのは嫌だった。
だから、しばらくひとりで考えたい。
……ごめん。”
筆跡は震えていた。
けれどゼフィルスは、すぐに確信した。
「……これは、リクの字ではない」
次の瞬間、彼は私室を飛び出していた。
* * *
「城門は!? 誰が、誰を通した!?」
「はっ……今朝方、廊下を掃除していた使用人が行方不明との報告が――」
「顔を偽った侵入者がいたとでも言うのか? この俺の城で、か?」
怒気を孕んだ声に、周囲の空気が凍る。
ゼフィルスは目を細める。
「これは、“俺の心”を狙った誘拐だ。
リクは、俺が唯一守ると決めた存在。……だから、奴らは“そこ”を突いてきた」
「閣下……王宮の調査班に、連絡を――」
「遅い。俺が行く」
「……っ!」
あの冷酷と謳われた宰相が、
この十年で初めて、政務をすべて放棄して剣を取った。
その姿は、恐ろしくもあった。
だが――それ以上に、誰よりも人間らしかった。
* * *
そして夜。
王都南部、貴族の古い廃屋にて。
リクは、床に座らされ、腕を縛られていた。
(ここ、どこ……?)
喉は乾き、頭も重い。
けれど、意識はまだはっきりしていた。
(ゼフィルス……俺、また、守られるだけになっちゃうのかな)
涙がにじむ。
けれど、誰かの足音が近づいた。
「起きているか?」
現れたのは、銀髪の青年――
王政改革に不満を持つ古き貴族の一派に連なる者。
「お前が“宰相の鍵”だとは、驚いた。
……孤児のくせに、王宮の中枢を揺るがすとはな」
「……ゼフィルスに、手を出したら……俺、許さない……」
「ふん。小僧が何を言う。
だが安心しろ。お前は彼にとって、ただの“心の鎖”。
その鎖を断ち切れば、あの男も所詮は“ただの政務機械”に戻る」
「違う!」
リクは叫んだ。
「ゼフィルスは、冷たい人なんかじゃない!
俺のために怒ってくれて、傷ついてくれて――
……ちゃんと、泣いてくれたんだ!」
「……泣いた?」
その言葉に、貴族の目が揺らぐ。
だが次の瞬間――
「――リクッ!!」
扉が吹き飛ばされるように開かれた。
そこに現れたのは、漆黒の外套をなびかせたゼフィルス。
剣も抜かず、ただその視線だけで、
部屋の空気を支配した。
「貴様……!」
「リクに指一本でも触れてみろ。
その瞬間、貴様の一族を根絶やしにする」
静かに告げたその声に、誰も動けなかった。
ゼフィルスは歩み寄り、ゆっくりとリクを抱き起こす。
「……遅くなった」
「……ぜ、フィルス……」
その名を、震えながら呼ばれた瞬間――
ゼフィルスの表情が、崩れた。
「怖かったな……リク。
もう二度と、お前を“手放さない”。
だから――生きていてくれて、ありがとう」
その夜、冷血宰相と呼ばれた男が、
初めて“抱きしめるためだけに”剣を抜いた。
そしてそれが、
リクの心を本当の意味で――“恋”へと変える、はじまりとなった。
“王命”すら一時停止させたとされる、その日の出来事は、
後に王宮史に「黒の日」として記されることになる。
その発端は、たったひとつ。
――リクの失踪だった。
* * *
朝。
いつもなら、寝台で眠っているはずのリクの姿がなかった。
「……いない?」
ゼフィルスは、すぐに部屋中を見回した。
窓も、扉も、乱された形跡はない。
だが、机の上には――置き手紙。
“迷惑をかけたくなかった。俺のせいで、あんたが傷つくのは嫌だった。
だから、しばらくひとりで考えたい。
……ごめん。”
筆跡は震えていた。
けれどゼフィルスは、すぐに確信した。
「……これは、リクの字ではない」
次の瞬間、彼は私室を飛び出していた。
* * *
「城門は!? 誰が、誰を通した!?」
「はっ……今朝方、廊下を掃除していた使用人が行方不明との報告が――」
「顔を偽った侵入者がいたとでも言うのか? この俺の城で、か?」
怒気を孕んだ声に、周囲の空気が凍る。
ゼフィルスは目を細める。
「これは、“俺の心”を狙った誘拐だ。
リクは、俺が唯一守ると決めた存在。……だから、奴らは“そこ”を突いてきた」
「閣下……王宮の調査班に、連絡を――」
「遅い。俺が行く」
「……っ!」
あの冷酷と謳われた宰相が、
この十年で初めて、政務をすべて放棄して剣を取った。
その姿は、恐ろしくもあった。
だが――それ以上に、誰よりも人間らしかった。
* * *
そして夜。
王都南部、貴族の古い廃屋にて。
リクは、床に座らされ、腕を縛られていた。
(ここ、どこ……?)
喉は乾き、頭も重い。
けれど、意識はまだはっきりしていた。
(ゼフィルス……俺、また、守られるだけになっちゃうのかな)
涙がにじむ。
けれど、誰かの足音が近づいた。
「起きているか?」
現れたのは、銀髪の青年――
王政改革に不満を持つ古き貴族の一派に連なる者。
「お前が“宰相の鍵”だとは、驚いた。
……孤児のくせに、王宮の中枢を揺るがすとはな」
「……ゼフィルスに、手を出したら……俺、許さない……」
「ふん。小僧が何を言う。
だが安心しろ。お前は彼にとって、ただの“心の鎖”。
その鎖を断ち切れば、あの男も所詮は“ただの政務機械”に戻る」
「違う!」
リクは叫んだ。
「ゼフィルスは、冷たい人なんかじゃない!
俺のために怒ってくれて、傷ついてくれて――
……ちゃんと、泣いてくれたんだ!」
「……泣いた?」
その言葉に、貴族の目が揺らぐ。
だが次の瞬間――
「――リクッ!!」
扉が吹き飛ばされるように開かれた。
そこに現れたのは、漆黒の外套をなびかせたゼフィルス。
剣も抜かず、ただその視線だけで、
部屋の空気を支配した。
「貴様……!」
「リクに指一本でも触れてみろ。
その瞬間、貴様の一族を根絶やしにする」
静かに告げたその声に、誰も動けなかった。
ゼフィルスは歩み寄り、ゆっくりとリクを抱き起こす。
「……遅くなった」
「……ぜ、フィルス……」
その名を、震えながら呼ばれた瞬間――
ゼフィルスの表情が、崩れた。
「怖かったな……リク。
もう二度と、お前を“手放さない”。
だから――生きていてくれて、ありがとう」
その夜、冷血宰相と呼ばれた男が、
初めて“抱きしめるためだけに”剣を抜いた。
そしてそれが、
リクの心を本当の意味で――“恋”へと変える、はじまりとなった。
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