実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第1話 ブラック企業を辞めたら、裏庭で口裂け女を雇用することになった件

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 午前三時。古民家の縁側で、俺は缶ビールを開けた。

 ぷしゅ、という小さな音が、山の静寂に吸い込まれていく。
 虫の声すらしない。街灯もない。人の気配なんて、当然ない。
 コンビニまで車で30分。携帯の電波は2本がやっと。
 都会育ちの人間なら発狂しそうな環境だ。

 最高だった。

「……生きてる」

 思わず声に出た。
 別に死にかけていたわけじゃない。いや、死にかけていたのかもしれない。

 1週間前、俺は都内のシステム開発会社を辞めた。
 3年間で休日出勤は200日を超えた。残業は月平均120時間。
 上司の口癖は「やりがいがあるだろ?」だった。
 その五文字で人が死ぬことを、あの会社は知らない。

 ここは長野県の山奥、天神集落。
 去年死んだ祖父がのこした、築100年の古民家だ。
 広い敷地に、頑丈な土蔵。相続するか迷っていたが、今となってはここしか行く場所がなかった。

 貯金は300万ほどある。切り詰めれば2年は持つ。
 問題は、その先だった。

 また働くのか。
 また満員電車に揺られるのか。
 また「やりがい」という名の過労死ルートを歩むのか。

 考えるだけで胃が痛くなる。
 缶ビールを傾けながら、俺は庭をぼんやりと眺めていた。

 視界の端に、何かが引っかかった。
 庭の奥。月明かりに照らされた土蔵。
 その扉が、ほんの少しだけ開いている。

 昼間、一通り家の中を確認したはずだ。
 土蔵の扉は、確かに閉まっていた。鍵は錆びついて動かなかったが、扉自体は重くて風で開くようなものじゃない。

「……猫でも入り込んだか」

 放っておいてもいいが、動物が住み着くと厄介だ。
 俺は立ち上がり、土蔵に向かった。

 草を踏む感触が妙に心地いい。
 都会では絶対に味わえない感覚だ。虫に刺されるリスクはあるが、満員電車で他人に押し潰されるよりはマシだろう。

 土蔵の前に立つ。
 古びた木の扉。隙間からのぞく闇は、底が見えないほど深い。
 普通の人間なら、夜中にひとりでこんな場所に入るのは躊躇ためらうところだろう。

 でも俺は。

「電気代かからなそうだな」

 真っ先にそんなことを考えていた。

 扉に手をかける。
 ぎぎぎ、ときしむ音。予想以上に重い。退職届を出すときより重い。
 比較対象がおかしいのは自覚している。

 中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
 外の湿った夜気とは違う。乾いていて、どこか甘い匂いがする。
 埃っぽさの中に、何か別のものが混じっている感覚。

 そして。
 俺の視界に、青白い光が浮かんだ。

『ダンジョンマネジメントシステム ver2.1、起動』
『マスター認証完了。雨神カイト様、ようこそ』

「……は?」

 空中に浮かぶホログラム。
 半透明の青い文字が、まるでゲームのUIみたいに宙を漂っている。

『当システムの概要を表示します』

 勝手に説明が始まった。

『本システムは、異界より湧出ゆうしゅつする魔物を管理・収穫するための統合環境です』
『魔物を討伐すると「魔石」および「素材」を獲得できます』
『魔石はダンジョンポイントに変換可能。設備投資や配下の召喚に使用できます』
『素材は外部市場での売却が可能です』
『配下ユニットを召喚すれば、自動戦闘が可能になります』

 要するに。
 モンスターが湧く。配下が倒す。素材が出る。売れる。
 俺は何もしなくていい。

 3年間、休みなく働き続けた脳が、一瞬でその意味を理解した。

 不労所得だ。
 これは、完全なる不労所得システムだ。

『初回起動ボーナスとして、召喚権を1回付与します』
『召喚を実行しますか? Y/N』

「Y」

 即答した。
 利用規約も読んでいない。サブスク契約かもしれない。
 でも、迷う理由がなかった。

 次の瞬間、警告音が鳴り響いた。

『ERROR:接続先異常を検出』
『召喚対象データベースにアクセスできません』
『原因:マスターのSAN値が規定値を大幅に下回っています』

「SAN値?」

『正気度指数です。マスターの数値は測定限界以下のため、通常の異界接続ができません』
『代替経路を検索中』
『地球幽界への接続を確立。召喚を実行します』

 光が膨れ上がる。
 土蔵の中が真っ白に染まり、やがて収まったとき。

 俺の目の前に、女がいた。

 長い黒髪が、肩から腰まで流れている。
 白いワンピース。裸足の足元。
 顔の下半分を覆う、古びたマスク。

 そして、その手には。
 身の丈ほどもある、巨大なばさみ

「……わたし、きれい?」

 低い声が、土蔵に響いた。

 口裂け女。
 日本で最も有名な都市伝説のひとつ。どう答えても殺される、と言われる怪異だ。
 普通なら、恐怖で動けなくなるところだろう。

 だが、俺の頭に浮かんだのは全く別のことだった。

 戦闘能力:高そうだ。あの鋏のリーチは悪くない。
 維持コスト:怪異だから食費はかからないかもしれない。
 勤務態度:わざわざ質問してくるあたり、コミュニケーション能力はありそうだ。

「採用で」

「……へ?」

 女の動きが止まった。
 完全に固まっている。

「見た目は清潔感あるし、武器も自前っぽい。経費削減になる」

「ちょ、ちょっと待って」

「確認なんだけど、社会保険とか必要? 怪異だから労基法の適用外だよな?」

「な、なに言って……」

 口裂け女が、困惑した顔で俺を見ている。
 マスクの奥で、裂けた口が開いたり閉じたりしているのがわかる。

「あなた、怖くないの? わたしを見て」

「何が?」

「わ、わたし……怪異よ? 人を殺す、恐ろしい存在なのよ?」

 俺は懐からスマホを取り出した。
 電源を入れ、画面を見せる。

「これ、前の会社の上司からのメール。退職後も120件届いてる」

「……」

「内容は『いつ戻れる』と『お前の担当案件が燃えてる』。あと『訴えるぞ』が三件」

 口裂け女の表情が、微妙に引きつった。

「で、質問なんだけど」

 俺は彼女の目を真っ直ぐ見た。

「お前と、このメールの送り主。どっちが怖いと思う?」

 沈黙が流れる。
 夜風が土蔵の隙間を通り抜けていく。

 やがて、口裂け女はゆっくりと鋏を下ろした。

「……あなた、壊れてるわね」

「よく言われる」

「わたしを見て怖がらない人間なんて、初めてよ」

「怖がってる暇があったら寝たい。3年間、まともに寝てないんだ」

 口裂け女が、俺の顔をじっと見つめている。
 その瞳に、不思議な色が浮かんでいた。
 戸惑いと、興味と、それから少しだけ、寂しさのような何か。

「……ミレイ」

「ん?」

「わたしの名前。ミレイって呼んで」

「了解。じゃあミレイ」

 俺はホログラムUIを確認した。

 従業員登録:1名。
 現在DP:0。
 ダンジョン第1階層:魔物発生中。

「このダンジョン、魔物が湧くらしい。お前が倒せ」

「……は?」

「倒したら素材が出る。売れば金になる。俺は寝てる。完璧だろ」

 ミレイが、ぽかんと口を開けた。
 マスクの隙間から、裂けた口がはっきり見える。
 耳元まで裂けた、赤い傷跡のような口。
 普通なら悲鳴を上げるところだろう。

「へえ」

 俺は素直に感心した。

「その口、効率的でいいな。食事が楽そうだ」

「……は?」

「機能美っていうのか。無駄がない。綺麗だと思う」

 ミレイの動きが、完全に止まった。
 マスクの奥で、裂けた口が何度も開閉している。
 頬が、ほんのり赤くなった気がした。

「な、なに言って……っ」

「事実だろ。マイナスをプラスに変換する。ビジネスの基本だ」

「あなた、わたしを……働かせるつもり?」

「ホワイトな職場を約束する。週休二日。有給あり。残業なし」

「…………」

「どうだ。お前の前の『仕事』より、マシだと思うけど」

 ミレイの目が、一瞬だけ揺れた。
 怪異にも、何か事情があるのかもしれない。
 深くは聞かない。そういうのは、働きながら少しずつ知ればいい。

「……待遇次第ね」

「交渉成立」

 俺は土蔵の扉を振り返った。
 月明かりが差し込んでいる。夜明けはまだ遠い。

「詳しい話は明日する。とりあえず今日は寝る」

「え、ちょっと! まだ何も説明……!」

「おやすみ」

 背後でミレイが何か叫んでいるが、聞こえないふりをする。

 働かない生活。完全自動収益。
 そのための第一歩を、今日踏み出した。

 たぶん、これは悪くない再出発だ。

 俺は縁側に戻り、3年ぶりにぐっすりと眠った。

                      続く

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