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小さな秘密 ※リナリア
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王宮の離れにある、リナリア専用の私室。
この部屋はユリウスが、彼女のためだけに用意したものだった。
王宮の喧騒から少し離れた静かな場所にあり、窓からは庭園が見渡せる。
彼女に喜んでほしくて、ユリウスが内装から家具まで心を砕いて選び抜いた。
花柄のカーテンや淡い色合いの絨毯、季節ごとに生花が飾られるその空間は、まるで彼の「愛情そのもの」のようだった。
机の上には整頓された手紙と香りの薄いハーブティーの入ったカップが置かれている。
夜も更けた頃、リナリアはひとり、机に向かっていた。
筆を握る手は細く、力がこもっていない。
それでも、彼女の目は真剣だった。
「……このくらいで、いいかな」
紙の上に流れるような文字を並べ終え、リナリアはそっと筆を置いた。
その内容が何であるかは、誰にも見せていない。
それは手紙のようであり、遺書のようでもあった。
小さな木箱の中に手紙を入れ、丁寧に鍵をかける。
そしてそれを机の奥、誰にも気づかれない引き出しの奥にしまい込んだ。
動作が終わった瞬間、リナリアは小さく肩で息をした。
顔色が悪い。
額にうっすらと汗が滲んでいる。
「……」
手を胸元に当て、リナリアは深く呼吸を整える。
だが、それでも胸の奥の重さは取れなかった。
ふいに咳き込み、口元にハンカチを当てる。
そして、ハンカチをそっと外したその布には、微かに紅い染みが浮かんでいた。
「……また、か」
リナリアはそれを見つめながら、小さく笑った。
悲しいような、どこか諦めたような笑みだった。
「まだ……もう少しだけ、時間が欲しいのに」
立ち上がろうとした瞬間、足元がふらついた。
椅子が軽く揺れ、バランスを崩す。
だが、リナリアはすぐに机を支えにして立ち直った。
「大丈夫。……こんなことで崩れるわけにはいかない」
ひとりごとを呟くように、彼女は自分に言い聞かせる。
ユリウスにも、誰にも、このことは知られてはいけない。
自分が立ち止まったら、すべてが止まってしまう。
リナリアはあの日まで必死に生きていた。
家族を奪われ、名も地位も失い、それでも前を向いて歩いてきた。
平民として身を立てながら、育てた花を売り、小さな仕事を懸命にこなした。ただ、生き延びることが、失われた家族への誓いだった。
けれど、その体はすでに限界を迎えていた。
何気なく訪ねた町医者の診察で、リナリアはその現実を突きつけられる。
体の奥深くに潜んでいた病は、知らぬ間に進行し、もはや手遅れだと言われた。
「……余命は一年もつかどうかでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
嘘だと笑いたかった。けれど、笑う気力すら湧かなかった。
その夜、リナリアは迷わずクラリスを訪ねた。
家族同然に育ったクラリスだけは、すべてを打ち明けられる相手だった。
誰にも言えずに胸に押し込んできた思いを、今夜はすべて伝えようと決めていた。
クラリス邸の一室。
夜の帳が降りたクラリスの部屋でロウソクの淡い灯りが揺れる影を壁に映していた。
リナリアは震える手を膝の上で組み、語り始めた。
医師に宣告された病のこと。
残された時間が、もうわずかしかないこと。
そして、どうしても最後に成し遂げたいこと。
それは、王家への復讐だった。
「私が、最後にできることはこれしかないの」
声が震えるのを抑えられなかった。
「お願い。クラリスお姉様、どうか力を貸して。お姉様がいなければ、私は何もできない」
そう絞り出した言葉に、クラリスは目を閉じ、しばらく沈黙したままだった。
けれどやがて、リナリアの手を静かに握り返し、冷たくなったリナリアの手をあたためるかのようにさすってくれた。
「……そんなこと、言わないで」
掠れた声には、普段の冷静さはなかった。
クラリスの胸の奥にも、痛みが押し寄せているのが伝わってくる。
「でも、私には時間がないの。わがままだってわかってる。でも、どうしても許せないの。あの王家に、奪われたものを返してもらいたい」
涙はこぼれなかった。
けれど、潤んだ瞳に宿る強さが、かえってクラリスの胸を苦しめた。
「……いいわ」
クラリスはゆっくりと頷き、リナリアの手をさらに強く握った。
「あなたの願いは私が叶える。最後まで、私があなたの力になる」
その言葉に、リナリアは小さく息を吐いた。
張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
二人はそのまま、手を取り合い、しばらく言葉を交わさなかった。
けれど、その沈黙の中で、ひとつの誓いが静かに結ばれた。
失われた家族のために。
自分を嘲笑った王家のために。
そして、自分が最後まで自分であるために。
復讐の計画は、この夜から動き出す。
クラリスと共に、リナリアはその道を歩む覚悟を決めた。
たとえ、どんな結末が待っていようとも。
あの夜、クラリスと交わした約束。
最後までこの役割を全うしなければならない。
リナリアは机に戻り、ハーブティーを口に運んだ。
ぬるくなったその味に、少しだけ顔をしかめる。
ふと、窓の外を見る。
夜空には雲が広がり、月は隠れていた。
「こんな夜は、夢も見られないわね」
再び筆を手に取る。
さっき書いたのとは別の紙に、新たな文字を書き始めた。
その内容もまた、誰にも見せないもの。
心の中にある思いを、形にして残すことだけが、今のリナリアにできることだった。
「もし……叶うなら」
思わず漏れた言葉を、自分で遮るように筆を止める。
そのまま、紙を手の中でくしゃくしゃに丸めて、机の上から遠ざけた。
体は限界を訴えている。でも、心はまだ終わっていない。
リナリアは笑った。
誰もいない静かな部屋で、ひとり、淡い笑みを浮かべた。
この部屋はユリウスが、彼女のためだけに用意したものだった。
王宮の喧騒から少し離れた静かな場所にあり、窓からは庭園が見渡せる。
彼女に喜んでほしくて、ユリウスが内装から家具まで心を砕いて選び抜いた。
花柄のカーテンや淡い色合いの絨毯、季節ごとに生花が飾られるその空間は、まるで彼の「愛情そのもの」のようだった。
机の上には整頓された手紙と香りの薄いハーブティーの入ったカップが置かれている。
夜も更けた頃、リナリアはひとり、机に向かっていた。
筆を握る手は細く、力がこもっていない。
それでも、彼女の目は真剣だった。
「……このくらいで、いいかな」
紙の上に流れるような文字を並べ終え、リナリアはそっと筆を置いた。
その内容が何であるかは、誰にも見せていない。
それは手紙のようであり、遺書のようでもあった。
小さな木箱の中に手紙を入れ、丁寧に鍵をかける。
そしてそれを机の奥、誰にも気づかれない引き出しの奥にしまい込んだ。
動作が終わった瞬間、リナリアは小さく肩で息をした。
顔色が悪い。
額にうっすらと汗が滲んでいる。
「……」
手を胸元に当て、リナリアは深く呼吸を整える。
だが、それでも胸の奥の重さは取れなかった。
ふいに咳き込み、口元にハンカチを当てる。
そして、ハンカチをそっと外したその布には、微かに紅い染みが浮かんでいた。
「……また、か」
リナリアはそれを見つめながら、小さく笑った。
悲しいような、どこか諦めたような笑みだった。
「まだ……もう少しだけ、時間が欲しいのに」
立ち上がろうとした瞬間、足元がふらついた。
椅子が軽く揺れ、バランスを崩す。
だが、リナリアはすぐに机を支えにして立ち直った。
「大丈夫。……こんなことで崩れるわけにはいかない」
ひとりごとを呟くように、彼女は自分に言い聞かせる。
ユリウスにも、誰にも、このことは知られてはいけない。
自分が立ち止まったら、すべてが止まってしまう。
リナリアはあの日まで必死に生きていた。
家族を奪われ、名も地位も失い、それでも前を向いて歩いてきた。
平民として身を立てながら、育てた花を売り、小さな仕事を懸命にこなした。ただ、生き延びることが、失われた家族への誓いだった。
けれど、その体はすでに限界を迎えていた。
何気なく訪ねた町医者の診察で、リナリアはその現実を突きつけられる。
体の奥深くに潜んでいた病は、知らぬ間に進行し、もはや手遅れだと言われた。
「……余命は一年もつかどうかでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
嘘だと笑いたかった。けれど、笑う気力すら湧かなかった。
その夜、リナリアは迷わずクラリスを訪ねた。
家族同然に育ったクラリスだけは、すべてを打ち明けられる相手だった。
誰にも言えずに胸に押し込んできた思いを、今夜はすべて伝えようと決めていた。
クラリス邸の一室。
夜の帳が降りたクラリスの部屋でロウソクの淡い灯りが揺れる影を壁に映していた。
リナリアは震える手を膝の上で組み、語り始めた。
医師に宣告された病のこと。
残された時間が、もうわずかしかないこと。
そして、どうしても最後に成し遂げたいこと。
それは、王家への復讐だった。
「私が、最後にできることはこれしかないの」
声が震えるのを抑えられなかった。
「お願い。クラリスお姉様、どうか力を貸して。お姉様がいなければ、私は何もできない」
そう絞り出した言葉に、クラリスは目を閉じ、しばらく沈黙したままだった。
けれどやがて、リナリアの手を静かに握り返し、冷たくなったリナリアの手をあたためるかのようにさすってくれた。
「……そんなこと、言わないで」
掠れた声には、普段の冷静さはなかった。
クラリスの胸の奥にも、痛みが押し寄せているのが伝わってくる。
「でも、私には時間がないの。わがままだってわかってる。でも、どうしても許せないの。あの王家に、奪われたものを返してもらいたい」
涙はこぼれなかった。
けれど、潤んだ瞳に宿る強さが、かえってクラリスの胸を苦しめた。
「……いいわ」
クラリスはゆっくりと頷き、リナリアの手をさらに強く握った。
「あなたの願いは私が叶える。最後まで、私があなたの力になる」
その言葉に、リナリアは小さく息を吐いた。
張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
二人はそのまま、手を取り合い、しばらく言葉を交わさなかった。
けれど、その沈黙の中で、ひとつの誓いが静かに結ばれた。
失われた家族のために。
自分を嘲笑った王家のために。
そして、自分が最後まで自分であるために。
復讐の計画は、この夜から動き出す。
クラリスと共に、リナリアはその道を歩む覚悟を決めた。
たとえ、どんな結末が待っていようとも。
あの夜、クラリスと交わした約束。
最後までこの役割を全うしなければならない。
リナリアは机に戻り、ハーブティーを口に運んだ。
ぬるくなったその味に、少しだけ顔をしかめる。
ふと、窓の外を見る。
夜空には雲が広がり、月は隠れていた。
「こんな夜は、夢も見られないわね」
再び筆を手に取る。
さっき書いたのとは別の紙に、新たな文字を書き始めた。
その内容もまた、誰にも見せないもの。
心の中にある思いを、形にして残すことだけが、今のリナリアにできることだった。
「もし……叶うなら」
思わず漏れた言葉を、自分で遮るように筆を止める。
そのまま、紙を手の中でくしゃくしゃに丸めて、机の上から遠ざけた。
体は限界を訴えている。でも、心はまだ終わっていない。
リナリアは笑った。
誰もいない静かな部屋で、ひとり、淡い笑みを浮かべた。
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