実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第7話 隙間から手を伸ばせば、それは労働ではない

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 カップ麺が、きた。

 俺は空っぽの段ボール箱を見つめていた。
 むなしい。
 底に残っているのは、粉末スープの袋だけだ。

「……終わった」

 ブラック企業時代、徹夜明けの朝に自販機が全て売り切れだった時と同じ絶望感。
 いや、あの時はまだコンビニという選択肢があった。
 今の俺には、それすらない。

 車の運転は労働だ。
 最寄りのコンビニまで30分。往復1時間。
 その1時間があれば、俺は縁側で3回は昼寝ができる。

「カイト、朝ごはんは?」

 ミレイが台所から顔を出した。

「ない」

「……は?」

「だから、ない。食料が」

 彼女の目が見開かれた。
 マスクの下の口が、開いたり閉じたりしている。

「昨日、『明日には買い出し行く』って言ってたわよね?」

「言った」

「で、行かなかったの?」

「行かなかった」

「……なんで?」

「車の運転は労働だから」

 ミレイが天を仰いだ。
 もう何度目か分からない。

     ◆

 俺は土蔵に向かった。

 UIを開く。

『━━━━━━━━━━━━━━━━━
   【DP残高】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
現在残高:3450DP
━━━━━━━━━━━━━━━━━』

 昨日のゴブリン狩りで300DP増えた。
 従業員召喚には500DP必要だ。
 十分に足りる。

「買い出しに行くくらいなら、調達係を雇う」

「……は?」

「召喚だ。食料を調達してくれる怪異を呼ぶ」

 ミレイが眉をせた。

「タエさんじゃダメなの? 配送できるでしょ?」

「タエさんは『届ける』専門だ。『買う』となると、店員との会話が発生する」

「……それの何が問題なの?」

「怪異が人間に話しかけたら騒ぎになる。かといって、人間に化けさせる設備はまだない」

 ミレイは納得したような、してないような顔をした。

 実際、タエさんに買い物を頼むのは無理がある。
 時速140キロで走る老婆がレジに並んでいたら、間違いなく通報される。

「だから、別の方法を取る」

「別の方法?」

「諜報員を召喚する。隙間から入り込んで、誰にも見つからずに物を調達できるやつを」

 ミレイの表情がこおりついた。

「……それ、万引きじゃない?」

「金は払う」

「どうやって?」

「それも含めて、考える」

     ◆

 UIで召喚画面を開く。

『従業員召喚を実行しますか? 消費DP:500』
『Y/N』

「Y」

 光の粒子が渦を巻いた。
 エラーメッセージが表示される。

『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【警告】
SAN値が測定限界以下のため、
召喚先が【地球幽界】に接続されています。
「異世界魔物」ではなく「怪異」が召喚されます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━』

 いつものバグだ。
 俺にとっては仕様みたいなものだ。

 光が収束していく。

 だが、何も現れない。

「……あれ?」

 ミレイが首をかしげた。

「失敗?」

「いや、待て」

 俺は周囲を見回した。
 土蔵の中。
 石壁と木の柱。
 その隙間に……。

 目が合った。

 柱と壁の、ほんの5センチほどの隙間。
 そこに、顔があった。

「っ……!」

 さすがの俺も、一瞬だけ心臓が跳ねた。

 青白い肌。
 黒い髪がべったりと顔に張り付いている。
 そして、異様に大きな目。
 うつろで、こちらを見ているのか見ていないのか分からない。

「……………………」

 声は出ない。
 ただ、じっとこちらをうかがっている。

「お前が、隙間女か」

「…………っ」

 体がふるえた。
 怪異の方が、だ。

「じ、直視しないでください……」

 くような声。
 隙間の奥に、さらに体を引っ込めようとしている。

「出てこい」

「む、無理です……広いところは……怖くて……」

 ミレイがまゆひそめた。

「……これ、使えるの?」

「待て。俺に任せろ」

 俺は隙間に近づいた。
 怪異はおびえたように目をらす。

「名前は?」

「……スキマ……って、呼ばれてました……」

「スキマか。いい名前だ。俺は雨神カイト。ここのダンジョンマスターだ」

「…………」

「お前、外に出るのは苦手か?」

 こくり、と小さくうなずいた。

「広い場所は……死にそうになります……」

「分かる」

 俺は真顔で言った。

「俺も、外に出ると社会との接点が生まれて死にそうになる」

「……え?」

「気が合いそうだ。採用」

 スキマの目が、わずかに見開かれた。
 困惑しているようだった。

     ◆

 30分後。

 俺たちは古民家の居間にいた。
 スキマは、ふすまと柱の隙間に体をはさんだまま会話に参加している。

 タエさんも縁側から顔を出した。

「おや、新入りかい」

「……っ」

 スキマが隙間の奥に引っ込む。

「怖がらなくていいよ。あたしも同業さ」

「……同業……?」

「怪異ってやつさね。あんたは隙間、あたしは道路。住む場所が違うだけさ」

 タエさんのしわだらけの顔が、穏やかにほころんだ。
 スキマは少しだけ、肩の力を抜いたように見えた。

「で、あんたの能力は?」

 ミレイが腕を組んでたずねた。

「……隙間に、入れます……」

「それは見れば分かるわよ」

「あと……隙間を、つなげられます……」

 俺の耳が動いた。

「繋げる?」

「はい……ある隙間から、別の隙間へ……空間を、またいで……」

「距離の制限は?」

「……ありません……たぶん……」

 俺は口角を上げた。

 これだ。
 これを待っていた。

「スキマ。お前に仕事を頼みたい」

「……仕事……ですか……」

「食料を調達してほしい」

 スキマの体が、さらに隙間の奥に引っ込んだ。

「む、無理です……外は……敷地の外は……」

 そうだ。
 忘れるところだった。

 怪異は敷地外に出ると弱体化する。
 依代がなければ、まともに動けない。

「待ってろ」

 俺はUIを開いた。

『依代キットを購入しますか? 消費DP:50』
『Y/N』

「Y」

 光の粒子が集まり、藁人形わらにんぎょうが現れた。
 タエさんが持っているのと同じものだ。

「これを持て」

 スキマに藁人形わらにんぎょうを差し出す。
 隙間から、細い手が伸びてきた。

「……これは……」

「依代だ。これがあれば、お前の能力で敷地外にもアクセスできる」

 スキマが藁人形わらにんぎょうにぎりしめた。
 その瞬間、UIに表示が出る。

『━━━━━━━━━━━━━━━━━
【依代:有効化】
対象:スキマ(隙間女)
効果:敷地外への干渉が可能
制限:1日1時間まで
再使用:24時間後
━━━━━━━━━━━━━━━━━』

「1日1時間か。買い物には十分だな」

「……ありがとう、ございます……」

 スキマの声が、少しだけ大きくなった気がした。

     ◆

「で、具体的にどうするの?」

 ミレイが首をかしげた。

「スキマの能力を使う。この家の壁の隙間と、スーパーの棚の隙間を繋げろ」

 沈黙。

「……ちょっと待って。それって……」

「盗みじゃない」

「どう見ても盗みよ」

「金は払う」

「どうやって?」

 俺はスキマに向き直った。

「スーパーにセルフレジはあるか?」

「……たぶん……」

「セルフレジの投入口。あれも『隙間』だ。そこに金をめる?」

 スキマは考え込むように目を伏せた。

「……依代があれば……できる、と思います……」

「完璧だ」

 俺は満足げにうなずいた。

「商品を取る。金を払う。これは買い物だ。労働じゃない」

「……屁理屈にも程があるわよ」

 ミレイが目をほそめた。

     ◆

 実験を開始した。

 スキマが壁の隙間に手を入れる。
 藁人形わらにんぎょうにぎった手が、淡く光った。
 そして、その手が消えた。

 数秒後、手が戻ってきた。
 握られていたのは……カップ麺。

「……取れ、ました……」

「よし。次は支払いだ」

 俺は500円玉を渡した。
 スキマは躊躇ためらいがちにそれを受け取り、再び隙間に手を入れる。

 チャリン。

 遠くで、小さな金属音が聞こえた気がした。

「……入れ、ました……」

「お釣りは?」

「……お釣り?」

「いや、いい。寄付だと思え」

 俺はカップ麺を手に取った。

 シーフード味。
 俺の好きな銘柄だ。

「……完璧だ」

 一歩も家から出ずに、食料が手に入った。
 車の運転もなし。
 店員との会話もなし。
 完全なるヒキニート生活の完成だ。

「スキマ。お前は最高の社員だ」

「……え、えっと……」

「今後、食料調達は全てお前に任せる。1日1時間の制限があるから、まとめ買いで効率よく頼む」

「……はい……」

「報酬は何がいい?」

 スキマはうつむいたまま、小さな声で答えた。

「……狭いところ……があれば、それで……」

「分かった。お前専用の収納スペースを用意する」

「……ありがとう、ございます……」

 初めて、スキマの口元がゆるんだ気がした。

     ◆

 夕方。

 俺は縁側でカップ麺をすすっていた。

 隣ではミレイがプリンを食べている。
 今日は3個目だ。
 スキマが「ついでに」調達してきたらしい。

「……あんた、本当に何も思わないの?」

「何が」

「壁から手を伸ばして買い物。普通、怖いでしょ」

「怖くない。便利だと思う」

「……もうツッコまないわ」

 ミレイが肩をすくめた。

 スキマは、床の間の隙間にもぐり込んでいる。
 時々、黒い髪だけが見える。
 居心地が良さそうだ。

 タエさんは縁側で茶を飲んでいる。

「いい子じゃないか、あの子」

「ああ。引きこもり同士、気が合う」

「あんたも引きこもりかい」

「元・社畜だ。今は引きこもり経営者」

 タエさんがのどの奥で笑った。

 平和だ。

 従業員3名。
 収益は安定。
 食料問題も解決。

 これが、俺の理想の生活だ。

 スマホの通知を見る。
 元上司からのメールは190件を超えていた。
 もちろん、見ていない。

「さて」

 俺は空になったカップを置いた。

「UIを確認するか」

『━━━━━━━━━━━━━━━━━
   【DP残高】
━━━━━━━━━━━━━━━━━
前回残高:3450DP
支出:-550DP(召喚500+依代50)
現在残高:2900DP
━━━━━━━━━━━━━━━━━
【従業員一覧】

1. ミレイ(口裂け女):戦闘担当
1. タエさん(ターボババア):配送担当
1. スキマ(隙間女):調達担当【NEW】
   ━━━━━━━━━━━━━━━━━』

 完璧な組織図だ。
 攻撃、物流、補給。
 全ての部門が揃った。

「次は……」

 俺は考えた。

 ダンジョンの第2階層。
 まだ手を付けていない。

 そこには、スライムが湧くと聞いている。
 新しい資源。
 新しい収入源。

 だが、今日は疲れた。
 カップ麺を食べて、眠い。

「明日にしよう」

「何が?」

「第2階層」

 ミレイの眉が上がった。

「……あんた、戦うの?」

「俺は戦わない。お前が戦う」

「分かってるわよ」

 口調はない。
 だが、口元は少し緩んでいる。

 俺は空を見上げた。
 あかね色の夕焼けが、山の稜線りょうせんを染めている。

 明日は、第2階層だ。
 スライムを狩って、DPを稼いで、組織をさらに拡大する。

 そして俺は、もっと寝て暮らす。

 それが、ダンジョンマスターという仕事だ。

                     続く
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