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第12話 男には「秘密基地」が必要だ
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平和というものは、人間を堕落させる。
桐生が去ってから三日。
俺は炬燵で丸くなっていた。
横にはタマ。
こいつも丸くなっている。
「……にゃ」
あくびひとつ。それだけ。
至福だ。だが、退屈でもある。
「カイトさん、そろそろ動いたら?」
ミレイが呆れた声を出した。
裁ち鋏を研ぎながら、縁側に腰掛けている。
「動いてる。呼吸という名の運動を」
「それは生存活動」
正論だった。
◆
問題は、この古民家が手狭になってきたことだ。
タマが炬燵を占領する。
スキマは隙間という隙間に潜んでいる。
タエさんは縁側で煙管を吹かしている。
従業員が増えれば、オフィスも拡張が必要になる。
社畜時代に嫌というほど見てきた光景だ。
俺は天井を見上げた。
「……そうだ」
「何がそうだなの」
「ミレイ。男には『秘密基地』が必要だと思わないか」
ミレイの眉が跳ねた。
「は?」
「ダンジョンには、無限の土地がある」
俺は起き上がった。三日ぶりの直立だ。
「固定資産税ゼロ。建築確認不要。騒音苦情なし。最高の別荘地だ」
「……あんた、寝言言ってる?」
「本気だ」
タマが薄目を開けた。
「……うるさかった」
そう言って、また目を閉じる。
師匠は今日も怠惰を極めている。
「師匠は留守番だな。炬燵から離れたくないだろう」
「……にゃ」
肯定。さすがだ。
ミレイの目が細くなった。
「……師匠って呼ぶの、まだ続いてるんだ」
「当然だ。怠惰の先達に敬意を払うのは礼儀だろう」
「猫に敬意って……」
何か言いたげな顔。だが飲み込んだ。
ミレイは最近、タマの話になると微妙な表情をする。
◆
土蔵を抜け、コアルームに入る。
ホログラムUIが展開した。
ダンジョンマネジメントシステム。俺だけに見える管理画面。
『現在開放済み階層:第1階層、第2階層』
『第3階層:未探索』
『探索を開始しますか? Y/N』
俺は迷わず「Y」を選択した。
「カイトさん、第3階層って何がいるの?」
「知らん。だが、どうせ『動く資源』だ」
問題ない。
敵が何であれ、ミレイがいる。
ミレイの頬がわずかに染まった。
「……信頼されてる、ってことでいいの?」
「戦力として計上されてる、ってことだ」
「……もうちょっと言い方あるでしょ」
◆
第3階層への階段を降りる。
空気が変わった。
湿った土の匂い。
生い茂った木々の気配。
「……森?」
石造りの回廊を抜けると、そこには深い緑の世界が広がっていた。
巨木が立ち並んでいる。
苔むした岩。川のせせらぎ。
発光する苔が淡い光を放ち、空気は澄んでいる。
「空気がいいな」
「ダンジョンなのに?」
「雰囲気の問題だ」
俺は周囲を見渡した。
開発業者の目で。
「平坦な土地が多い。水源も近い。光源も確保できてる」
「……何を査定してるの?」
「別荘用地としてのポテンシャルだ」
◆
異変は、すぐに起きた。
目の前の大木が、動いた。
「っ!」
樹皮がきしむ。
枝が腕のように伸びる。
根が地面から持ち上がり、足になった。
『警告:敵性存在を検知』
『トレント:植物系。危険度・中。物理耐性あり』
巨大な木の怪物。
うなり声のような音を上げ、こちらに向かってくる。
ミレイが前に出た。
裁ち鋏が白銀に輝く。
「カイトさん、下がって」
「待て」
俺はトレントを観察した。
樹齢は推定300年。
幹の直径は1メートル以上。
年輪が詰まっている。高密度の良い木材だ。
「ミレイ。あれ、倒したら何が残る?」
「は? 知らないけど……魔石と、たぶん木材?」
「枝打ちと玉切り、できるか?」
ミレイの目が点になった。
「……林業の話してる?」
「ああ」
「敵が襲ってきてるんだけど?」
「だから、効率的に処理したい」
◆
ミレイの鋏が閃いた。
一撃目。
トレントの「腕」が切り落とされる。
二撃目。
「足」の根が断たれる。
三撃目。
幹が水平に切断された。
ドッ、と巨体が倒れる。
静寂。
「……お見事」
俺はトレントの残骸に近づいた。
『素材獲得:高級魔木材×8、魔石(中)×1、樹液(高純度)×2』
「……加工済み?」
倒れたトレントが、きれいに製材された板に変わっていた。
節も少ない。反りもない。
完璧な建材だ。
「製材の手間が省けた」
俺は満足げにうなずいた。
「ダンジョンは優秀なホームセンターだな」
「……感想、そこ?」
◆
その後、トレントを三体追加で処理した。
ミレイの鋏は「枝切り鋏」として最適だった。
本人は複雑な顔をしていたが。
「タエさん、木材の回収頼む」
通信用の魔石に声をかける。
『あいよ。すぐ行くさね』
数分後、タエさんが到着した。
時速200キロ超の老婆。相変わらずの速度だ。
「いい木材だねえ。こりゃ高く売れるよ」
「売らない。使う」
「使う?」
「別荘を建てる」
タエさんが目を丸くした。
「ダンジョンの中に家を? 変わった坊やだねえ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「拠点を作ろう」
俺はDMSのショップを開いた。
『結界杭(小):50DP』
『効果:半径10メートル以内に魔物侵入不可の領域を生成』
購入。
残りDP:2,950。
結界杭を打ち込む。
淡い光が広がり、安全地帯ができた。
「これで、ダンジョンの中に『絶対安全なリビング』ができた」
「……強引すぎない?」
「仕様だ。仕様に文句を言っても始まらない」
◆
夕暮れ——いや、ダンジョンに夕暮れはない。
発光苔の光が少し弱まった。夜モードらしい。
結界の中に、テントを張った。
現代から持ち込んだワンタッチテントだ。
焚き火の炎が揺れる。
トレントの枝は、良い薪になった。
「……悪くないね」
ミレイが火を見つめていた。
炎の光が、白いマスクを照らす。
「何が」
「こういうの。キャンプ、ってやつ?」
「グランピングだ。豪華な野営」
スキマが隙間から顔を出した。
「……マシュマロ……持ってきた……」
「気が利くな」
マシュマロを串に刺し、火にかざす。
表面が溶けて、香ばしい匂いが立ち上る。
「至福だ」
俺は天井を見上げた。
発光苔が星のように散らばっている。
本物の星空より、むしろ幻想的だった。
「ここは良いキャンプ場になる」
「……本気で別荘作るの?」
「本気だ。男のロマンだぞ、ログハウス」
ミレイがため息を吐いた。
「材料は揃ったけど、誰が建てるの?」
問題はそこだ。
俺もミレイも、建築の素人だ。
「次は『建築担当』が必要だな」
俺はDMSの召喚メニューを開いた。
『従業員召喚:500DP』
『召喚可能な怪異を検索しますか?』
身長が高く、力持ちで、土木作業に向いている怪異。
そんな存在が、日本の伝承にいたはずだ。
「八尺様……か」
ミレイの眉が跳ねた。
「八尺様? あの、背の高い——」
「重機並みのパワーがあるらしい。整地・建築に最適だ」
「……それ、怪異を重機扱いしてない?」
「適材適所だ」
焚き火がはぜた。
火の粉が舞い上がる。
国家権力との関係は構築した。
次は、インフラの整備だ。
秘密基地建設計画。
通称:国土強靭化計画。
「冒険じゃない」
俺はつぶやいた。
「これは、不動産開発だ」
続く
桐生が去ってから三日。
俺は炬燵で丸くなっていた。
横にはタマ。
こいつも丸くなっている。
「……にゃ」
あくびひとつ。それだけ。
至福だ。だが、退屈でもある。
「カイトさん、そろそろ動いたら?」
ミレイが呆れた声を出した。
裁ち鋏を研ぎながら、縁側に腰掛けている。
「動いてる。呼吸という名の運動を」
「それは生存活動」
正論だった。
◆
問題は、この古民家が手狭になってきたことだ。
タマが炬燵を占領する。
スキマは隙間という隙間に潜んでいる。
タエさんは縁側で煙管を吹かしている。
従業員が増えれば、オフィスも拡張が必要になる。
社畜時代に嫌というほど見てきた光景だ。
俺は天井を見上げた。
「……そうだ」
「何がそうだなの」
「ミレイ。男には『秘密基地』が必要だと思わないか」
ミレイの眉が跳ねた。
「は?」
「ダンジョンには、無限の土地がある」
俺は起き上がった。三日ぶりの直立だ。
「固定資産税ゼロ。建築確認不要。騒音苦情なし。最高の別荘地だ」
「……あんた、寝言言ってる?」
「本気だ」
タマが薄目を開けた。
「……うるさかった」
そう言って、また目を閉じる。
師匠は今日も怠惰を極めている。
「師匠は留守番だな。炬燵から離れたくないだろう」
「……にゃ」
肯定。さすがだ。
ミレイの目が細くなった。
「……師匠って呼ぶの、まだ続いてるんだ」
「当然だ。怠惰の先達に敬意を払うのは礼儀だろう」
「猫に敬意って……」
何か言いたげな顔。だが飲み込んだ。
ミレイは最近、タマの話になると微妙な表情をする。
◆
土蔵を抜け、コアルームに入る。
ホログラムUIが展開した。
ダンジョンマネジメントシステム。俺だけに見える管理画面。
『現在開放済み階層:第1階層、第2階層』
『第3階層:未探索』
『探索を開始しますか? Y/N』
俺は迷わず「Y」を選択した。
「カイトさん、第3階層って何がいるの?」
「知らん。だが、どうせ『動く資源』だ」
問題ない。
敵が何であれ、ミレイがいる。
ミレイの頬がわずかに染まった。
「……信頼されてる、ってことでいいの?」
「戦力として計上されてる、ってことだ」
「……もうちょっと言い方あるでしょ」
◆
第3階層への階段を降りる。
空気が変わった。
湿った土の匂い。
生い茂った木々の気配。
「……森?」
石造りの回廊を抜けると、そこには深い緑の世界が広がっていた。
巨木が立ち並んでいる。
苔むした岩。川のせせらぎ。
発光する苔が淡い光を放ち、空気は澄んでいる。
「空気がいいな」
「ダンジョンなのに?」
「雰囲気の問題だ」
俺は周囲を見渡した。
開発業者の目で。
「平坦な土地が多い。水源も近い。光源も確保できてる」
「……何を査定してるの?」
「別荘用地としてのポテンシャルだ」
◆
異変は、すぐに起きた。
目の前の大木が、動いた。
「っ!」
樹皮がきしむ。
枝が腕のように伸びる。
根が地面から持ち上がり、足になった。
『警告:敵性存在を検知』
『トレント:植物系。危険度・中。物理耐性あり』
巨大な木の怪物。
うなり声のような音を上げ、こちらに向かってくる。
ミレイが前に出た。
裁ち鋏が白銀に輝く。
「カイトさん、下がって」
「待て」
俺はトレントを観察した。
樹齢は推定300年。
幹の直径は1メートル以上。
年輪が詰まっている。高密度の良い木材だ。
「ミレイ。あれ、倒したら何が残る?」
「は? 知らないけど……魔石と、たぶん木材?」
「枝打ちと玉切り、できるか?」
ミレイの目が点になった。
「……林業の話してる?」
「ああ」
「敵が襲ってきてるんだけど?」
「だから、効率的に処理したい」
◆
ミレイの鋏が閃いた。
一撃目。
トレントの「腕」が切り落とされる。
二撃目。
「足」の根が断たれる。
三撃目。
幹が水平に切断された。
ドッ、と巨体が倒れる。
静寂。
「……お見事」
俺はトレントの残骸に近づいた。
『素材獲得:高級魔木材×8、魔石(中)×1、樹液(高純度)×2』
「……加工済み?」
倒れたトレントが、きれいに製材された板に変わっていた。
節も少ない。反りもない。
完璧な建材だ。
「製材の手間が省けた」
俺は満足げにうなずいた。
「ダンジョンは優秀なホームセンターだな」
「……感想、そこ?」
◆
その後、トレントを三体追加で処理した。
ミレイの鋏は「枝切り鋏」として最適だった。
本人は複雑な顔をしていたが。
「タエさん、木材の回収頼む」
通信用の魔石に声をかける。
『あいよ。すぐ行くさね』
数分後、タエさんが到着した。
時速200キロ超の老婆。相変わらずの速度だ。
「いい木材だねえ。こりゃ高く売れるよ」
「売らない。使う」
「使う?」
「別荘を建てる」
タエさんが目を丸くした。
「ダンジョンの中に家を? 変わった坊やだねえ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「拠点を作ろう」
俺はDMSのショップを開いた。
『結界杭(小):50DP』
『効果:半径10メートル以内に魔物侵入不可の領域を生成』
購入。
残りDP:2,950。
結界杭を打ち込む。
淡い光が広がり、安全地帯ができた。
「これで、ダンジョンの中に『絶対安全なリビング』ができた」
「……強引すぎない?」
「仕様だ。仕様に文句を言っても始まらない」
◆
夕暮れ——いや、ダンジョンに夕暮れはない。
発光苔の光が少し弱まった。夜モードらしい。
結界の中に、テントを張った。
現代から持ち込んだワンタッチテントだ。
焚き火の炎が揺れる。
トレントの枝は、良い薪になった。
「……悪くないね」
ミレイが火を見つめていた。
炎の光が、白いマスクを照らす。
「何が」
「こういうの。キャンプ、ってやつ?」
「グランピングだ。豪華な野営」
スキマが隙間から顔を出した。
「……マシュマロ……持ってきた……」
「気が利くな」
マシュマロを串に刺し、火にかざす。
表面が溶けて、香ばしい匂いが立ち上る。
「至福だ」
俺は天井を見上げた。
発光苔が星のように散らばっている。
本物の星空より、むしろ幻想的だった。
「ここは良いキャンプ場になる」
「……本気で別荘作るの?」
「本気だ。男のロマンだぞ、ログハウス」
ミレイがため息を吐いた。
「材料は揃ったけど、誰が建てるの?」
問題はそこだ。
俺もミレイも、建築の素人だ。
「次は『建築担当』が必要だな」
俺はDMSの召喚メニューを開いた。
『従業員召喚:500DP』
『召喚可能な怪異を検索しますか?』
身長が高く、力持ちで、土木作業に向いている怪異。
そんな存在が、日本の伝承にいたはずだ。
「八尺様……か」
ミレイの眉が跳ねた。
「八尺様? あの、背の高い——」
「重機並みのパワーがあるらしい。整地・建築に最適だ」
「……それ、怪異を重機扱いしてない?」
「適材適所だ」
焚き火がはぜた。
火の粉が舞い上がる。
国家権力との関係は構築した。
次は、インフラの整備だ。
秘密基地建設計画。
通称:国土強靭化計画。
「冒険じゃない」
俺はつぶやいた。
「これは、不動産開発だ」
続く
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