【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那

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第5章

47・掴んだ証拠と消えた妻(sideクラウス)

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「……いや、まさか前々任者までたらい回しにされるとは思わなかったな」

「……ああ」

 夕暮れの中、クラウスたちは教会に戻る道を歩いていた。

 朝に教会を出発して最初に訪ねたのは、ルイスの前任――三年前の事件直後に教会の記録係を任されていた人物だった。
 だが、彼は三年前の事件には直接関与しておらず、何も知らないという。
 クラウスたちは仕方なく、さらにその前の担当者の元へ足を運ぶことになったのだ。

 ようやく話を聞き終えた頃には、空はすっかり赤く染まっていた。
 
「けどまぁ、お前の威圧感のおかげであっさり証拠も手に入ったしよかったな」

 ルイスは手帳に挟んだ紙片へ視線を落とす。
 そこには、破り取られた三年前の正しい報告書と、フランヴェール家から前々任者へ送られた未使用の小切手が収められていた。
 どちらも、前々任者から証拠として預かったものだ。

 先ほどまでの前々任者の様子を思い出して、クラウスはため息をついた。
 
「……少し俺が見ただけで口を割るなら、はなから隠さねばいいものを」

 件の担当者は、ルイスが問い詰める中、隣でクラウスが黙って視線を向けていると、いつの間にか震え上がっていた。
 そうして、証拠とともにあっさりすべてを自白したのだ。

 ――フランヴェール伯爵に脅されて正しい報告書を破棄し書き換えた、と。
 
「……見た? 睨んで圧をかけたの間違いだろ……」

「そんなことはしていない」

 呆れたようにルイスがこちらへ視線を向けてくるが、クラウスからしてみれば非常に心外である。
 クラウスとしては、睨んだ覚えも圧をかけた覚えもない。

 (そういえば、王国騎士団時代にもよく尋問に駆り出されていたな)

 担当でもないのに尋問の場に呼ばれていけば「お前は立っているだけでいいから」と言われて立たされたことをふと思い出した。

 (俺の顔はそんなに怖いか……?)

「ま、あとのことは俺に任せな。とりあえずこれを陛下に提出して、もろもろ報告してくるよ。これでレティノアちゃんの立場が少しはマシになるといいな」

「ああ」

 そんな会話をしながら教会の門までたどり着く。
 だが、聖騎士が慌てた様子で駆け寄ってくるのを見て、クラウスは眉をひそめた。
 
「く、クラウス団長!! レティノア様が……!」

 クラウス、レティノアの名前の聖騎士の様子に、瞬時に警戒する。
 
「……レティノアがどうした」

「実は――」

 聖騎士が言葉を継ごうとしたその瞬間、甲高い声が割り込んできた。
 
「クラウス様ぁ! おかえりなさいませ! お待ちしておりました!」

 声と同時に、少女がクラウスの腕へと飛びついてくる。
 目を見張るほど鮮やかな金髪に、クラウスは見覚えがあった。

 昨日の式典の帰り道、レティノアと話していた彼女の妹だと、クラウスはすぐに気づく。
 しかし、クラウスはあの場で顔を少し合わせただけで、ほぼ初対面に等しい。それなのに、態度があまりにも馴れ馴れしく不自然だ。
 クラウスは眉をひそめながら少女を見下ろした。
 
「……たしか、レティノアの妹の――」

「はい、ミレシア・フランヴェールと申します。以後よろしくお願いしますわ!」

 ミレシアはにこりと満面の笑みを浮かべてクラウスを見上げた。

「……以後? どういうことだ」
 
 以後、という言葉に妙な引っかかりを覚えて、クラウスは怪訝な目を向けてしまう。
 それになにより、がっしりと掴まれた腕が不快だ。

「これからはお姉様ではなくこのあたしが、クラウス様の妻としてたーっぷり御奉仕してあげる!」

 ミレシアは笑顔を浮かべたまま、クラウスの腕へぎゅうと体を押し付けてくる。
 
「もともとあたしがクラウス様と結婚するはずだったんだもの。これが正しいかたちだわ」

 ミレシアの声を聞いていると、なぜだか焦燥感がじわじわと広がっていくようだった。
 
 いてもたってもいられなくなり、クラウスはまとわりついていたミレシアの腕を振りほどいた。
 そのまま鉄柵を抜ける。足早に庭を突っ切って、教会の扉を開けた。
 礼拝堂はがらんとしていた。聖女像のまわりには、火の消えたキャンドルだけが残っている。
 その静けさは、クラウスの不安をさらに煽るようだった。

 (レティノア)

 焦る気持ちの中、クラウスは礼拝堂を見渡すが、レティノアの姿はどこにもない。
 クラウスはそのまま礼拝堂の奥の通路へ足を向けた。
 だが、ダイニングにも、レティノアの部屋にも、やはりどこにも姿が見えないのだ。

 呆然と立ち尽くしていると、クラウスの後を追ってきたのか、二人分の足音が聞こえてきた。
 振り返ればミレシアと……心配してついてきたのかルイスの姿があった。
 
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