4 / 51
第4話 気さくなばあや
しおりを挟む
「王宮でも常に他の人の目につかないようにされているのが不憫で。でもね、あなた様のことに対しては、自分と同じようにぞんざいに扱ったら許さないってはっきりおっしゃって。だから、最上級の客間にお嬢様をお通しすることができたのです。やればできるのですよ、ベネットさまも」
温和そうな婦人はメルの誉め言葉に気をよくして饒舌になっていた。
「あら、いやだ、私ってば。お嬢様、お食事はここに運んでよろしいですか? それとも王家の方々と一緒にとられるなら、そのようにお話しても……?」
「ここでいいわ」
過剰に気を遣う国王夫妻や、なんとなくさげすんでいるように見えた王太子の兄弟たちと一緒に食事は気が重い。
どうせ出ていくのだしね。
「かしこまりました、あと、お着替えなどは……」
「ああ、そういえば、持ってきていないわ」
前もって言ってくれれば、着替えくらい持参したのに、と、メルは思った。
それをするとメルが行くのを嫌がるとでも思ったのだろうか?
あとでメルが不自由な思いをするのは頓着しないのが、あの両親の通常運転だ。
「かしこまりました。では王宮にある客人用の部屋着と寝巻をお持ちしますね」
ばあやことサモワは部屋を小走りに出ていった。
そしてしばらくすると、他の侍女も使って十着ほどのドレスをもって部屋に入ってきた。
「さあ、どうぞ、お嬢様」
こんなに、と、メルが驚きの声をあげた。
急きょ王宮に滞在することになった要人に備えて、置いてある最高級の室内着の数々。いつもメルよりワンランク上の品を身に着けているエメや母の部屋着や寝巻でも、こんなすべらかな生地と丁寧な仕立ての品は見たことがない。
「どうぞ、遠慮なさらず」
「こんな素敵なもの、今まで身に着けたことがないわ」
「寝巻はこの二着でいいですかね。結婚式を終えた後なら、もうちょっと丈の短いものや生地の薄いものもあるのですけどね、ほほほ」
ばあやはそう言って、空色と生成り色のネグリジェをハンガーにかけた。
部屋着の方は体を締め付けないエンパイアスタイルが主流であった。
「どちらになさいます? 私は白銀地の縁に金糸の刺繍のあるパフスリーブのがお似合いだと思うのですが? ああ、それともこの花緑青色の胸当てがあるデザインの方がよろしいですかね?」
「どちらも好きよ」
「じゃあ、今回はこちらで」
ばあやはパフスリーブの方を選んでメルの着替えを手伝った。
「僭越ながら、お部屋の外で着るドレスも持ってきましたので、こちらにかけておきますね」
ばあやは短時間でメルの髪や瞳の色から似合う色合いのものを探し出して持ってきた。
実家ではこんなことをしてもらったことはない。
エメと母の似合う色合いはほぼ同じだけど、メルは違う。
そのため自分たちが似合うドレスをメルが似合わないのを馬鹿にされるし、メルが似合うドレスは地味とか暗いとか言われることもしょっちゅうだった。
その夜は、ばあやが語るベネットの幼いころの話を伴奏に食事をとり、その後就寝。
翌日も朝からばあやが食事を運んできてくれた。
「今日はいかがいたしましょう。お嬢様?」
メルは考えた。
一週間後に式を挙げること以外、何も知らされていない。
その間、どうやって時間をつぶせばいいのか、メルも途方に暮れていた。
「王宮のお庭を散策されるのはいかがですか? あと何かご趣味がありましたら、道具など用意いたしますよ」
「そうね、時間があるし、刺繍をしてみたいわ。ねえ、ここにある薄紅色のドレスだけど襟元や袖口に、もう少し濃い紅色の花の刺繍をしたら素敵だと思わない。あ、王室の物だし、余計な手をかけちゃダメかしら?」
「いえいえ、これはもうお嬢様の物ですので、お好きなようになさってかまいませんよ。そうですね、それもお嬢様に似合いそうな色だと思って持ってきたのですが、少々飾りが少ないな、と、思っていたのですよ」
「あと、ベネット様にも何かお礼に、刺繍をしたハンカチーフなど?」
「まあ、お嬢様! それは素敵でございます!」
ばあやのサモワが歓声を上げた。
この国では、貴族女性のたしなみの手仕事の一つとして刺繍があり、メルはわりとそれが得意だ。
親しい殿方、親子兄弟や親戚、あるいは夫にも自分が作ったのを贈る習慣がある。
父に対しても、誕生日の際に何度か作って送ったことがあったが、ちゃっかりしたエメが共同のプレゼントにしようと言って、何度も手柄を横取りされたことがある。
「あの、あくまでお礼なのですが……、どういったモチーフを好まれるか? えっと……」
サモワの高揚した様子にメルは少しうろたえる。
「お礼でもなんでも、ベネット様にそうやって贈ってくださる方なんてついぞいませんでしたからね」
感激でむせび泣くばあやをなだめながら、メルはベネットを今まで取り巻いていた環境に少し胸が痛くなった
温和そうな婦人はメルの誉め言葉に気をよくして饒舌になっていた。
「あら、いやだ、私ってば。お嬢様、お食事はここに運んでよろしいですか? それとも王家の方々と一緒にとられるなら、そのようにお話しても……?」
「ここでいいわ」
過剰に気を遣う国王夫妻や、なんとなくさげすんでいるように見えた王太子の兄弟たちと一緒に食事は気が重い。
どうせ出ていくのだしね。
「かしこまりました、あと、お着替えなどは……」
「ああ、そういえば、持ってきていないわ」
前もって言ってくれれば、着替えくらい持参したのに、と、メルは思った。
それをするとメルが行くのを嫌がるとでも思ったのだろうか?
あとでメルが不自由な思いをするのは頓着しないのが、あの両親の通常運転だ。
「かしこまりました。では王宮にある客人用の部屋着と寝巻をお持ちしますね」
ばあやことサモワは部屋を小走りに出ていった。
そしてしばらくすると、他の侍女も使って十着ほどのドレスをもって部屋に入ってきた。
「さあ、どうぞ、お嬢様」
こんなに、と、メルが驚きの声をあげた。
急きょ王宮に滞在することになった要人に備えて、置いてある最高級の室内着の数々。いつもメルよりワンランク上の品を身に着けているエメや母の部屋着や寝巻でも、こんなすべらかな生地と丁寧な仕立ての品は見たことがない。
「どうぞ、遠慮なさらず」
「こんな素敵なもの、今まで身に着けたことがないわ」
「寝巻はこの二着でいいですかね。結婚式を終えた後なら、もうちょっと丈の短いものや生地の薄いものもあるのですけどね、ほほほ」
ばあやはそう言って、空色と生成り色のネグリジェをハンガーにかけた。
部屋着の方は体を締め付けないエンパイアスタイルが主流であった。
「どちらになさいます? 私は白銀地の縁に金糸の刺繍のあるパフスリーブのがお似合いだと思うのですが? ああ、それともこの花緑青色の胸当てがあるデザインの方がよろしいですかね?」
「どちらも好きよ」
「じゃあ、今回はこちらで」
ばあやはパフスリーブの方を選んでメルの着替えを手伝った。
「僭越ながら、お部屋の外で着るドレスも持ってきましたので、こちらにかけておきますね」
ばあやは短時間でメルの髪や瞳の色から似合う色合いのものを探し出して持ってきた。
実家ではこんなことをしてもらったことはない。
エメと母の似合う色合いはほぼ同じだけど、メルは違う。
そのため自分たちが似合うドレスをメルが似合わないのを馬鹿にされるし、メルが似合うドレスは地味とか暗いとか言われることもしょっちゅうだった。
その夜は、ばあやが語るベネットの幼いころの話を伴奏に食事をとり、その後就寝。
翌日も朝からばあやが食事を運んできてくれた。
「今日はいかがいたしましょう。お嬢様?」
メルは考えた。
一週間後に式を挙げること以外、何も知らされていない。
その間、どうやって時間をつぶせばいいのか、メルも途方に暮れていた。
「王宮のお庭を散策されるのはいかがですか? あと何かご趣味がありましたら、道具など用意いたしますよ」
「そうね、時間があるし、刺繍をしてみたいわ。ねえ、ここにある薄紅色のドレスだけど襟元や袖口に、もう少し濃い紅色の花の刺繍をしたら素敵だと思わない。あ、王室の物だし、余計な手をかけちゃダメかしら?」
「いえいえ、これはもうお嬢様の物ですので、お好きなようになさってかまいませんよ。そうですね、それもお嬢様に似合いそうな色だと思って持ってきたのですが、少々飾りが少ないな、と、思っていたのですよ」
「あと、ベネット様にも何かお礼に、刺繍をしたハンカチーフなど?」
「まあ、お嬢様! それは素敵でございます!」
ばあやのサモワが歓声を上げた。
この国では、貴族女性のたしなみの手仕事の一つとして刺繍があり、メルはわりとそれが得意だ。
親しい殿方、親子兄弟や親戚、あるいは夫にも自分が作ったのを贈る習慣がある。
父に対しても、誕生日の際に何度か作って送ったことがあったが、ちゃっかりしたエメが共同のプレゼントにしようと言って、何度も手柄を横取りされたことがある。
「あの、あくまでお礼なのですが……、どういったモチーフを好まれるか? えっと……」
サモワの高揚した様子にメルは少しうろたえる。
「お礼でもなんでも、ベネット様にそうやって贈ってくださる方なんてついぞいませんでしたからね」
感激でむせび泣くばあやをなだめながら、メルはベネットを今まで取り巻いていた環境に少し胸が痛くなった
46
あなたにおすすめの小説
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
透明な貴方
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。
私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。
ククルス公爵家の一人娘。
父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。
複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。
(カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。
【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる