無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【9】覚悟

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『捨て置かれた』
だからレオンハルトもグリファートが聖職者であると知った時に「今さら寄越した」と口にしたのだ。何もかもを諦めたような目で。
淡々と、だが重い一言がその場に落ちる。

「たった一週間、だが俺たちにとっては長すぎた」

それだけでわかってしまう、きっと多くの命が失われたのだと。人々のその悲しみや怒りは聖職者や聖女に向くだろう。何故そばにいてくれなかったのか、助けてくれなかったのか。理不尽な言葉ではあるが、どこかへぶつけでもしなければきっと彼らは平静ではいられないのである。
怪我だけでなく心も癒すのが聖職者であるが、他所者のグリファートにそれができるとは思えなかった。傷つき希望を失ってしまった彼らの前に今ごろ現れて、「救いたい、信用してくれ」などとどの口で言えるのか。
「アンタを責めてるわけじゃない。ただ壁の向こうでは必ずしもアンタを歓迎してくれるわけじゃないって事だ」
「…だろうね」
それにまだ自分の力をグリファート自身が信用しきれていない。
オルフィスを覆う瘴気の量であればまず間違いなく浄化によって恵みを降らせる事ができるだろう。だが『それ』を本当にグリファートができるのかが問題だった。聖壁内でもしも治癒を求められた時にその力を発揮できなかったら───無能と罵られる事よりも目の前で救えなかったときの絶望の方がグリファートには恐ろしかった。

「…アンタに敵意を向けるやつが向こう側にいるかもしれないと脅しておいて、こんな事を言うのは卑怯かもしれんがな」

レオンハルトの言葉につられ彼を見れば、先の見えない瘴霧にただじっと視線を向けていた。多くを語らないレオンハルトではあるが、漆黒の瞳がすべてを物語っているようにも感じる。
そうしていればグリファートの視線に気付いたのか、レオンハルトがゆっくりとこちらに顔を向けた。

「この地は捨て置かれたんだと俺も諦めてた。守護者である自分が最後の砦で、俺が倒れた時がオルフィスの最期なんだと…そう覚悟しながら何日も過ごすのは正直辛いものがあってな」
「………」
それはそうだろう。瘴気が噴出して一週間、救いの手がないままそれでも自分しか守れる手段を持つ者がいないからと立ち続けたのだ。いくつもの命を弔って、いくつもの命を未だに背負い続けている。
いくら魔力が多くても頑強な身体を持っていても、人の身はいつだって簡単に駄目になってしまう。

「だが、アンタのおかげでまだ何とかなるかもしれないと思えた」
「……え?」

続いた言葉にグリファートを目を瞬かせた。
「少なくとも俺が手にかけようとした命は救われたからな」
「……ほんとだよ」
「助かった」
自覚があって何よりだが、こう素直に礼を言われても戸惑ってしまうものなのだなとグリファートは思う。思わず視線を逸らしてしまったがレオンハルトが未だにこちらを見つめているのが気配でわかった。
「聖職者様」
「なに」
「他の誰でもない、アンタに言う」
優しい風が頬を撫ぜるように通り過ぎていく。


「オルフィスと俺たちを救ってくれ」


レオンハルトの言葉に砕け散った筈の心が揺さぶられた。
聖壁内に治癒を行える者はいない。聖職者や聖女に良い感情を抱いていなくとも、癒しを待っている者はそこにいる。
その思いに返す答えは今のところひとつしか見当たらない。それが正しい返事なのかもわからないが、できる事ならと思ってしまったのだ。
(……俺も、)
もう二度と棺を見たくはない。それだけだった。




学舎に戻ればロビンの手によって料理が完成していた。裏手の菜園に実っていたトマトをベースにオニオンとポテトを具材にしたスープだ。シンプルながら素材の味がしっかりと滲み出た美味しさがある。
「美味しいよ、ロビン」
「ああ。お前に頼んで正解だった」
グリファートとレオンハルトに褒められロビンは頬を染めて喜んだ。あの手際の良さからして普段から料理を任されているか、ロビン自身が好きなのかもしれない。

食事を済ませると、レオンハルトは聖壁内の人々に配れるようにと、ロビンに頼んでいくつか野菜を袋に詰め始めた。グリファートも手伝いつつ、何となく抱いた不安を口にする。
「聖壁内に行く覚悟はできてるんだけどさ。まさか踏み入って早々石を投げられるとか、そんな事はないよね」
言葉の石を投げられる事には慣れているが、流石に本物の石を投げられるのはグリファートも勘弁願いたい。聖壁の内側では沸々と良くない感情が出てきていると聞いているし、聖職者である以前に信用ならない『他所者』として排除される可能性すらありそうで正直不安なのだ。
だが食材を袋に詰め終えたレオンハルトは、グリファートのそんな不安も特に気にせず答えた。
「万が一そういう事をされるとしても、教会に近付かなければ大丈夫だ」
「教会?なんで」
「聖職者を良く思っていない者の多くは教会に籠って出てこないからな」

レオンハルトの言葉にグリファートは小さく驚く。
疎んでいる聖職者の城とも呼ぶべき教会に籠っているというのは憎しみの裏返しのようなものなのか、それとも僅かでも期待していた頃の名残なのか。
彼らの心境は彼らにしか分からないが、レオンハルトの忠告通り教会が見えても近付かない事にしようと心に留めておく。
グリファートがそんな事を考えていると、今度はレオンハルトが何やら難しい顔をし始めた。
「どうしたの」
「いや…」
レオンハルトは口元に手を当て暫く言いづらそうにしていたが、やがて自分の中で気持ちが固まったのか少し強張った表情で話し始めた。
視線は隣で大人しく座っていたロビンに向けられている。
「…ロビン」
「?」
「お前の父さんと母さんも教会にいる」

途端、ロビンの肩がぴくりと跳ねた。

「…会いたいか?」
「………」
ロビンはレオンハルトの言葉には答えず、俯いて口を噤んでしまった。先ほど喜びを見せていた表情はすっかり消えて身体も小さく縮こまってしまっている。
グリファートがレオンハルトに視線を送れば、複雑な顔でこちらも黙ってしまった。これは訳ありのようだ。

「……聖壁に着くまでは瘴霧の中を抜けなきゃいけないでしょ。ロビンは危ないから連れて行かない方がいいんじゃない」

事実、魔力量の多いレオンハルトや聖職者であるグリファートは瘴霧に晒されても耐えようがある。だが子供のロビンは魔力量も少ないため瘴気の影響をもろに受けてしまうのだ。
それに死ぬ一歩手前の経験をしているのだから、極力瘴気には触れさせない方がいい。瘴気は身体だけでなく心にも影響してしまう。
グリファートがそう言えば、レオンハルトも「…そうだな」と頷いた。
学舎に一人ロビンを置いていくのも気掛かりではあるが、どちらが危険かと言われたら考えるまでもない。
「……せいじょ、さま…が」
「ん?」
俯いたまま呟くロビンにグリファートが耳を傾ける。

「聖女さまがそばにいてくれるから、いい」

だから会いたくない、と。
はっきりと実の親を拒絶するロビンの言葉にグリファートは僅かに動揺した。
複雑な家庭環境であるらしいが、少年にそこまで思わせる何かがあるという事か。
気にはなりつつも部外者のグリファートが土足で踏み込んでいい話ではない。ただ、思った以上に自分はロビンに懐かれているのかもしれないと、グリファートは不思議な感覚になった。
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