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一章 一年目なつの月
10 なつの月11日、泉の女神②
しおりを挟む間違った転生を訂正してもらおうという気持ちは、不思議なことに湧き起こらない。
シルキーとの生活はことのほか快適で、憧れの悪役令嬢の人生と天秤をかければ、確実にこの穏やかな生活に傾く自信があるほどである。
(それにしても……転生かぁ。希望しておいてなんだけど、本当にあるもんなんだなぁ)
ほのかの記憶にある『ハーモニーハーベスト』は、四作ほど世に出ている、わりと人気があるシリーズだ。
ここ、プティメルバ島が舞台の最新作は、牧場主に憧れる主人公が、船に乗ってやって来るところから始まる。
親戚から譲り受けた寂れた牧場を自分好みに発展させつつ、村の人と交流し、伴侶候補と交際し、結婚し、子供を生んでーーと、心温まるほっこり牧場生活ゲームなのである。
最新作であるこの世界は、恋愛要素がより増えて、条件を揃えると嫁候補と婿候補同士で結婚することもあるようだ。その為、気になる伴侶候補がいる場合は取られないように気をつけないといけない。
うっかりフラグを立てまくり、気付いたら結婚相手がいなかったーーなんて悲劇も報告されている。
しかし、フラグを立てたくなる気持ちも分からなくはないのだ。
どのキャラクターとのイベントも、以前に比べたら格段に出来が良くなった。伴侶候補との恋愛イベントはもちろん、婿候補と嫁候補の恋愛イベントも乙女ゲーム並みにロマンチックになったとかなっていないとか。
惜しむらくは、キャラクターたちに声が吹き込まれていないことである。
画面に表示されるキュンとするセリフも、声無しでは乙女ゲームに慣れきったプレイヤーからすると、少々物足りない。
そもそもハーモニーハーベストは牧場生活を楽しむゲームである。
もとは結婚するイベントさえなかったゲームなので、時代の変化に伴ってだいぶ進化したと言えるだろう。
因みに、乙女ゲームのように明確なエンディングはない。結婚した時点でエンディングロールが流れるが、その後も牧場生活は続く。
ほのかの記憶が蘇ったことで、イーヴィンに嬉しいことが二つある。
一つは、聞くことが出来なかったこの世界の住人の声を聞くことが出来るということ。
電子音ではない彼らの声はどんなものだろうと、イーヴィンは楽しみでならない。
もう一つは、迷子になる心配がなくなった、ということだ。
イーヴィンは、地図を読むことが苦手だ。
地図をグルグル回しながら見ているうちに、自分がどこに居るのか分からなくなってしまう。
彼女が譲り受けた牧場は、島の北に位置する。対をなす主人公、リアンの牧場があるのが南。一昨日到着した港があるのが東で、西には妖精の森と女神の泉がある。島民のほとんどは、東南寄りの中央にちんまりとある村に住んでいる。
この情報があるだけで、イーヴィンの行動は格段に楽になった。
おかげで今も、考え事をしながらだというのに妖精の森の入り口へ着くことが出来ている。
清廉な空気を纏う一帯を眺めて、イーヴィンは深呼吸をしてみた。
夏の真昼間だというのに、この辺りは日暮れ時のように涼しい。
夜になれば森に棲む妖精たちがポウポウと蛍のように光を放つから、さぞ幻想的な風景になるだろう。
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