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一章

2、どこまで馬鹿にするつもりなんですか

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 この政略結婚は、サラーマ王家には経済的な後ろ盾を、大商人のキラド家には第三王女との婚姻で貴族としての称号を得ることが目的だ。
 本来ならば、こんな身分違いの結婚などありえないだろう。

 そう、サラーマ王家が困窮さえしていなければ。

 サラーマ王国は大国カシアとウェドに挟まれた、小国だ。後宮に複数の妃を住まわせ、これまで王女たちの婚姻で同盟を締結したり、国内の基盤を強くしてきた。

(ロヴナとの結婚がなくなれば、わたくしの存在価値はなくなってしまう)

 アフタルは、唇を噛みしめた。
 刹那、これまで笑っていたフィラが脅えたように眉根を寄せる。

「いやだ、この王女さま。あたしのことを睨んでる。ほら、まるで呪うみたいに。じっとりとした目で」

 怖いと身震いしながら、フィラはロヴナの腕にしがみついた。

「睨んでなんかいませんし、呪いなんてありえません」
「嘘っ。あたし、知ってるのよ。深緑の瞳は、憎悪と嫉妬を宿しているって。やめて、謝れっていうのなら、いくらでも謝罪するから。あたしを呪わないで」

 がたがたと体を震わせながら、フィラはロヴナの背後に隠れてしまった。
 なんて下手くそな小芝居。この女性の言うことを信じる人なんて、いるはずがない。
 アフタルが呆れたのは一瞬だった。

 パァン! という音が室内に響く。続いて感じたのは頬の熱さ。痛みは遅れてやって来た。
 ロヴナに頬を叩かれたのだと気づいたのは、その後だった。

 室内に控えるアフタルの護衛が、腰に佩びた剣に手をかけた。それをアフタルは手で制する。
 ただでさえ破談を言い渡されたのだ。これ以上、事を大きくすることが得策とは思えない。

「憎むのなら、このぼくを憎め。フィラは関係ない」
 
 一方的に婚約を破棄されて、あっという間に悪者に仕立て上げられて。
 ただ婚約者に呼び出されただけなのに。

 呆然と立ち尽くしていると、部屋の扉が開き屈強な男たちが駆け込んできた。足音は数人。
 護衛がアフタルを護ろうとしたが、多勢に無勢。アフタルの体は、床にねじ伏せられ、何本もの剣が突きつけられた。

 床に顔をつけたのなど、生まれて初めてのことだ。
 この冷たく硬い感触と惨めな気持ちを、忘れることはないだろう。

 鋭く光る銀のやいば。重なる剣の隙間から、寄り添う恋人同士が見える。
 怒りに顔を赤く染めたロヴナ。口もとだけで笑うフィラ。

「哀れだね、貧しい王家というものは。護衛も稼ぎに見合う働きしかしてくれないからな。単に剣を持ったお飾りでしかない」
「どういうことですか?」

 呆然と立ち尽くす護衛を見据えると、彼は不自然にアフタルから目を逸らした。
 ああ、買収されたのかと、すぐに悟った。
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