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第15話 絶叫大根と完全自動農業
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朝風呂から上がった俺は、第3階層の森を歩いていた。
目的は、農地の視察だ。
「カイトさん、ここでいいの?」
ミレイが隣で首をかしげる。
日当たりの良い、開けた場所。
トレントが伐採された跡地で、切り株が点在している。
「いい土地だ。日照、水はけ、傾斜。全部揃ってる」
「農業、やるの?」
「食料自給だ。外部依存度を下げる」
俺は地面にしゃがみ込んで、土を手に取った。
黒く、しっとりしている。
ダンジョンの魔力を含んだ土壌。
これなら、普通の作物でも驚異的な速度で育つはずだ。
「ハチさん、頼む」
「あいよ、旦那!」
三メートルの白い巨体が、ウキウキしながら前に出た。
白いワンピースの裾が、朝露で濡れている。
「畑、作ればいいんだろ?」
「ああ。畝を十列。深さは三十センチ」
「余裕余裕!」
ハチさんが地面に指を当てた。
ズ、ズ、ズ。
巨大な指が、土を裂くように滑っていく。
まるで豆腐に箸を入れるような滑らかさ。
一列、二列、三列。
あっという間に、整然とした畝が並んだ。
「ぽぽぽ、こういうの得意なんだよ!」
「建築も土木も農業もできるのか」
「あたい、人間の生活見るのが好きでさ。見よう見まねで覚えたんだよ」
なるほど。
八尺様は、人里近くに現れる怪異だ。
長年、人間の営みを観察してきたのだろう。
職業訓練ゼロで即戦力。
研修費用ゼロ、OJT不要。
人事部が泣いて喜ぶ人材だ。
◆
畑の土壌改良には、手持ちの素材を使った。
スライムの残骸。
トレントの木屑。
ゴブリンの骨粉。
全部混ぜて、畝に練り込む。
「有機肥料だな」
「魔物の死体を肥料にするの?」
「資源は循環させるものだ。廃棄物ゼロ、SDGs達成だ」
ミレイが複雑な顔をしている。
だが、合理的な判断だ。
捨てるものを活用する。
それが経営の基本だ。
「さて、問題は種だな」
俺はDMSのショップを開いた。
野菜の種は売っていない。
当然だ。
これはダンジョン管理システムであって、農業支援システムではない。
「ダンジョン内に自生している植物を使う」
「自生?」
「第2階層で見かけた。根っこが人の形をした草」
ミレイの顔が引きつった。
「それ、マンドラゴラじゃない?」
「知ってるのか」
「知ってるも何も、有名な魔草でしょ。引き抜いた瞬間に絶叫して、聞いた者は死ぬか気絶するって」
「最高だな」
「最高?」
「生命力が強いってことだ。勝手に育つ。管理コストがゼロに近い」
◆
第2階層の水路沿いに、マンドラゴラの群生地があった。
湿った土壌を好むらしい。
水路から染み出した水分で、地面がじっとりしている。
土から、緑色の葉っぱがひょこっと出ている。
一見すると、普通の大根の葉に見える。
だが、よく見ると葉の付け根に小さな目玉がついていた。
こちらを見ている。
じっと、こちらを観察している。
「うわ、気持ち悪い」
ミレイが一歩下がった。
「スキマ」
「……なに」
木の隙間から、スキマが顔を出した。
「こいつの意思、読めるか」
「……ちょっとだけ」
スキマが目を閉じた。
意思の断片を読み取っている。
「……怖い、って」
「怖い?」
「……あんたたちが怖い、って。食べられる、って」
俺は、しゃがんでマンドラゴラと目を合わせた。
「おい」
マンドラゴラの目玉が、きょろっと動いた。
「安心しろ。俺は経営者だ。従業員を粗末にはしない」
「……嘘だ、って」
スキマが通訳した。
「嘘じゃない。お前たちには畑で育ってもらう。収穫されたら、美味しく食べてもらえる。それは名誉なことだ」
「……名誉?」
「そうだ。お前たちの価値を、最大限に引き出してやる」
沈黙。
マンドラゴラの葉っぱが、わずかに揺れた。
考えているのか。
「……わかった、って。でも、優しくして、って」
「善処する」
「カイトさん、野菜と労使交渉してる」
ミレイが呆れた顔をしていた。
「交渉は経営の基本だ」
「どう見ても脅迫に近かったけど」
◆
俺はマンドラゴラの葉を掴んだ。
「いくぞ」
グイッと引っ張る。
土がめくれる。
根っこが見えてきた。
確かに、人の形をしている。
小さな手足と、歪んだ顔。
そして。
「ギ」
マンドラゴラが口を開けた。
「わたし、きれい?」
ミレイの声。
マンドラゴラの動きが、ピタリと止まった。
口を開けたまま、固まっている。
強制行動停止。
回答を待っている状態だ。
俺はその隙に、マンドラゴラを引き抜いた。
ズボッ。
白い根っこが、土から出てきた。
大根だ。
人の形をした、真っ白な大根。
手足がピクピク動いている。
「きれいだ」
ミレイが答えた。
マンドラゴラの硬直が解けた。
だが、もう土の中にはいない。
叫ぶタイミングを逃したのだ。
「ふえぇ」
マンドラゴラが、情けない声を出した。
「ナイスタイミングだ、ミレイ」
「収穫のたびに『わたし、きれい?』って言わないといけないの?」
「いや、もっと効率的な方法を考えた」
◆
ログハウスに戻ると、タマが暖炉の前で丸くなっていた。
「師匠」
「にゃ」
「仕事だ」
「めんどい」
タマの耳がピクッと動いた。
だが、目は閉じたまま。
「正確には、師匠の部下に働いてもらいたい」
「部下?」
「死霊だ」
タマの目が、うっすら開いた。
金色の瞳が、こちらを見ている。
「師匠は猫又だろう。死霊を使役できるはずだ」
「できるけど」
「収穫作業を任せたい。マンドラゴラを引き抜く仕事だ」
「叫ぶやつ」
「そうだ。だが、死霊には聴覚がない。悲鳴を聞いても影響を受けない」
タマが、ゆっくり起き上がった。
二股の尻尾が、ゆらゆら揺れている。
「あたしは寝てていいの」
「当然だ。働くのは部下だ。師匠は監督するだけでいい。いわゆる管理職だ」
タマの目が、キラリと光った。
「やる」
「交渉成立だ」
ミレイが呆れた顔でこちらを見ていた。
「猫の怠惰を利用して、自動収穫システムを作った」
「適材適所だ。人材配置の最適化とも言う」
◆
その日の午後。
畑に、マンドラゴラの苗が植えられた。
タマの死霊たち、半透明の猫の霊が、苗の周りをウロウロしている。
彼らの仕事は簡単だ。
マンドラゴラが成長したら、引っこ抜く。
それだけ。
死霊には聴覚がない。
マンドラゴラの絶叫を聞いても、何も起きない。
完璧な耐性だ。
「これで、自動収穫システムの完成だ」
俺は畑を見渡した。
ダンジョンの魔力を含んだ土壌。
魔物の残骸を混ぜ込んだ有機肥料。
成長速度は、普通の野菜の十倍以上になるだろう。
「試しに、さっき収穫したやつを食べてみよう」
「え、食べるの?」
「野菜だろう」
「野菜だけど」
◆
夕食は、マンドラゴラ大根のおでんになった。
ミレイが腕を振るった。
切り分けると、普通の大根と変わらない。
白くて、みずみずしい。
出汁で煮込むと、いい匂いが漂ってきた。
「できたわよ」
ミレイが、土鍋を暖炉の前に置いた。
敷物の上に全員が集まる。
湯気が立ち上る。
大根、卵、こんにゃく、練り物。
本格的なおでんだ。
「味付け、タエさんに教わったの」
「あたしの秘伝さね。出汁は濃いめが正解さ」
タエさんが煙管をふかしながら言った。
「では、いただきます」
俺は箸で大根を掴んだ。
ふわっと崩れるほど柔らかい。
口に入れると、出汁が染み出してくる。
「うまい」
叫びそうになった。
比喩じゃない。
本当に声が出そうになるほど美味い。
大根の甘みと、出汁の旨味が、舌の上で溶け合っている。
「旨すぎて叫びそうだな」
「ぽぽぽ、シャレにならないよ、旦那」
ハチさんが笑った。
ミレイも、スキマも、タエさんも、おでんを食べている。
ガンさんは露天風呂から上がってこないので、後で届ける予定だ。
「……おいしい」
スキマが、珍しく四文字も喋った。
「だろ? ミレイの料理は絶品さね」
タエさんがうなずいた。
タマは、暖炉の前で寝ている。
おでんには興味がないらしい。
流石、師匠だ。
◆
夕食後。
俺は、DMSの画面を確認していた。
『農業システム:稼働中』
『作物:マンドラゴラ大根』
『収穫予定:3日後』
『推定収穫量:50本』
三日で五十本。
一週間で百本以上。
食料問題は、これで解決だ。
「商品化も考えるか」
「売るの? この大根」
ミレイが隣に座った。
おでんの残り汁を、湯呑みで飲んでいる。
「富裕層向けに、希少野菜として売り出す」
「でも、引き抜くときに叫ぶんでしょ?」
「収穫済みのものは叫ばない。安全だ」
「あ、そうなんだ」
「ただし、調理中に稀に『ふえぇ』と言う」
「それ大丈夫なの?」
「注意書きに書いておけばいい。『調理中に声が聞こえることがありますが、仕様です』と」
ミレイが、複雑な顔をした。
まあ、売れるかどうかは別の話だ。
まずは自給自足。
それが最優先だ。
◆
夜。
俺はログハウスの入口に腰を下ろして、星空を眺めていた。
丸太のステップが、尻に冷たい。
だが、星が綺麗だ。
都会では見られない、満天の星空。
露天風呂から、ガンさんの湯気が立ち上っている。
畑では、死霊の猫たちがパトロールしている。
暖炉の前では、タマとミレイが眠っている。
平和だ。
ブラック企業を辞めて、正解だった。
食料も、住居も、収入も、全て揃った。
あとは、このまま静かに暮らすだけだ。
そう思った、その時だった。
ブー、ブー。
スマホが震えた。
俺は画面を見た。
着信。
表示されている名前は。
『実家』
俺の手が、わずかに止まった。
元上司でも、クライアントでも、公安でもない。
もっと面倒な相手。
逃げられない相手。
家族だ。
「カイト、生きてるの? お母さんよ。ちょっと話があるんだけど」
留守電が入っていた。
俺は、深くため息をついた。
「一番厄介なのが来たな」
ダンジョンの魔物より。
怪異より。
公安より。
家族というのは、本当に面倒な存在だ。
続く
目的は、農地の視察だ。
「カイトさん、ここでいいの?」
ミレイが隣で首をかしげる。
日当たりの良い、開けた場所。
トレントが伐採された跡地で、切り株が点在している。
「いい土地だ。日照、水はけ、傾斜。全部揃ってる」
「農業、やるの?」
「食料自給だ。外部依存度を下げる」
俺は地面にしゃがみ込んで、土を手に取った。
黒く、しっとりしている。
ダンジョンの魔力を含んだ土壌。
これなら、普通の作物でも驚異的な速度で育つはずだ。
「ハチさん、頼む」
「あいよ、旦那!」
三メートルの白い巨体が、ウキウキしながら前に出た。
白いワンピースの裾が、朝露で濡れている。
「畑、作ればいいんだろ?」
「ああ。畝を十列。深さは三十センチ」
「余裕余裕!」
ハチさんが地面に指を当てた。
ズ、ズ、ズ。
巨大な指が、土を裂くように滑っていく。
まるで豆腐に箸を入れるような滑らかさ。
一列、二列、三列。
あっという間に、整然とした畝が並んだ。
「ぽぽぽ、こういうの得意なんだよ!」
「建築も土木も農業もできるのか」
「あたい、人間の生活見るのが好きでさ。見よう見まねで覚えたんだよ」
なるほど。
八尺様は、人里近くに現れる怪異だ。
長年、人間の営みを観察してきたのだろう。
職業訓練ゼロで即戦力。
研修費用ゼロ、OJT不要。
人事部が泣いて喜ぶ人材だ。
◆
畑の土壌改良には、手持ちの素材を使った。
スライムの残骸。
トレントの木屑。
ゴブリンの骨粉。
全部混ぜて、畝に練り込む。
「有機肥料だな」
「魔物の死体を肥料にするの?」
「資源は循環させるものだ。廃棄物ゼロ、SDGs達成だ」
ミレイが複雑な顔をしている。
だが、合理的な判断だ。
捨てるものを活用する。
それが経営の基本だ。
「さて、問題は種だな」
俺はDMSのショップを開いた。
野菜の種は売っていない。
当然だ。
これはダンジョン管理システムであって、農業支援システムではない。
「ダンジョン内に自生している植物を使う」
「自生?」
「第2階層で見かけた。根っこが人の形をした草」
ミレイの顔が引きつった。
「それ、マンドラゴラじゃない?」
「知ってるのか」
「知ってるも何も、有名な魔草でしょ。引き抜いた瞬間に絶叫して、聞いた者は死ぬか気絶するって」
「最高だな」
「最高?」
「生命力が強いってことだ。勝手に育つ。管理コストがゼロに近い」
◆
第2階層の水路沿いに、マンドラゴラの群生地があった。
湿った土壌を好むらしい。
水路から染み出した水分で、地面がじっとりしている。
土から、緑色の葉っぱがひょこっと出ている。
一見すると、普通の大根の葉に見える。
だが、よく見ると葉の付け根に小さな目玉がついていた。
こちらを見ている。
じっと、こちらを観察している。
「うわ、気持ち悪い」
ミレイが一歩下がった。
「スキマ」
「……なに」
木の隙間から、スキマが顔を出した。
「こいつの意思、読めるか」
「……ちょっとだけ」
スキマが目を閉じた。
意思の断片を読み取っている。
「……怖い、って」
「怖い?」
「……あんたたちが怖い、って。食べられる、って」
俺は、しゃがんでマンドラゴラと目を合わせた。
「おい」
マンドラゴラの目玉が、きょろっと動いた。
「安心しろ。俺は経営者だ。従業員を粗末にはしない」
「……嘘だ、って」
スキマが通訳した。
「嘘じゃない。お前たちには畑で育ってもらう。収穫されたら、美味しく食べてもらえる。それは名誉なことだ」
「……名誉?」
「そうだ。お前たちの価値を、最大限に引き出してやる」
沈黙。
マンドラゴラの葉っぱが、わずかに揺れた。
考えているのか。
「……わかった、って。でも、優しくして、って」
「善処する」
「カイトさん、野菜と労使交渉してる」
ミレイが呆れた顔をしていた。
「交渉は経営の基本だ」
「どう見ても脅迫に近かったけど」
◆
俺はマンドラゴラの葉を掴んだ。
「いくぞ」
グイッと引っ張る。
土がめくれる。
根っこが見えてきた。
確かに、人の形をしている。
小さな手足と、歪んだ顔。
そして。
「ギ」
マンドラゴラが口を開けた。
「わたし、きれい?」
ミレイの声。
マンドラゴラの動きが、ピタリと止まった。
口を開けたまま、固まっている。
強制行動停止。
回答を待っている状態だ。
俺はその隙に、マンドラゴラを引き抜いた。
ズボッ。
白い根っこが、土から出てきた。
大根だ。
人の形をした、真っ白な大根。
手足がピクピク動いている。
「きれいだ」
ミレイが答えた。
マンドラゴラの硬直が解けた。
だが、もう土の中にはいない。
叫ぶタイミングを逃したのだ。
「ふえぇ」
マンドラゴラが、情けない声を出した。
「ナイスタイミングだ、ミレイ」
「収穫のたびに『わたし、きれい?』って言わないといけないの?」
「いや、もっと効率的な方法を考えた」
◆
ログハウスに戻ると、タマが暖炉の前で丸くなっていた。
「師匠」
「にゃ」
「仕事だ」
「めんどい」
タマの耳がピクッと動いた。
だが、目は閉じたまま。
「正確には、師匠の部下に働いてもらいたい」
「部下?」
「死霊だ」
タマの目が、うっすら開いた。
金色の瞳が、こちらを見ている。
「師匠は猫又だろう。死霊を使役できるはずだ」
「できるけど」
「収穫作業を任せたい。マンドラゴラを引き抜く仕事だ」
「叫ぶやつ」
「そうだ。だが、死霊には聴覚がない。悲鳴を聞いても影響を受けない」
タマが、ゆっくり起き上がった。
二股の尻尾が、ゆらゆら揺れている。
「あたしは寝てていいの」
「当然だ。働くのは部下だ。師匠は監督するだけでいい。いわゆる管理職だ」
タマの目が、キラリと光った。
「やる」
「交渉成立だ」
ミレイが呆れた顔でこちらを見ていた。
「猫の怠惰を利用して、自動収穫システムを作った」
「適材適所だ。人材配置の最適化とも言う」
◆
その日の午後。
畑に、マンドラゴラの苗が植えられた。
タマの死霊たち、半透明の猫の霊が、苗の周りをウロウロしている。
彼らの仕事は簡単だ。
マンドラゴラが成長したら、引っこ抜く。
それだけ。
死霊には聴覚がない。
マンドラゴラの絶叫を聞いても、何も起きない。
完璧な耐性だ。
「これで、自動収穫システムの完成だ」
俺は畑を見渡した。
ダンジョンの魔力を含んだ土壌。
魔物の残骸を混ぜ込んだ有機肥料。
成長速度は、普通の野菜の十倍以上になるだろう。
「試しに、さっき収穫したやつを食べてみよう」
「え、食べるの?」
「野菜だろう」
「野菜だけど」
◆
夕食は、マンドラゴラ大根のおでんになった。
ミレイが腕を振るった。
切り分けると、普通の大根と変わらない。
白くて、みずみずしい。
出汁で煮込むと、いい匂いが漂ってきた。
「できたわよ」
ミレイが、土鍋を暖炉の前に置いた。
敷物の上に全員が集まる。
湯気が立ち上る。
大根、卵、こんにゃく、練り物。
本格的なおでんだ。
「味付け、タエさんに教わったの」
「あたしの秘伝さね。出汁は濃いめが正解さ」
タエさんが煙管をふかしながら言った。
「では、いただきます」
俺は箸で大根を掴んだ。
ふわっと崩れるほど柔らかい。
口に入れると、出汁が染み出してくる。
「うまい」
叫びそうになった。
比喩じゃない。
本当に声が出そうになるほど美味い。
大根の甘みと、出汁の旨味が、舌の上で溶け合っている。
「旨すぎて叫びそうだな」
「ぽぽぽ、シャレにならないよ、旦那」
ハチさんが笑った。
ミレイも、スキマも、タエさんも、おでんを食べている。
ガンさんは露天風呂から上がってこないので、後で届ける予定だ。
「……おいしい」
スキマが、珍しく四文字も喋った。
「だろ? ミレイの料理は絶品さね」
タエさんがうなずいた。
タマは、暖炉の前で寝ている。
おでんには興味がないらしい。
流石、師匠だ。
◆
夕食後。
俺は、DMSの画面を確認していた。
『農業システム:稼働中』
『作物:マンドラゴラ大根』
『収穫予定:3日後』
『推定収穫量:50本』
三日で五十本。
一週間で百本以上。
食料問題は、これで解決だ。
「商品化も考えるか」
「売るの? この大根」
ミレイが隣に座った。
おでんの残り汁を、湯呑みで飲んでいる。
「富裕層向けに、希少野菜として売り出す」
「でも、引き抜くときに叫ぶんでしょ?」
「収穫済みのものは叫ばない。安全だ」
「あ、そうなんだ」
「ただし、調理中に稀に『ふえぇ』と言う」
「それ大丈夫なの?」
「注意書きに書いておけばいい。『調理中に声が聞こえることがありますが、仕様です』と」
ミレイが、複雑な顔をした。
まあ、売れるかどうかは別の話だ。
まずは自給自足。
それが最優先だ。
◆
夜。
俺はログハウスの入口に腰を下ろして、星空を眺めていた。
丸太のステップが、尻に冷たい。
だが、星が綺麗だ。
都会では見られない、満天の星空。
露天風呂から、ガンさんの湯気が立ち上っている。
畑では、死霊の猫たちがパトロールしている。
暖炉の前では、タマとミレイが眠っている。
平和だ。
ブラック企業を辞めて、正解だった。
食料も、住居も、収入も、全て揃った。
あとは、このまま静かに暮らすだけだ。
そう思った、その時だった。
ブー、ブー。
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俺は画面を見た。
着信。
表示されている名前は。
『実家』
俺の手が、わずかに止まった。
元上司でも、クライアントでも、公安でもない。
もっと面倒な相手。
逃げられない相手。
家族だ。
「カイト、生きてるの? お母さんよ。ちょっと話があるんだけど」
留守電が入っていた。
俺は、深くため息をついた。
「一番厄介なのが来たな」
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怪異より。
公安より。
家族というのは、本当に面倒な存在だ。
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何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
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ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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