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言い訳の終わり
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大広間は静まり返っていた。
重苦しい空気が、壁や天井を這うように広がっている。
ユリウスは椅子に沈み込み、拳を握り締めて震えていた。
その顔からは、もはや威厳も余裕も失われていた。
「……僕は……知らなかった」
かろうじて絞り出すような声。
クラリスは、その言葉を静かに受け止め、冷ややかに問い返す。
「本当に、そうですか?」
その声音には逆らえぬ重みが宿っていた。
一歩前に進み、クラリスはユリウスをまっすぐ見据える。
「民が困窮していることを、知りませんでしたか? 南部の商人たちが潰され、各地で不満が渦巻いていたことを、見なかったのですか?」
ユリウスは唇を噛み、視線を逸らす。
貴族たちの間にも、冷ややかな視線が広がり始めた。
「あなたの罪は、知りながら黙っていたこと。それが、この国を腐らせた」
クラリスはユリウスをまっすぐ見据え、胸に宿した覚悟を揺るがぬものにした。
──思い出すのは、あの静かな夜だった。
ロウソクの灯りだけが揺れるヴェルディ邸の小さな書斎で、リナリアが震える声で語った。
「私が王宮に入り込んで、王家を内部から暴く……それしか、もう方法はないわ」
あまりに巧妙に隠された王家の腐敗は外からでは簡単には暴けない、というリナリアの言葉に、クラリスは悔しげに目を閉じ頷いた。
リナリアを『平民なのに王族に愛された奇跡の恋人』に仕立て、王宮に食い込ませる。
そこで掴んだ王家の腐敗の証拠を、国民の目の前に暴き出す。それが、二人で選んだ最後の賭けだった。
リナリアの命の時間が限られていると知ったあの日から、クラリスは一瞬も迷わなかった。
生きているうちに、この国の膿を断つ。
共に交わした、静かな誓い。その決意が、今ここに繋がっている。
ユリウスの震える声が現実に引き戻す。
「僕は……そんなつもりじゃ……!」
震える声で反論しようとしたユリウスの言葉を、ジークフリートが冷たく遮った。
「『知らなかった』では済まされぬ。王家の責務を担う者として、逃げることは許されない」
広間に沈黙が落ちる中、クラリスはレオン・ヴァルシュタインと目を合わせ、彼がわずかに頷くと一歩踏み出した。
「まだ語らねばならないことがあります」
その一言に、貴族たちがざわついた。
クラリスはユリウスを越え、玉座に座る国王と王妃に視線を向ける。
「この国を食い潰しただけではありません。その罪を隠すために、王家は偽りの汚名を着せました」
広間の空気が張り詰めていく。
「かつて、ヴェルディ伯爵家は反逆の罪を着せられ、無惨に潰されました。正当な手続きを経ず、偽りの証拠を作り上げられたのです」
「……その証拠はどこにある!」
玉座から王妃が声を上げた。震える声には焦りが滲んでいる。
クラリスはすぐに答えない。ただ、静かに一言。
「証人がいます」
広間の扉が静かに開かれた。
そこに現れたのは、プラチナブロンドの髪に、空のように澄んだ瞳を持つ少女――リナリアだった。
白いドレスに身を包み、息を整えながら、まっすぐに歩み出る。
クラリスとレオンがそっとその背を支える。
貴族たちの視線が彼女に集まる中、リナリアは堂々と前へ進んだ。
「……リナリア?」
ユリウスの震える声が漏れる。
その顔は恐怖に染まり、王妃は青ざめて彼女を見つめていた。
「私は、リナリア・ヴェルディ。かつて、この国で伯爵家の娘として生まれ、王家によってすべてを奪われた者です」
広間に衝撃が走った。
貴族たちの間にどよめきが広がる。
「ヴェルディ家の娘……生きていたのか……」
「反逆は偽りだったというのか?」
そのざわめきを遮るように、リナリアは王と王妃を見据え、静かに告げた。
「私の父は潔白でした。それでも陛下、あなた方は偽りの罪を着せ、家族を殺し、領地を奪ったのです」
国王は目を伏せ、王妃は震えながら言葉を返す。
「それは……この国のために必要な処置だったのです……」
か細い声は、すでに誰の耳にも届いていなかった。
レオンが前に出て、淡々と告げる。
「言い逃れは許されません。すべての証拠は揃っています。
各領地から徴収された税の記録、南部商会の証言、ヴェルディ家に罪を着せるため偽造された文書――すべて原本と照合済みです」
貴族たちの間に、再び緊張が走る。
逃げ道などないと、誰もが悟った。
「王家の罪は明らかだ。この国を私物化し、民を苦しめ、罪なき家を潰した」
ジークフリートが低く告げた。
国王は顔を上げるが、もはやそこに王の威厳はなかった。
「これ以上、言い訳は不要です」
レオンが静かに言う。
「今日この場で、王家の罪は裁かれます」
広間に満ちる、重く確かな沈黙。
長い長い欺瞞に満ちた支配は、今ここに終わりを迎えようとしていた。
重苦しい空気が、壁や天井を這うように広がっている。
ユリウスは椅子に沈み込み、拳を握り締めて震えていた。
その顔からは、もはや威厳も余裕も失われていた。
「……僕は……知らなかった」
かろうじて絞り出すような声。
クラリスは、その言葉を静かに受け止め、冷ややかに問い返す。
「本当に、そうですか?」
その声音には逆らえぬ重みが宿っていた。
一歩前に進み、クラリスはユリウスをまっすぐ見据える。
「民が困窮していることを、知りませんでしたか? 南部の商人たちが潰され、各地で不満が渦巻いていたことを、見なかったのですか?」
ユリウスは唇を噛み、視線を逸らす。
貴族たちの間にも、冷ややかな視線が広がり始めた。
「あなたの罪は、知りながら黙っていたこと。それが、この国を腐らせた」
クラリスはユリウスをまっすぐ見据え、胸に宿した覚悟を揺るがぬものにした。
──思い出すのは、あの静かな夜だった。
ロウソクの灯りだけが揺れるヴェルディ邸の小さな書斎で、リナリアが震える声で語った。
「私が王宮に入り込んで、王家を内部から暴く……それしか、もう方法はないわ」
あまりに巧妙に隠された王家の腐敗は外からでは簡単には暴けない、というリナリアの言葉に、クラリスは悔しげに目を閉じ頷いた。
リナリアを『平民なのに王族に愛された奇跡の恋人』に仕立て、王宮に食い込ませる。
そこで掴んだ王家の腐敗の証拠を、国民の目の前に暴き出す。それが、二人で選んだ最後の賭けだった。
リナリアの命の時間が限られていると知ったあの日から、クラリスは一瞬も迷わなかった。
生きているうちに、この国の膿を断つ。
共に交わした、静かな誓い。その決意が、今ここに繋がっている。
ユリウスの震える声が現実に引き戻す。
「僕は……そんなつもりじゃ……!」
震える声で反論しようとしたユリウスの言葉を、ジークフリートが冷たく遮った。
「『知らなかった』では済まされぬ。王家の責務を担う者として、逃げることは許されない」
広間に沈黙が落ちる中、クラリスはレオン・ヴァルシュタインと目を合わせ、彼がわずかに頷くと一歩踏み出した。
「まだ語らねばならないことがあります」
その一言に、貴族たちがざわついた。
クラリスはユリウスを越え、玉座に座る国王と王妃に視線を向ける。
「この国を食い潰しただけではありません。その罪を隠すために、王家は偽りの汚名を着せました」
広間の空気が張り詰めていく。
「かつて、ヴェルディ伯爵家は反逆の罪を着せられ、無惨に潰されました。正当な手続きを経ず、偽りの証拠を作り上げられたのです」
「……その証拠はどこにある!」
玉座から王妃が声を上げた。震える声には焦りが滲んでいる。
クラリスはすぐに答えない。ただ、静かに一言。
「証人がいます」
広間の扉が静かに開かれた。
そこに現れたのは、プラチナブロンドの髪に、空のように澄んだ瞳を持つ少女――リナリアだった。
白いドレスに身を包み、息を整えながら、まっすぐに歩み出る。
クラリスとレオンがそっとその背を支える。
貴族たちの視線が彼女に集まる中、リナリアは堂々と前へ進んだ。
「……リナリア?」
ユリウスの震える声が漏れる。
その顔は恐怖に染まり、王妃は青ざめて彼女を見つめていた。
「私は、リナリア・ヴェルディ。かつて、この国で伯爵家の娘として生まれ、王家によってすべてを奪われた者です」
広間に衝撃が走った。
貴族たちの間にどよめきが広がる。
「ヴェルディ家の娘……生きていたのか……」
「反逆は偽りだったというのか?」
そのざわめきを遮るように、リナリアは王と王妃を見据え、静かに告げた。
「私の父は潔白でした。それでも陛下、あなた方は偽りの罪を着せ、家族を殺し、領地を奪ったのです」
国王は目を伏せ、王妃は震えながら言葉を返す。
「それは……この国のために必要な処置だったのです……」
か細い声は、すでに誰の耳にも届いていなかった。
レオンが前に出て、淡々と告げる。
「言い逃れは許されません。すべての証拠は揃っています。
各領地から徴収された税の記録、南部商会の証言、ヴェルディ家に罪を着せるため偽造された文書――すべて原本と照合済みです」
貴族たちの間に、再び緊張が走る。
逃げ道などないと、誰もが悟った。
「王家の罪は明らかだ。この国を私物化し、民を苦しめ、罪なき家を潰した」
ジークフリートが低く告げた。
国王は顔を上げるが、もはやそこに王の威厳はなかった。
「これ以上、言い訳は不要です」
レオンが静かに言う。
「今日この場で、王家の罪は裁かれます」
広間に満ちる、重く確かな沈黙。
長い長い欺瞞に満ちた支配は、今ここに終わりを迎えようとしていた。
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