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第一部四章 会戦
覚悟と特攻
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千曲川の真ん中で立ち往生した村上隊に、対岸の武田軍が熾烈な矢の雨を降らせて四半刻 (30分)後――。
いつもと変わらず流れ続ける千曲川の川面は朱に染まり、その中で数多の村上兵の屍が浮いていた。
「……!」
その地獄の如き凄惨な光景を目の当たりにした義清は、顔面を蒼白にして唇を震わせる。
が、彼に感傷を浸らせる暇すら与えまいとするように、武田兵が放った矢が、次々と頭上へと降り注いでくる。
「おおおおおおおおっ!」
義清は、獣のように吼えながら、頭上で手槍を振って、襲いかかってくる矢を打ち落とした。
だが、彼の周囲の兵達は、数多の矢に身体を貫かれ、断末魔の声を上げながら次々と水中へと転落し、そのまま川底へ沈んでゆく。
「……お、おのれッ……!」
義清はギリギリと歯噛みするが、どうしようも出来ない。
彼は、悲痛にその顔を歪め――そして、覚悟を決めた。
「……皆の者、良く聞け」
と、武田方の攻撃が一時止んだ隙に、彼は生き残った兵達に向かって声をかけた。その声に、兵達は何事かと疲れ切った顔を上げて、主君の声に耳を傾ける。
義清は、グルリと将兵達の顔を見回し、静かな口調で語りかける。
「――ご苦労だった。貴様らは今の内に渡しを戻り、此岸の直江隊に合流せよ。以後は、直江殿の命に従え」
「は――?」
意想外の義清の命に、将兵たちは戸惑いの声を上げる。
「……直江殿に従えとは……。と――殿はいかがなされるので?」
「……」
配下のひとりの問いかけに、義清は無言のまま、手槍で彼岸を指した。
「……ワシは、単騎で武田の陣に攻め入り、お主らが退却する時間を稼ぐ」
「! と、殿! それでは……!」
「……ああ」
騒然とする部下達を前に、義清は大きく頷いて言った。
「さらばじゃ。至らぬ主で……すまなんだな」
「と――殿!」
「なりませぬ、単騎でなどと! そ、某もお供仕ります!」
「わ……わしも! わしも一緒にお連れ下さ――」
「ならぬ!」
彼と命を共にせんと縋るような目で訴える配下の者を、義清は厳しい声で一喝した。
「ワシについてくる事、誰一人罷りならぬ! ――ここで斃れても無駄死にじゃ。肝要なのは、この場から一兵でも多く生き残り、上杉公の為の力となる事ぞ! 越後衆に、『信濃村上此処にあり』と知らしめる働きをする事……それが、ワシに対する何よりの餞と心得よ!」
「……!」
「と……殿ぉ――!」
主の言葉に、顔をぐしゃぐしゃに歪めて咽び泣く村上隊の将兵。
義清もまた、その両眼から涙を流しながら、ニカリと笑ってみせた。
「なあに、タダで死ぬつもりはない! ひとりでも多くの武田兵を道連れにしてやる。――特に、あの憎き真田弾正だけは、差し違えてでも引導を渡してやるわ!」
そう言い捨てると、彼は馬首を翻す。手槍を掲げると、雄々しく咆哮しながら、乗騎の横腹を蹴った。
「おおおおおおおおっ!」
彼の乗る黒鹿毛の駿馬は、主人の叫びに応えるように嘶くと、不安定な水の中にも関わらず、まるで草原を征くかのような軽やかな足取りで、武田兵の犇めく対岸へと駆け始めた。
その足下には、斃れた兵達の屍が積み重なっている。だが、義清は巧みな手綱捌きで転がる屍を避けながら、ズンズンと進む。
川の流れの下に潜む、張られた綱の罠を一飛びで跳び越し、義清と彼の乗る馬は、みるみる向こう岸へと近付いていった。
そんな彼に、対岸の武田兵は慌てて弓を構え、矢を番える。
「放てぇ――ッ!」
足軽組頭の号令と共に、義清ひとりに向けて一斉に矢を放った。
義清は、手槍をぐるぐると回して、飛来する矢を叩き落とし、更にその速度を上げる。
そして、彼の乗騎の蹄が、遂に川岸の砂利を踏んだ。
武田の弓兵達は、近付く義清の形相に怯え、その顔を引き攣らせながら二の矢を番え、狙いを定める。
「は――放てぇっ!」
先程までより若干上ずった組頭の号令と共に、数多の矢が、濃密な密度で義清ひとりに殺到した。
義清は、先程と同じく、手槍を振るうが――、
「! ――ぐぅっ!」
彼の口から呻き声が漏れる。至近の距離から放たれた矢の何本かが、義清の振り回す手槍を摺り抜けて、彼の身体に突き立ったのだ。
「ヒ、ヒ――ンッ!」
義清だけではない。彼の乗騎の首や脇腹にも、数本の矢がぶすりと音を立てて突き刺さり、馬は悲鳴にも似た嘶きを上げて、横倒しに倒れる。
無論、馬に跨がっていた義清の身体も、横に投げ出され、川岸の砂利の上をゴロゴロと転がった。
「……ぐ、ぐうう……」
手槍は固くその手に握り締めたまま、うつ伏せに倒れた義清は、唸り声を上げながら、ヨロヨロと立ち上がろうとする。
「行け! あれは、敵方の隊将、村上左近衛少将じゃ。冑首を討ち取る好機ぞ! 手柄を逃すな!」
武田の侍大将の叫びに、功名に逸る武者や足軽達が得物を掲げ、倒れ臥した義清に向かって殺到する。
そして――その白刃が、彼の身体に届こうかという刹那、
「――う、おおおおおおおおっ!」
義清は、肺の空気を一気に吐き出して獣の如く吼えると、俊敏に立ち上がり、手槍を一閃した。
「が、がはアッ!」
「げふっ……」
「ごぼぉっ――」
義清を死に体と侮り、不用意に近付いた足軽の数人が、彼の手槍の一閃で首を刈り飛ばされる。
「う、おおっ! 此奴、まだ――!」
義清の想定外の反撃に、彼の首を取らんと近寄ってきた武田兵は度肝を抜かれ、慌てて距離を取った。
遠巻きに囲まれた円の中央で、ユラリと幽鬼のように立ち上がった義清は、体中の至る所に突き立った矢を無造作に引き抜く。その度に傷口から鮮血が噴き出るが、彼は痛みすら感じていない様に、平然とした顔をしている。
義清は、口中に溜まった血をペッと吐き出すと、己を囲む武田兵の顔を睥睨し、ニヤリと凄絶な笑みを浮かべ、覇気に満ちた声を上げた。
「……どうした、武田の兵は腰抜けばかりか? 手負いひとりに手も出せぬのか……。腰抜けは、サッサと失せよ! この村上左近衛少将義清が首、臆病者にくれてやる程、安うはないぞ!」
いつもと変わらず流れ続ける千曲川の川面は朱に染まり、その中で数多の村上兵の屍が浮いていた。
「……!」
その地獄の如き凄惨な光景を目の当たりにした義清は、顔面を蒼白にして唇を震わせる。
が、彼に感傷を浸らせる暇すら与えまいとするように、武田兵が放った矢が、次々と頭上へと降り注いでくる。
「おおおおおおおおっ!」
義清は、獣のように吼えながら、頭上で手槍を振って、襲いかかってくる矢を打ち落とした。
だが、彼の周囲の兵達は、数多の矢に身体を貫かれ、断末魔の声を上げながら次々と水中へと転落し、そのまま川底へ沈んでゆく。
「……お、おのれッ……!」
義清はギリギリと歯噛みするが、どうしようも出来ない。
彼は、悲痛にその顔を歪め――そして、覚悟を決めた。
「……皆の者、良く聞け」
と、武田方の攻撃が一時止んだ隙に、彼は生き残った兵達に向かって声をかけた。その声に、兵達は何事かと疲れ切った顔を上げて、主君の声に耳を傾ける。
義清は、グルリと将兵達の顔を見回し、静かな口調で語りかける。
「――ご苦労だった。貴様らは今の内に渡しを戻り、此岸の直江隊に合流せよ。以後は、直江殿の命に従え」
「は――?」
意想外の義清の命に、将兵たちは戸惑いの声を上げる。
「……直江殿に従えとは……。と――殿はいかがなされるので?」
「……」
配下のひとりの問いかけに、義清は無言のまま、手槍で彼岸を指した。
「……ワシは、単騎で武田の陣に攻め入り、お主らが退却する時間を稼ぐ」
「! と、殿! それでは……!」
「……ああ」
騒然とする部下達を前に、義清は大きく頷いて言った。
「さらばじゃ。至らぬ主で……すまなんだな」
「と――殿!」
「なりませぬ、単騎でなどと! そ、某もお供仕ります!」
「わ……わしも! わしも一緒にお連れ下さ――」
「ならぬ!」
彼と命を共にせんと縋るような目で訴える配下の者を、義清は厳しい声で一喝した。
「ワシについてくる事、誰一人罷りならぬ! ――ここで斃れても無駄死にじゃ。肝要なのは、この場から一兵でも多く生き残り、上杉公の為の力となる事ぞ! 越後衆に、『信濃村上此処にあり』と知らしめる働きをする事……それが、ワシに対する何よりの餞と心得よ!」
「……!」
「と……殿ぉ――!」
主の言葉に、顔をぐしゃぐしゃに歪めて咽び泣く村上隊の将兵。
義清もまた、その両眼から涙を流しながら、ニカリと笑ってみせた。
「なあに、タダで死ぬつもりはない! ひとりでも多くの武田兵を道連れにしてやる。――特に、あの憎き真田弾正だけは、差し違えてでも引導を渡してやるわ!」
そう言い捨てると、彼は馬首を翻す。手槍を掲げると、雄々しく咆哮しながら、乗騎の横腹を蹴った。
「おおおおおおおおっ!」
彼の乗る黒鹿毛の駿馬は、主人の叫びに応えるように嘶くと、不安定な水の中にも関わらず、まるで草原を征くかのような軽やかな足取りで、武田兵の犇めく対岸へと駆け始めた。
その足下には、斃れた兵達の屍が積み重なっている。だが、義清は巧みな手綱捌きで転がる屍を避けながら、ズンズンと進む。
川の流れの下に潜む、張られた綱の罠を一飛びで跳び越し、義清と彼の乗る馬は、みるみる向こう岸へと近付いていった。
そんな彼に、対岸の武田兵は慌てて弓を構え、矢を番える。
「放てぇ――ッ!」
足軽組頭の号令と共に、義清ひとりに向けて一斉に矢を放った。
義清は、手槍をぐるぐると回して、飛来する矢を叩き落とし、更にその速度を上げる。
そして、彼の乗騎の蹄が、遂に川岸の砂利を踏んだ。
武田の弓兵達は、近付く義清の形相に怯え、その顔を引き攣らせながら二の矢を番え、狙いを定める。
「は――放てぇっ!」
先程までより若干上ずった組頭の号令と共に、数多の矢が、濃密な密度で義清ひとりに殺到した。
義清は、先程と同じく、手槍を振るうが――、
「! ――ぐぅっ!」
彼の口から呻き声が漏れる。至近の距離から放たれた矢の何本かが、義清の振り回す手槍を摺り抜けて、彼の身体に突き立ったのだ。
「ヒ、ヒ――ンッ!」
義清だけではない。彼の乗騎の首や脇腹にも、数本の矢がぶすりと音を立てて突き刺さり、馬は悲鳴にも似た嘶きを上げて、横倒しに倒れる。
無論、馬に跨がっていた義清の身体も、横に投げ出され、川岸の砂利の上をゴロゴロと転がった。
「……ぐ、ぐうう……」
手槍は固くその手に握り締めたまま、うつ伏せに倒れた義清は、唸り声を上げながら、ヨロヨロと立ち上がろうとする。
「行け! あれは、敵方の隊将、村上左近衛少将じゃ。冑首を討ち取る好機ぞ! 手柄を逃すな!」
武田の侍大将の叫びに、功名に逸る武者や足軽達が得物を掲げ、倒れ臥した義清に向かって殺到する。
そして――その白刃が、彼の身体に届こうかという刹那、
「――う、おおおおおおおおっ!」
義清は、肺の空気を一気に吐き出して獣の如く吼えると、俊敏に立ち上がり、手槍を一閃した。
「が、がはアッ!」
「げふっ……」
「ごぼぉっ――」
義清を死に体と侮り、不用意に近付いた足軽の数人が、彼の手槍の一閃で首を刈り飛ばされる。
「う、おおっ! 此奴、まだ――!」
義清の想定外の反撃に、彼の首を取らんと近寄ってきた武田兵は度肝を抜かれ、慌てて距離を取った。
遠巻きに囲まれた円の中央で、ユラリと幽鬼のように立ち上がった義清は、体中の至る所に突き立った矢を無造作に引き抜く。その度に傷口から鮮血が噴き出るが、彼は痛みすら感じていない様に、平然とした顔をしている。
義清は、口中に溜まった血をペッと吐き出すと、己を囲む武田兵の顔を睥睨し、ニヤリと凄絶な笑みを浮かべ、覇気に満ちた声を上げた。
「……どうした、武田の兵は腰抜けばかりか? 手負いひとりに手も出せぬのか……。腰抜けは、サッサと失せよ! この村上左近衛少将義清が首、臆病者にくれてやる程、安うはないぞ!」
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