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六章
36、憧れのルナパァク【2】
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「なぁ絲さん。怖いもんに憧れるんは分かる」
わたしの手を引いて、ずんずんと歩いていらした蒼一郎さんが振り返りました。
「あの、どういうことでしょうか」
観覧車は怖くないですよ。
高所恐怖症だったとしても、あの観覧車はせいぜい二階までは届かない高さですもの。
「どうしてもって言うんやったら、名原組の冬野に頼んで見学させてもろたらええ」
「はぁ……」
「どれがええ? 指を詰めるんと、腕を落とすんと。血が怖いっていうんなら、せやなぁ刺青を彫るとこを見学させてもらうんはどうや?」
え? え? 何のことですか。
どうしてそんな血生臭い場面を、わたしに見せようとなさるの?
「水責めは古い時代の拷問やから。最近はないと思うで。むしろ簀巻きにして海に沈めるところを見たいんやったら……絲さん?」
ふっと目の前が暗くなりました。
そのまま膝の力が抜けて、わたしは地面に崩折れました。
「絲さんっ!」と叫ぶ蒼一郎さんの声が遠くに聞こえます。
◇◇◇
正直、俺は混乱しとった。
目の前でいきなり絲さんが倒れたからや。
昨夜、無理させたんやろか。いや、これまでほど激しくは抱かんかった。
朝かて顔色は良かったし、長湯もさせてへん。
それとも温泉やから、短時間でもきついんか?
俺は絲さんを抱き上げて、旅館へと戻った。
出迎えてくれた女将はびっくりするし、波多野も顔を真っ青にしとった。森内は……「あー、またですか」と適当や。
今日は体を締めつけへん洋装やから、そのまま部屋の床に横たえる。
座布団を枕代わりにした絲さん。ひたいを冷やせばええんやろか、気つけ薬があった方がええんやろか、とおろおろしていると。
「失礼します」と波多野が入ってきた。
いきさつを話すと、波多野は静かに頷いた。別に慌てもせぇへん。
「どないしよ。ここ温泉街やんか。医者はおるんやろか」
「大丈夫ですよ」
「ああ、若先生がまだおってくれたら良かったのに」
俺は焦りすぎて、両手で頭を抱えた。
「絲お嬢さんは貧血やないですかね」
「それは、俺の所為か?」
「頭の所為かと言うたら、そうでしょうけど」
「どないしよ。やっぱり子どもが欲しいからって、絲さんに無理させてしもた」
俺の声は、自分でもびっくりするくらい掠れとった。
絲さんと俺と子どもと三人で、ただ仲よく幸せに暮らしたいと願っただけやのに。
その願いが絲さんを苦しめるんやったら。俺はどないしたらええんや。
「あのー、悲愴感に浸っておいでのところ、申し訳ありませんが」
「なんやっ。うるさいぞ」
廊下側の襖の陰から顔を覗かせたのは、森内やった。
波多野は何故か「しーっ」と口の前で人差し指を立てている。
「いや、だって。頭がお嬢さんを脅かしたんやないですか。考えてもみてくださいよ、そんな世間知らずの甘ったるい世界で生きてきたお嬢さんがですよ、なんで指を詰めるところを見たいんですか」
森内の言葉が、いちいち癇に障る。悪気はないんかも知らんが。ほんまに言葉を選べや。
「絲お嬢さんは恐怖を求めてではなく、のんびりした雰囲気を頭と味わいたかったのではないでしょうか?」
なんやて?
波多野の言葉に、俺は開いた口が塞がらんかった。
「じゃあ、腕を切り落とすとか、簀巻きにして海に沈めるとことか、背中に紋々を彫るとこを見たいっていうのは……」
「頭の思い込みです」
きっぱりと断言されてしもた。
俺は絲さんを大事にするあまり、彼女を恐怖のどん底に落としてしもたんか。
「俺は……アホなんか?」
「否定はしませんけどぉ」
「こら、森内。そこは否定しろ。頭に失礼やろ」
頭の中がぐるぐるして、俺はそのまま畳に横になった。
目の前には、絲さんの愛らしい寝顔。いや、正当化するんはやめよ。絲さんの愛らしい気絶顔があった。
そうか。俺と一緒にのんびり遊びたかったんか。ごめんな、絲さん。
いつか一緒に観覧車に乗ろな。
わたしの手を引いて、ずんずんと歩いていらした蒼一郎さんが振り返りました。
「あの、どういうことでしょうか」
観覧車は怖くないですよ。
高所恐怖症だったとしても、あの観覧車はせいぜい二階までは届かない高さですもの。
「どうしてもって言うんやったら、名原組の冬野に頼んで見学させてもろたらええ」
「はぁ……」
「どれがええ? 指を詰めるんと、腕を落とすんと。血が怖いっていうんなら、せやなぁ刺青を彫るとこを見学させてもらうんはどうや?」
え? え? 何のことですか。
どうしてそんな血生臭い場面を、わたしに見せようとなさるの?
「水責めは古い時代の拷問やから。最近はないと思うで。むしろ簀巻きにして海に沈めるところを見たいんやったら……絲さん?」
ふっと目の前が暗くなりました。
そのまま膝の力が抜けて、わたしは地面に崩折れました。
「絲さんっ!」と叫ぶ蒼一郎さんの声が遠くに聞こえます。
◇◇◇
正直、俺は混乱しとった。
目の前でいきなり絲さんが倒れたからや。
昨夜、無理させたんやろか。いや、これまでほど激しくは抱かんかった。
朝かて顔色は良かったし、長湯もさせてへん。
それとも温泉やから、短時間でもきついんか?
俺は絲さんを抱き上げて、旅館へと戻った。
出迎えてくれた女将はびっくりするし、波多野も顔を真っ青にしとった。森内は……「あー、またですか」と適当や。
今日は体を締めつけへん洋装やから、そのまま部屋の床に横たえる。
座布団を枕代わりにした絲さん。ひたいを冷やせばええんやろか、気つけ薬があった方がええんやろか、とおろおろしていると。
「失礼します」と波多野が入ってきた。
いきさつを話すと、波多野は静かに頷いた。別に慌てもせぇへん。
「どないしよ。ここ温泉街やんか。医者はおるんやろか」
「大丈夫ですよ」
「ああ、若先生がまだおってくれたら良かったのに」
俺は焦りすぎて、両手で頭を抱えた。
「絲お嬢さんは貧血やないですかね」
「それは、俺の所為か?」
「頭の所為かと言うたら、そうでしょうけど」
「どないしよ。やっぱり子どもが欲しいからって、絲さんに無理させてしもた」
俺の声は、自分でもびっくりするくらい掠れとった。
絲さんと俺と子どもと三人で、ただ仲よく幸せに暮らしたいと願っただけやのに。
その願いが絲さんを苦しめるんやったら。俺はどないしたらええんや。
「あのー、悲愴感に浸っておいでのところ、申し訳ありませんが」
「なんやっ。うるさいぞ」
廊下側の襖の陰から顔を覗かせたのは、森内やった。
波多野は何故か「しーっ」と口の前で人差し指を立てている。
「いや、だって。頭がお嬢さんを脅かしたんやないですか。考えてもみてくださいよ、そんな世間知らずの甘ったるい世界で生きてきたお嬢さんがですよ、なんで指を詰めるところを見たいんですか」
森内の言葉が、いちいち癇に障る。悪気はないんかも知らんが。ほんまに言葉を選べや。
「絲お嬢さんは恐怖を求めてではなく、のんびりした雰囲気を頭と味わいたかったのではないでしょうか?」
なんやて?
波多野の言葉に、俺は開いた口が塞がらんかった。
「じゃあ、腕を切り落とすとか、簀巻きにして海に沈めるとことか、背中に紋々を彫るとこを見たいっていうのは……」
「頭の思い込みです」
きっぱりと断言されてしもた。
俺は絲さんを大事にするあまり、彼女を恐怖のどん底に落としてしもたんか。
「俺は……アホなんか?」
「否定はしませんけどぉ」
「こら、森内。そこは否定しろ。頭に失礼やろ」
頭の中がぐるぐるして、俺はそのまま畳に横になった。
目の前には、絲さんの愛らしい寝顔。いや、正当化するんはやめよ。絲さんの愛らしい気絶顔があった。
そうか。俺と一緒にのんびり遊びたかったんか。ごめんな、絲さん。
いつか一緒に観覧車に乗ろな。
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