女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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六章

19、高等温泉【2】

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 下足番に草履を預け、蒼一郎さんとわたしは温泉に向かいました。
 通常のお風呂は、男湯と女湯が別々らしいのですが。
 元湯と違い、こちらは家族が一緒に入れるそうです。

「な、なんだか一緒に温泉なんて、緊張しますね」
「ん? なんでや。いっつも風呂は一緒やんか」

 そうなんですけど。
 だって、三條家はお家のお風呂で。ここは家じゃないんですよ。

 廊下を歩いていると、ゆで卵のような、それに錆のような妙な匂いがしています。
 温泉街でも漂っていた匂いです。

「硫黄やろ? あと、ここは含鉄泉やから。鉄の匂いも混じっとうな」
「鉄って、金属が入ってるんですか?」

 それは痛そうです。
 わたしの頭の中には、足踏み式の旋盤の機械からくるくると削りだされる金属が、お風呂に入れられている図を想像しました。

「わ、わたし、鉄は入っていない方が」
「ん? 貧血やったら鉄泉がええんとちゃうん?」

 藍染めの暖簾をくぐり、蒼一郎さんが引き戸を引いてくださいます。
 むわっとした濃密な温泉の匂いが一層強くなりました。

「ここはな、子宝の湯とも言われとうらしいで」
「子宝の湯ですか?」
「そう。仲のええ夫婦が一緒に入ったら、子どもが授かるんやって」

 蒼一郎さんは、まずはご自分を、そして次にわたしを指さしました。

「俺と絲さんの子どもが欲しいなぁと思て」
「え、あの。それは、わたしもいずれ子どもが授かればと思いますが。こればかりは、その神さまの思し召しですから」

 恥ずかしさのあまり俯いたのですが。
 蒼一郎さんの大きな手が、わたしの肩に掛けられました。

「神さまに縋るばかりやのうて、その未来を自分から引き寄せたいんや」
「蒼一郎さん」

 これまでも子どもの話をしたことはあります。でも、こんな風に現実味を伴ってはいなかったの。

 でも。先輩のお姉さまは卒業を待たずに輿入れなさる方が多いんですもの。
 同級生では、婚約のお話は耳にするけれど。まだ嫁いだ人はいないから、蒼一郎さんとの結婚もまだ先のことだと思っていたんです。

「絲さんの体が耐えられへんのは、俺も嫌や。けど、今は設備が整った産院もある……らしい。家族を……俺と絲さんと、まだ見ぬ子との未来を夢見るんが、諦められへん」
 
 真摯な瞳で見つめられて。
 どうして断ることなんてできるの? 

「わたしは、蒼一郎さんに助けていただいた子どもの頃から、あなたの妻になることが決まっていました。お爺さまがお認めになったんですもの」
「絲さん」
「わたしに子育てができるかしら? いいえ、できるように頑張ります」
 
「できるっ。むしろ俺が絲さんに育てられたいくらいや。というかうちは人手が余っとうから」

 蒼一郎さんは満面の笑みを浮かべたの。
 ああ、本当にこの方は、わたしとの子どもを望んでくださっているのだわ。
 そのためにも元気になって、体力をつけなければ。

「ありがとう、絲さん」

 蒼一郎さんは少し腰を屈めると、わたしのひたいにくちづけなさったの。

「あ、あの、ここは廊下ですけど」
「ん? ほんまや。まだ中に入ってへんかったな。嬉しすぎて周りが見えてへんかった」

 蒼一郎さんは、肩に藍色の暖簾がかかった状態で、まるで少年のように笑ったんです。
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