実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第9話 サーモグラフィーは幽霊を映さない

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 深夜2時。

 俺は縁側えんがわで、スマホの画面をにらんでいた。
 元上司からの通知が、200件を超えた。
 見ていないが、どうせ増えている。

「……寝ないの?」

 ミレイがふすまから顔を出した。
 白いワンピースが、月明かりにけている。

「眠れない。なんか胸騒むなさわぎがする」

「社畜の勘ってやつ?」

「そうだ。納期前夜と同じ感覚」

 ミレイがあきれたように息を吐いた。

 その時だった。

 敷地の外で、かすかに枝がきしむ音がした。

     ◆

 男は三人いた。

 黒いタクティカルウェアに身を包み、頭にはサーモグラフィー・ゴーグル。
 腰にはピッキングツールと催涙スプレー。
 どこからどう見ても、プロの産業スパイだった。

「熱源確認。生体反応は1名のみ」

 リーダー格の男が、ゴーグル越しに古民家をのぞいた。

「警備システムなし。犬もいない」

「楽勝だな」

「あの美容液の製造元がこんな田舎とはな」

 三人は音もなくへいを乗り越えた。

 男たちの目的は単純だった。
 富裕層の間で話題の「無添加プレミアムジャーキー」。
 そして最近ささやかれ始めた「奇跡の美容液」。
 その製造元を特定し、製法を盗む。
 依頼主は大手化粧品メーカー。報酬は一人500万円。

 サーモグラフィーには、赤く光る人影が一つだけ映っていた。
 縁側で項垂うなだれている、やせぎすの男。

「あれが製造者か」

「たった一人で警備なしとは。めてやがる」

 男たちはうように庭を進んだ。

 彼らは気づかなかった。

 すぐ横を、つめたい何かが通り過ぎたことに。

     ◆

「……来たわね」

 ミレイがささやいた。

 俺はうなずいた。

「何人だ?」

「3人。全員、変な眼鏡をつけてる」

「サーモグラフィーか。熱感知ゴーグルだ」

「さーも……?」

「赤外線で体温をる装置だ。暗がりでも生体反応がわかる」

 ミレイが首をかしげた。

「じゃあ、私たちは?」

「お前は死んでるから映らない」

「……死んでないし」

「体温がないなら同じだ」

 俺は立ち上がった。

 前回の配信者とは違う。
 あいつらは素人しろうとだった。
 今回は違う。動きが洗練せんれんされている。

 プロだ。

 だが、問題ない。

「ミレイ、廊下に出るな。俺がおとりになる」

「また囮?」

「お前は見えないんだ。俺だけが見える。つまり、俺が動けば全員の視線が集まる」

「……それ、危なくない?」

「大丈夫だ。準備はしてある」

 俺はかたわらに置いていた小瓶を取った。
 中身は、スライムゼリーの原液。

「これを廊下に塗っておいた」

「……なんで?」

「昨日、風呂場で試しに塗ったら、足が滑って死にかけた」

「……えっ」

「スライムは『超保水力』だけじゃない。異常な潤滑性がある。摩擦係数ほぼゼロだ」

 ミレイの目が見開みひらかれた。

「死にかけたのに塗るの?」

「災害は資源だ。使い方次第で武器になる」

「寝る前に塗った。胸騒ぎがしたからな」

 社畜の勘は、だいたい当たる。
 理不尽りふじん災禍さいかは、いつも深夜におそってくるものだ。

     ◆

 玄関のじょうが、かちりと開いた。

 プロのピッキング。
 所要時間、わずか12秒。

「侵入」

 リーダーが囁いた。
 三人はあがかまちを越え、廊下に足を踏み入れた。

 その瞬間。

「土足で上がるなよ」

 廊下の奥から、だるげな声がひびいた。

 男たちの視線が集中する。
 せた男が、腕を組んで立っていた。
 死んだ魚のような目。
 表情は、まるで残業ざんぎょう明けの社畜のようだった。

「掃除が面倒なんだ」

 リーダーがスタンガンを構えた。
 一歩、踏み込む。

 ずるっ。

「……は?」

 足が滑った。

 受け身を取ろうとして、手をついた。
 その手も滑った。
 体勢を崩し、壁に頭を打ちつける。

 どさり。

「リーダー!」

 二人目が駆け寄ろうとした。
 その足も滑った。
 三人目も滑った。

 ずるっ、ずるっ、どさり、どさり。

 三人とも、廊下で無様ぶざまに転がっていた。

「なん……だ、これ……!」

「立てない……っ」

 リーダーがいつくばったまま、にらみ上げた。

「何を……した……!」

 俺は腕を組んだまま、淡々と答えた。

「スライムのゼリーを塗っただけだ。摩擦係数ほぼゼロ。スケートリンクより滑るぞ」

「スライム……?」

浸透圧しんとうあつで殺したナメクジの残骸だ。中学の理科で習っただろ」

 男たちの顔がゆがんだ。
 理解が追いつかない、という表情。

 当然だ。

 彼らは「科学」で武装してきた。
 サーモグラフィー、ピッキングツール、スタンガン。
 最新の装備で、田舎の古民家を蹂躙じゅうりんするつもりだった。

 だが、彼らは知らない。

 この家の「社員」は、科学でははかれない。

     ◆

 リーダーが、震える手で催涙スプレーを構えた。

「動くな……これを撃つぞ……!」

 俺は動かなかった。
 動く必要がなかった。

「わたし、きれい?」

 声が、背後からひびいた。

 男たちの体が硬直こうちょくした。
 強制的な行動不能。
 回答するまで、動けない。

 長い黒髪の女が、やみの中からかび上がった。
 白いワンピース。
 口元を覆うマスク。

 サーモグラフィーには、何も映っていなかった。
 体温がないのだから、当然だ。

「き……きれい……です……」

 リーダーがうめくように答えた。

 ミレイがマスクを外した。
 耳元まで裂けた、赤い口があらわになる。

「これでも?」

 三人の男が、絶叫ぜっきょうした。

     ◆

 30分後。

 男たちは、敷地の外に転がされていた。
 全員、白目しろめいて気絶している。

「……ひどい絵面えづらね」

 ミレイがかたすくめた。

「いつもより控えめだ。殺してないからな」

「殺したら死体処理が労働になるもんね」

「分かってきたな」

 俺は縁側に腰を下ろした。

 タエさんが、お茶を持ってきてくれた。

「騒がしかったねえ。何があったんだい?」

「泥棒だ。美容液の製法を盗みに来た」

「へえ。もうぎつけられたのかい」

「商売が繁盛はんじょうしてる証拠だ」

 タエさんがのどの奥で笑った。

 スキマが、ふすまの隙間から顔をのぞかせた。

「……あの……私、寝てました……すみません……」

「気にするな。お前は調達担当だ。戦闘は管轄外かんかつがい

「……でも……何かあったら……怖いです……」

 俺はあごに手を当てた。

 今回は、俺が起きていたから対処できた。
 だが、いつも起きているわけにはいかない。
 睡眠は労働ろうどうじゃないが、起きていることは労働に近い。

 それに、問題がある。

「サーモグラフィーには、お前たちが映らなかった」

「そりゃそうよ。体温ないもの」

「つまり、機械式の侵入検知は使えない。敵か味方か判別できない」

 ミレイが眉を上げた。

「じゃあ、どうするの?」

はなだ」

「……鼻?」

「匂いで敵味方を識別して、24時間警戒してくれる存在が必要だ」

 タエさんが目を細めた。

「番犬ってことかい」

「そうだ」

 俺はUIを開いた。
 召喚条件の検索欄に、キーワードを入力する。

『獣型』
『警戒』
『愛玩』

 検索ボタンを押す。

 画面に、候補が表示された。

「……あと、殺伐としてきたからな」

「えっ?」

「単純にモフりたい」

 ミレイが天をあおいだ。

「……あんた、本当に何考えてるか分かんないわよ」

「経営者としては当然の判断だ。いやしは生産性を上げる」

「私じゃ癒されないってこと?」

「お前は戦力だ。癒し枠じゃない」

「……それ、褒めてるの?」

「褒めてる」

 ミレイの頬が、わずかに赤くなった。
 チョロい。

 俺は画面をにらんだ。

 次の召喚候補が、ゆっくりと表示されていく。

                     続く
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