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第2話 物理無効はバグじゃなくて仕様です
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目を開けたら、女が枕元に立っていた。
長い黒髪が、カーテンを引いた畳の部屋をさらに暗くしている。
白いワンピース。裸足の足元。顔の下半分を覆う古びたマスク。
その奥で、耳元まで裂けた口が、じっとりとした視線とともに俺を見下ろしていた。
夜通し、ずっとこうしていたのだろう。
普通の人間なら心臓が止まる光景だ。
沈黙が五秒ほど続いた。
「あ、おはよう」
俺は欠伸を噛み殺しながら起き上がった。
「早いね。定時出社えらい」
ミレイの目が、ぎょっと見開かれた。
「は……っ?」
「いや、昨日の今日だし、バックレるかもって思ってたんだよ。ちゃんと来るの、偉いと思う」
「ちょ、ちょっと待って!」
ミレイが一歩後ずさる。
身の丈ほどもある裁ち鋏を持った手が、所在なさげに揺れていた。
「あなた、わたしが枕元に立ってたのよ? 夜通しずっと!」
「へえ、そうなんだ。大変だったな」
「怖がりなさいよ! 普通!」
「怖い……?」
俺は枕元に置いてあったスマホを取り出した。
画面には、元上司からの新着メール通知が並んでいる。
件名は「至急:連絡求む」「【重要】引き継ぎ資料について」「訴訟も辞さない」。
昨日から7件増えていた。計127件。
「人間のほうが怖い」
「……」
ミレイが黙り込んだ。
マスクの奥で、裂けた口が何か言いかけて、結局閉じるのが見えた。
「コーヒー淹れるけど、飲む?」
「……いらない。怪異は飲食しなくても平気だから」
「そっか。経費かからなくて助かる」
「そういう問題じゃないでしょ……」
俺は布団から這い出し、台所に向かった。
インスタントコーヒーの粉を探しながら、背後でミレイが小さく呟くのが聞こえた。
「……本当に、壊れてるわね。この人」
褒め言葉として受け取っておく。
◆
土蔵の扉を開けると、空気が変わった。
昨夜と同じ、乾いた甘い匂いがする。
薄暗い空間の奥に、青白いホログラムが浮かんでいた。
『おはようございます、マスター』
『ダンジョン第1階層:魔物活性化中』
『現在の敵対ユニット:ゴブリン×3』
「三匹か」
俺は土蔵の入口から一歩も動かず、UIを確認した。
ダンジョンの構造は単純だった。
土蔵の内部が歪み、その先に石造りの回廊が続いている。
幅は三メートルほど。天井は高く、松明のような光源が等間隔で並んでいた。
単純な構造だ。迷う要素がない。
奥から、かさかさと音が聞こえてくる。
小さな足音。複数。金属が擦れる音。
やがて、回廊の曲がり角から緑色の影が現れた。
ゴブリン。
身長は俺の腰くらい。醜い顔に、尖った耳。
手には錆びた短剣と、木の棍棒。
ファンタジーの定番モンスターが、三匹並んでこちらを睨んでいる。
「ギギッ!」
「ガァッ!」
威嚇の声を上げながら、じりじりと近づいてくる。
その動きを見て、俺は冷静に分析した。
連携が取れていない。各個バラバラに動いている。
武器の持ち方も雑だ。剣を逆手に持ってるやつがいる。
新人研修の時の同期より賢そうだが、ブラック企業の中間管理職よりは与しやすい。
「ミレイ」
「なに?」
「頼む」
「……それだけ? 指示とか、作戦とか」
「ない。好きにやれ」
ミレイが呆れたような視線を向けてきたが、俺は入口から一歩も動かなかった。
「俺は安全圏で見てる。何かあったら声かけて」
「あなた、本当に……」
「ホワイト企業は適材適所だ。俺は管理職で、お前は現場。役割分担」
ミレイが深いため息をついた。
それでも、裁ち鋏を構えて回廊の中央に進み出る。
長い黒髪が揺れ、白いワンピースの裾が石畳を掃いた。
ゴブリンたちが、新しい標的を認識した。
獲物だと思ったのだろう。三匹が同時に飛びかかる。
錆びた短剣がミレイの胴を貫く。
棍棒が頭に振り下ろされる。
はずだった。
「……え?」
ゴブリンの攻撃が、ミレイの体をすり抜けた。
触れない。当たらない。
刃も棍棒も、まるで霧を切るように空を薙いでいる。
手応えが全くないことに気づいたゴブリンが、混乱した顔で何度も斬りつける。
何度も殴る。全て無意味だった。
「ギギッ!?」
「ガ、ガァッ!?」
「物理無効か……」
俺は感心しながら呟いた。
防御力が高いんじゃない。回避率が異常なわけでもない。
そもそも、当たり判定が存在しないのだ。
システム的に言えば、物理攻撃の処理がスキップされている状態。
あるいは、幽体と物質が干渉しない仕様。
「この仕様、バグ報告したら即キャンセルレベルの壊れ性能だな。味方でよかった」
ミレイがゆっくりとマスクを外した。
耳元まで裂けた口が、薄暗い回廊に露わになる。
赤い傷跡のような唇が、三日月のように歪んだ。
美しくも禍々しい、都市伝説の怪異の本性。
「ねえ」
その声は、甘く、冷たかった。
回廊の空気が凍りつくような錯覚を覚える。
「わたし、きれい?」
ゴブリンたちの動きが、ぴたりと止まった。
逃げようとしている。足が動かない。
叫ぼうとしている。声が出ない。
質問を投げかけられた瞬間から、回答が完了するまで強制的に行動不能。
スタン。しかも確定発動。抵抗不可。
「あなたたちもポマードって言えば、助かったかもしれないのに」
ミレイが裁ち鋏を振り上げた。
身の丈ほどもある巨大な刃が、松明の光を反射してぎらりと輝く。
「……あ、言葉通じないのね。じゃあ死んで」
チョキン。
鋏が閉じる音が三度響いた。
乾いた、軽い音。まるで紙を切るような手応え。
ゴブリンの体が光の粒子に分解され、消滅していく。
後には、拳大の青い石が三つ転がっていた。魔石だ。
「……すごいな」
俺は素直に感嘆した。
「ノーダメージだ。回復薬代がかからない。装備の修繕費もゼロ。完璧じゃないか」
「それが感想なの? 普通、もうちょっとこう……」
「経費削減は正義だろ。前の会社じゃ備品一つ買うのに稟議書三枚必要だった」
ミレイが何か言いかけて、やめた。
諦めたような顔でこちらを見ている。
俺はUIを操作し、魔石を回収した。
『魔石×3を獲得』
『DP変換を実行しますか? Y/N』
「Y」
『300DPを獲得しました』
『現在の総DP:300』
「物理無効に、質問回答強制スタン。しかもスタン中は一方的に攻撃可能……」
俺はミレイを見た。
「敵だったら詰んでたな。マジで味方でよかった」
「……ふん」
ミレイがマスクを付け直しながら、視線を逸らした。
その手が、少しだけ落ち着かなく動いている。
◆
土蔵の外に出ると、朝の光が眩しかった。
空は青く、雲は白い。鳥の声が遠くから聞こえる。
都会では絶対に味わえない静寂。最高の環境だ。
縁側に座り、俺は昨日コンビニで買っておいた袋を開けた。
「ミレイ」
「……なに」
「初仕事、完璧だった」
俺はプリンを差し出した。
とろけるカスタードプリン。150円。コンビニスイーツの定番。
「優秀な社員にはインセンティブを出す。それが俺の流儀だ」
「……は?」
ミレイが目を丸くしている。
裁ち鋏を持ったまま、プリンと俺の顔を交互に見ていた。
「報酬。ボーナス。ご褒美。好きな言葉を選べ」
「い、いらないわよそんなの」
「遠慮するな。就業規則に書いてある」
「書いてないでしょそんなの! というか就業規則なんてないでしょ!」
俺は無視してプリンを押しつけた。
ミレイが仕方なさそうに受け取る。裁ち鋏を壁に立てかけて、おそるおそるプリンの蓋を開けた。
「……わたし、食べられるのかしら。これ」
「知らん。試せ」
「雑すぎない?」
文句を言いながらも、ミレイはマスクを少しずらしてプリンを口に運んだ。
一口。
裂けた口が、もぐもぐと動く。
咀嚼している。飲み込んでいる。どうやら食べられるらしい。
「……」
「どうだ」
「……別に。普通」
でも、二口目を食べている。
三口目も。スプーンを動かす手が止まらない。
俺はそれを横目で見ながら、ホログラムUIを確認した。
現在DP:300。
従業員:1名。
ダンジョン第1階層:魔物発生中(次回湧出まで23時間)。
この調子なら、毎日ゴブリンが湧いて、毎日ミレイが倒して、毎日DPが貯まる。
完全自動収益システムの完成だ。
「これならいける」
俺は確信した。
「俺の寝て暮らす生活が、確定した」
「……あなた、本当に働く気ないのね」
「三年間、死ぬほど働いた。休日出勤200日。残業月120時間。もう十分だ」
ミレイが何か言いかけて、やめた。
プリンの最後の一口を食べながら、小さく呟く。
「……おいしかった」
「そうか。よかった」
「べ、別に感謝してるわけじゃないから! 勘違いしないでよね!」
「してなくていい。また明日も頼む」
ミレイが顔を背けた。
マスクの隙間から覗く頬が、ほんのりと赤い。
俺は縁側に寝転がり、空を見上げた。
青い空。白い雲。
風が草を揺らす音。遠くで鳴く鳥の声。
三年ぶりの、何もしない朝。
働かない生活。完全自動収益。
怪異の部下と、田舎の古民家。
退職して正解だった。
人生で初めて、心からそう思えた。
続く
長い黒髪が、カーテンを引いた畳の部屋をさらに暗くしている。
白いワンピース。裸足の足元。顔の下半分を覆う古びたマスク。
その奥で、耳元まで裂けた口が、じっとりとした視線とともに俺を見下ろしていた。
夜通し、ずっとこうしていたのだろう。
普通の人間なら心臓が止まる光景だ。
沈黙が五秒ほど続いた。
「あ、おはよう」
俺は欠伸を噛み殺しながら起き上がった。
「早いね。定時出社えらい」
ミレイの目が、ぎょっと見開かれた。
「は……っ?」
「いや、昨日の今日だし、バックレるかもって思ってたんだよ。ちゃんと来るの、偉いと思う」
「ちょ、ちょっと待って!」
ミレイが一歩後ずさる。
身の丈ほどもある裁ち鋏を持った手が、所在なさげに揺れていた。
「あなた、わたしが枕元に立ってたのよ? 夜通しずっと!」
「へえ、そうなんだ。大変だったな」
「怖がりなさいよ! 普通!」
「怖い……?」
俺は枕元に置いてあったスマホを取り出した。
画面には、元上司からの新着メール通知が並んでいる。
件名は「至急:連絡求む」「【重要】引き継ぎ資料について」「訴訟も辞さない」。
昨日から7件増えていた。計127件。
「人間のほうが怖い」
「……」
ミレイが黙り込んだ。
マスクの奥で、裂けた口が何か言いかけて、結局閉じるのが見えた。
「コーヒー淹れるけど、飲む?」
「……いらない。怪異は飲食しなくても平気だから」
「そっか。経費かからなくて助かる」
「そういう問題じゃないでしょ……」
俺は布団から這い出し、台所に向かった。
インスタントコーヒーの粉を探しながら、背後でミレイが小さく呟くのが聞こえた。
「……本当に、壊れてるわね。この人」
褒め言葉として受け取っておく。
◆
土蔵の扉を開けると、空気が変わった。
昨夜と同じ、乾いた甘い匂いがする。
薄暗い空間の奥に、青白いホログラムが浮かんでいた。
『おはようございます、マスター』
『ダンジョン第1階層:魔物活性化中』
『現在の敵対ユニット:ゴブリン×3』
「三匹か」
俺は土蔵の入口から一歩も動かず、UIを確認した。
ダンジョンの構造は単純だった。
土蔵の内部が歪み、その先に石造りの回廊が続いている。
幅は三メートルほど。天井は高く、松明のような光源が等間隔で並んでいた。
単純な構造だ。迷う要素がない。
奥から、かさかさと音が聞こえてくる。
小さな足音。複数。金属が擦れる音。
やがて、回廊の曲がり角から緑色の影が現れた。
ゴブリン。
身長は俺の腰くらい。醜い顔に、尖った耳。
手には錆びた短剣と、木の棍棒。
ファンタジーの定番モンスターが、三匹並んでこちらを睨んでいる。
「ギギッ!」
「ガァッ!」
威嚇の声を上げながら、じりじりと近づいてくる。
その動きを見て、俺は冷静に分析した。
連携が取れていない。各個バラバラに動いている。
武器の持ち方も雑だ。剣を逆手に持ってるやつがいる。
新人研修の時の同期より賢そうだが、ブラック企業の中間管理職よりは与しやすい。
「ミレイ」
「なに?」
「頼む」
「……それだけ? 指示とか、作戦とか」
「ない。好きにやれ」
ミレイが呆れたような視線を向けてきたが、俺は入口から一歩も動かなかった。
「俺は安全圏で見てる。何かあったら声かけて」
「あなた、本当に……」
「ホワイト企業は適材適所だ。俺は管理職で、お前は現場。役割分担」
ミレイが深いため息をついた。
それでも、裁ち鋏を構えて回廊の中央に進み出る。
長い黒髪が揺れ、白いワンピースの裾が石畳を掃いた。
ゴブリンたちが、新しい標的を認識した。
獲物だと思ったのだろう。三匹が同時に飛びかかる。
錆びた短剣がミレイの胴を貫く。
棍棒が頭に振り下ろされる。
はずだった。
「……え?」
ゴブリンの攻撃が、ミレイの体をすり抜けた。
触れない。当たらない。
刃も棍棒も、まるで霧を切るように空を薙いでいる。
手応えが全くないことに気づいたゴブリンが、混乱した顔で何度も斬りつける。
何度も殴る。全て無意味だった。
「ギギッ!?」
「ガ、ガァッ!?」
「物理無効か……」
俺は感心しながら呟いた。
防御力が高いんじゃない。回避率が異常なわけでもない。
そもそも、当たり判定が存在しないのだ。
システム的に言えば、物理攻撃の処理がスキップされている状態。
あるいは、幽体と物質が干渉しない仕様。
「この仕様、バグ報告したら即キャンセルレベルの壊れ性能だな。味方でよかった」
ミレイがゆっくりとマスクを外した。
耳元まで裂けた口が、薄暗い回廊に露わになる。
赤い傷跡のような唇が、三日月のように歪んだ。
美しくも禍々しい、都市伝説の怪異の本性。
「ねえ」
その声は、甘く、冷たかった。
回廊の空気が凍りつくような錯覚を覚える。
「わたし、きれい?」
ゴブリンたちの動きが、ぴたりと止まった。
逃げようとしている。足が動かない。
叫ぼうとしている。声が出ない。
質問を投げかけられた瞬間から、回答が完了するまで強制的に行動不能。
スタン。しかも確定発動。抵抗不可。
「あなたたちもポマードって言えば、助かったかもしれないのに」
ミレイが裁ち鋏を振り上げた。
身の丈ほどもある巨大な刃が、松明の光を反射してぎらりと輝く。
「……あ、言葉通じないのね。じゃあ死んで」
チョキン。
鋏が閉じる音が三度響いた。
乾いた、軽い音。まるで紙を切るような手応え。
ゴブリンの体が光の粒子に分解され、消滅していく。
後には、拳大の青い石が三つ転がっていた。魔石だ。
「……すごいな」
俺は素直に感嘆した。
「ノーダメージだ。回復薬代がかからない。装備の修繕費もゼロ。完璧じゃないか」
「それが感想なの? 普通、もうちょっとこう……」
「経費削減は正義だろ。前の会社じゃ備品一つ買うのに稟議書三枚必要だった」
ミレイが何か言いかけて、やめた。
諦めたような顔でこちらを見ている。
俺はUIを操作し、魔石を回収した。
『魔石×3を獲得』
『DP変換を実行しますか? Y/N』
「Y」
『300DPを獲得しました』
『現在の総DP:300』
「物理無効に、質問回答強制スタン。しかもスタン中は一方的に攻撃可能……」
俺はミレイを見た。
「敵だったら詰んでたな。マジで味方でよかった」
「……ふん」
ミレイがマスクを付け直しながら、視線を逸らした。
その手が、少しだけ落ち着かなく動いている。
◆
土蔵の外に出ると、朝の光が眩しかった。
空は青く、雲は白い。鳥の声が遠くから聞こえる。
都会では絶対に味わえない静寂。最高の環境だ。
縁側に座り、俺は昨日コンビニで買っておいた袋を開けた。
「ミレイ」
「……なに」
「初仕事、完璧だった」
俺はプリンを差し出した。
とろけるカスタードプリン。150円。コンビニスイーツの定番。
「優秀な社員にはインセンティブを出す。それが俺の流儀だ」
「……は?」
ミレイが目を丸くしている。
裁ち鋏を持ったまま、プリンと俺の顔を交互に見ていた。
「報酬。ボーナス。ご褒美。好きな言葉を選べ」
「い、いらないわよそんなの」
「遠慮するな。就業規則に書いてある」
「書いてないでしょそんなの! というか就業規則なんてないでしょ!」
俺は無視してプリンを押しつけた。
ミレイが仕方なさそうに受け取る。裁ち鋏を壁に立てかけて、おそるおそるプリンの蓋を開けた。
「……わたし、食べられるのかしら。これ」
「知らん。試せ」
「雑すぎない?」
文句を言いながらも、ミレイはマスクを少しずらしてプリンを口に運んだ。
一口。
裂けた口が、もぐもぐと動く。
咀嚼している。飲み込んでいる。どうやら食べられるらしい。
「……」
「どうだ」
「……別に。普通」
でも、二口目を食べている。
三口目も。スプーンを動かす手が止まらない。
俺はそれを横目で見ながら、ホログラムUIを確認した。
現在DP:300。
従業員:1名。
ダンジョン第1階層:魔物発生中(次回湧出まで23時間)。
この調子なら、毎日ゴブリンが湧いて、毎日ミレイが倒して、毎日DPが貯まる。
完全自動収益システムの完成だ。
「これならいける」
俺は確信した。
「俺の寝て暮らす生活が、確定した」
「……あなた、本当に働く気ないのね」
「三年間、死ぬほど働いた。休日出勤200日。残業月120時間。もう十分だ」
ミレイが何か言いかけて、やめた。
プリンの最後の一口を食べながら、小さく呟く。
「……おいしかった」
「そうか。よかった」
「べ、別に感謝してるわけじゃないから! 勘違いしないでよね!」
「してなくていい。また明日も頼む」
ミレイが顔を背けた。
マスクの隙間から覗く頬が、ほんのりと赤い。
俺は縁側に寝転がり、空を見上げた。
青い空。白い雲。
風が草を揺らす音。遠くで鳴く鳥の声。
三年ぶりの、何もしない朝。
働かない生活。完全自動収益。
怪異の部下と、田舎の古民家。
退職して正解だった。
人生で初めて、心からそう思えた。
続く
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