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一章
3、俺を選べ
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「とはいえ、このまま王宮にお返しして、キラド家の悪口をあることないこと吹きこまれても困る」
ロヴナは意地悪く口の端を上げる。アフタルはそんな彼を睨み返した。
「キラド家じゃなくて、悪いのはあなたでしょう?」
「おやおや、口の立つ王女さまだ。大丈夫、ちゃんと慰謝料をくれてやるよ。まったくたいした国だよ、サラーマは。貧国のくせに体面だけは保ちたいものだから、身分違いの結婚を堂々と勧めてくる。金で直接、爵位が買えるのなら話は簡単なんだけどね」
「爵位は、いらないのですか?」
こんなことを口にする自分に、虫唾が走る。
アフタルの価値が、それ以外にないと自身で認めているようなものだから。
そう、ロヴナの言う通り、この結婚は身分違いも甚だしい。
他国ならばありえないだろう。
「貴族になりたいのは、父だよ。ほら、この宝石を慰謝料としてくれてやる。二度とぼくとフィラの前に、その薄汚い顔を見せるな」
ロヴナは床に小箱を投げつけた。カツン……と音がして、箱が跳ねる。
「さっさと拾え。地味なお前にふさわしい石だ。おっと、その状態では無理かな」
何本もの剣が、アフタルと小箱を隔てている。
(どこまで馬鹿にするつもりなんですか)
アフタルは床についた手を、指の関節が白く見えるほどに握りしめた。
その時だった。
ゆらりと何かが小箱から立ち上がったのは。
人の影のようなそれは透明で、その部分だけ空間が歪んでいるように見える。
フィラが短い悲鳴を上げた。
「ほら、呪いよ、きっと幽霊よ。王女が呪いをまき散らそうとしているのよ」
「ちが……っ」
フィラに幽霊と呼ばれた者は、アフタルに突き付けられた剣をなぎ払った。
ガシャ! ガシャン!
けたたましい音を立てて、キラド家の護衛の手から剣が落ちていく。
「……助けてくれるんですか?」
アフタルは思わず問いかけていた。実体もない、まるで空気のような存在に。
「なぜ?」
その透明な影は、しゃがみこむとアフタルの頬にくちづけた。
そして耳元で囁いたのだ。
「俺を選べ」と。
アフタルはうなずいた。
透明な影を恐れていた男たちは、我に返ってアフタルを無理矢理立ち上がらせた。
彼女の護衛は、さっきまで主であった王女に背を向けている。自分が見なければ、何事も起こっていないのだという風に。
ドレスの襟を引きちぎられ、その中に小箱を突っ込まれた。
きっちりと留めていたボタンが千切れ、床に落ちていく。
たとえ小国とはいえ、貧国とはいえ、側室の娘とはいえ、王女に対しての振る舞いではない。
なんて無礼な。
アフタルは奥歯を噛みしめた。
みっともなく泣いてはいけない。ロヴナにすがりついて哀願するなんて、もってのほかだ。
毅然としなければ。
頭に手を伸ばすと、きっちりとまとめていた髪を下ろす。
大きな窓から吹き込む風が、アフタルの髪をふわりと揺らす。腰まである波打つ髪は陽光を宿して黄金色に光り、地味に見えたドレスは、布地と同色の糸で織りこまれた繊細な模様が浮き上がって見える。
ロヴナが息を呑むのが伝わってきた。
「ロヴナさま。もうお会いすることがなければ、お互い幸いですね」
ドレスのスカートをつまみ、優雅に礼をする。
伊達に十八年も王宮で育っていない。淑女としての心得は学んでいる。
そう、淑女は人前でみっともなく泣いてはいけないのだ。
常に気高く、凛々しくあれ。
王宮に戻って、これからのことを考えよう。
「気に入ったぜ」
どこか、とても近いところから声が聞こえた。
ロヴナは意地悪く口の端を上げる。アフタルはそんな彼を睨み返した。
「キラド家じゃなくて、悪いのはあなたでしょう?」
「おやおや、口の立つ王女さまだ。大丈夫、ちゃんと慰謝料をくれてやるよ。まったくたいした国だよ、サラーマは。貧国のくせに体面だけは保ちたいものだから、身分違いの結婚を堂々と勧めてくる。金で直接、爵位が買えるのなら話は簡単なんだけどね」
「爵位は、いらないのですか?」
こんなことを口にする自分に、虫唾が走る。
アフタルの価値が、それ以外にないと自身で認めているようなものだから。
そう、ロヴナの言う通り、この結婚は身分違いも甚だしい。
他国ならばありえないだろう。
「貴族になりたいのは、父だよ。ほら、この宝石を慰謝料としてくれてやる。二度とぼくとフィラの前に、その薄汚い顔を見せるな」
ロヴナは床に小箱を投げつけた。カツン……と音がして、箱が跳ねる。
「さっさと拾え。地味なお前にふさわしい石だ。おっと、その状態では無理かな」
何本もの剣が、アフタルと小箱を隔てている。
(どこまで馬鹿にするつもりなんですか)
アフタルは床についた手を、指の関節が白く見えるほどに握りしめた。
その時だった。
ゆらりと何かが小箱から立ち上がったのは。
人の影のようなそれは透明で、その部分だけ空間が歪んでいるように見える。
フィラが短い悲鳴を上げた。
「ほら、呪いよ、きっと幽霊よ。王女が呪いをまき散らそうとしているのよ」
「ちが……っ」
フィラに幽霊と呼ばれた者は、アフタルに突き付けられた剣をなぎ払った。
ガシャ! ガシャン!
けたたましい音を立てて、キラド家の護衛の手から剣が落ちていく。
「……助けてくれるんですか?」
アフタルは思わず問いかけていた。実体もない、まるで空気のような存在に。
「なぜ?」
その透明な影は、しゃがみこむとアフタルの頬にくちづけた。
そして耳元で囁いたのだ。
「俺を選べ」と。
アフタルはうなずいた。
透明な影を恐れていた男たちは、我に返ってアフタルを無理矢理立ち上がらせた。
彼女の護衛は、さっきまで主であった王女に背を向けている。自分が見なければ、何事も起こっていないのだという風に。
ドレスの襟を引きちぎられ、その中に小箱を突っ込まれた。
きっちりと留めていたボタンが千切れ、床に落ちていく。
たとえ小国とはいえ、貧国とはいえ、側室の娘とはいえ、王女に対しての振る舞いではない。
なんて無礼な。
アフタルは奥歯を噛みしめた。
みっともなく泣いてはいけない。ロヴナにすがりついて哀願するなんて、もってのほかだ。
毅然としなければ。
頭に手を伸ばすと、きっちりとまとめていた髪を下ろす。
大きな窓から吹き込む風が、アフタルの髪をふわりと揺らす。腰まである波打つ髪は陽光を宿して黄金色に光り、地味に見えたドレスは、布地と同色の糸で織りこまれた繊細な模様が浮き上がって見える。
ロヴナが息を呑むのが伝わってきた。
「ロヴナさま。もうお会いすることがなければ、お互い幸いですね」
ドレスのスカートをつまみ、優雅に礼をする。
伊達に十八年も王宮で育っていない。淑女としての心得は学んでいる。
そう、淑女は人前でみっともなく泣いてはいけないのだ。
常に気高く、凛々しくあれ。
王宮に戻って、これからのことを考えよう。
「気に入ったぜ」
どこか、とても近いところから声が聞こえた。
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